11

陽も沈み始め、クスリラはいつものように早めの食事を取っていた。


ベットに横になり、肉を喰らいながらワインのびんを片手に浴びるように飲んでいる。


着てる服も乱れ、裸同然の格好。


年頃の女とは思えぬだらしなさ。


しかし、それでもクスリラは何も気にしない。


ただ怠惰たいだむさぼる。


まるでそれが自分に与えられた罰かのように。


「クスリラさん。ラフロ·シグルモルトです。急ですが、失礼させていただきます」


そこへラフロが軍幕に入ってくる。


彼女の肩にはリス――バチカルが今にも大声で鳴きそうに身構えていた。


クスリラは適当に返事をしながら肉を喰らい、ワインを飲み続ける。


もちろんベットに寝たままでだ。


ラフロはそんな彼女の前まで行き、手に持っていた一枚の紙を出した。


「これは私の言葉ではありません。ですが、あなたにはぜひ聞いてほしい」


「あ、そう。勝手にすればぁ」


気のない言葉を吐き、クスリラはラフロのことすら見やしなかった。


だが、それでもラフロは気にすることなく口を開く。


「父や母が亡くなったとき、何もできなかった自分の罪が半分! そしてこの先、その娘、クスリラ·ヘヴィーウォーカーがきずいていく生きた証を残り半分とし、その才能が枯れるまでしぼりつくせ!」


声を張り上げたラフロに続いて、バチカルも大きく鳴いた。


せまい幕の中、黒髪の女戦士とリスの声がひびわたった。


「誰……今のは誰がいった言葉なの!?」


寝ていたクスリラが立ち上がり、ラフロに掴みかかった。


その形相ぎょうそうは、普段のしまりのない顔をしている彼女とは別人のようだった。


そのあまりの迫力にバチカルはひるんでしまっていたが、ラフロは臆することなく言い返す。


「どうやら今の言葉に思うところがあったのですね。しんから酒漬けになっていないようで安心しました」


「知ったようなこと言わないで! 昨日今日会ったあなたにあたしの何がわかるの!? 借り物の言葉であたしのことをわかったつもり!?」


「わかるはずがないでしょう!」


食ってかかってきたクスリラに、ラフロも負けじと怒鳴り返した。


互いに顔と顔を突き合わせ、視線がぶつかり合い、両者共に一歩も引かないといった感じだ。


しばらくの沈黙が続くと、ラフロはゆっくりと口を開く。


その強い意志を感じさせる眼差しのまま、クスリラをじっと見つめて言う。


「私がわかるのは、あなたが自分のできることをしていないというだけです」


「できることをしていない? なに? それは病気になるまで考え込んで国を助けろってこと? そんなのはゴメンだよ。私はあなたやブティカ将軍とは違うんだ」


それからクスリラは、信じられないほど饒舌じょうぜつに話し始めた。


自分には将軍なんて肩書きもなく、ましてやこのいくさで負けようが失うものなどない。


そもそもリリーウム帝国が勝とうが反乱軍が勝とうが、自分には何も関係がない。


結局どちらが勝っても、強者が弱者を搾取さくしゅするのだ。


それが帝国か反乱軍かというだけで、この戦いに意味などないと、ラフロの胸倉から手を放し、人差し指を彼女に突き立てて言う。


「ブティカ将軍もあなたもどうせ自分の立場を守りたいだけで、根本的にはあたしと同じでしょ。誰が一番偉くなろうが自分さえ良ければいい。国を守りたいとか偉そうなこと言っていても、所詮しょせんはそういうことでしょ」


クスリラは手を下ろし、ラフロに背を向ける。


くだらないとでも言いたそうにため息をつく。


そんな彼女の背中に、ラフロは言葉をぶつける。


「あなたは国を守りたくないのですか? 昔のような平和なリリーウム帝国に、戻したくないのですか?」


「どうでもいいね、そんなのは。あたしは偉くなりたくもないし、金も暮らしていけるだけあればいいしね。あなたたちみたいに必死になるなんて死んでもヤダよ」


「あなたはブティカ将軍が、立場や金なんかのために命を懸けているとお思いですか!?」


ラフロは再び声を張り上げると、クスリラの服を引っ張り、自分のほうへ向けさせた。


それから今度は彼女が話し出した。


ブティカ将軍だけではない。


この場にいる兵士全員が、故郷の家族のために戦っている。


この軍の人間たちは、ブティカ将軍を含めすべてが反乱軍が本国へ向かう道の途中にある町の出身だ。


反乱軍は略奪りゃくだつ行為こそ働かないだろうが。


真っ先に戦火にさらされるのは自分たちの故郷こきょうなのだ。


立場や金など関係ない。


皆、自分の家族を守るために命を懸けているのだと気を吐き、ラフロは言葉を続ける。


「かつてのあなたが父や母に対してそうだったように、皆も必死なんです! だから何卒なにとぞ、何卒……あなたの力を貸してください!」


ラフロはその場にひざまずき、クスリラに向かってひたいを地面につけた。


急に動いた彼女の肩からバチカルが落ちそうになっていたが、慌てて着地してクスリラのことを見上げている。


そして、リスは彼女のことを見つめながら、寂しそうに鳴いていた。


クスリラは目の前でいつくばるように悲願するラフロを一瞥いちべつすると、彼女とリスに背を向けてベットへと歩を進める。


そして、ベットの上にあったワインの瓶を手に取ると、その口を開いた。


「とりあえず……何か食べさせて。話はそれから……」


「え……? 今なんて……?」


顔を上げたラフロに、クスリラは言う。


「だから食べ終わったら手を貸してあげるって言ったの!」

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