07
――ほぼ強制的に連れて行かれ、前線の詳しい現状を知ったクスリラ。
彼女はそのことと昨夜の疲れもあり、今は与えられた軍幕の中で横になっていた。
椅子と机があるのは陣を出る前にいた軍幕と同じだが、ちゃんとベットが用意されていたのでゆっくりすることができた。
「やっぱベットはいいね。ふかふかとはいかないけど、地べたで寝るよりもずっと快適だよぉ」
寝床を与えられた瞬間に横になったクスリラを見たバチカルは、その顔を引きつらせていた。
その表情は、いかにも「お前は何しにここへ来たんだ?」と言いたそうな顔だ。
バチカルは、こんなんで本当にブティカの力になれるのかと、遠く離れた主人であるリュドラのことを想っていた。
「クスリラさん。お休みのところを失礼します。少し早いですが夕食の用意が整いましたけど、いかがしますか?」
外から女の声が聞こえると、クスリラはベットから起きて、凄まじく
まるで別人のような一連の動作が、バチカルをさらに
「食事のためならば素早く動くのだな」とでも言いたそうだ。
「食べます! 今すぐ食べさせてください! あとよかったらお酒も!」
そう言ったクスリラは、バチカルが見たこともない最高の笑みを見せていた。
返事を聞いた女は、そう言われると思っていたのだろう。
すぐに用意してあった食事を台車で運び、軍幕の中へと入ってくる。
「うわッ! 肉だ! 肉がある!」
焼いた肉と香辛料の匂いが広がり、軍幕内を埋め尽くした。
目を輝かせたクスリラは、まるで何日も食事をしていない野生動物のように食らいつく。
バチカルはそんな彼女とは真逆に、リス用の食事である木の実の詰め合わせを、上品にカリカリとかじっていた。
「美味しいですか、クスリラさん。よかったらこちらのワインも」
「あッ、ありがとうございます。えーと、今さらですけど、あなたはブティカ将軍の侍女なんですかね?」
口いっぱいに料理を含んだまま言うクスリラを見て、「本当に今さらだよ」とバチカルは呆れていた。
本来、
クスリラの口もとが肉汁やソースで汚れ過ぎているので、バチカルからすれば一緒にするなというところだった。
「これは失礼、まだ名乗っていませんでしたね。私の名はラフロ·シグルモルトといいます。ブティカ将軍にはあの方の初陣から付き従っている者です」
自己紹介をされて、クスリラは改めてラフロの姿を見た。
肩まで伸びた黒い髪を持ち、控え目な印象の顔立ちだが、ブティカほどではないにしても背の高い女だった。
甲冑こそ身に付けていないが、その服の隙間から見える体は、屈強な戦士と呼べるほど引き締まっている。
「将軍からはクスリラさんの面倒を見るようにと
「ラフロ·シグルモルト……じゃあラフロさんでいいですか?」
「ええ、構いませんよ。私も名前でお呼びさせてもらっていますしね」
クスリラは、ラフロの穏やかな雰囲気に安心感を覚えていた。
いきなりブティカに戦場へ連れて行かれたときはここでの暮らしに不安を感じていたが、彼女がいればなんとかやっていけそうだと、
さらにアルコールも入り、かなりご満悦だ。
「うーん、このワイン美味しいですね。軍の陣でこんな良いものが飲めるなんて思わなかったですよ」
「ブティカ将軍はお酒好きですから、用意しているものもこだわっているので」
「そうなんですね。そうだ、ラフロさんも飲みましょうよ。あとブティカ将軍も呼んで飲みながら今後のことを話しましょう」
アルコールが入ったことで気が大きくなったのか。
クスリラはラフロにワインをすすめ、それどころか総大将のブティカを呼び出して作戦会議をしようと言い出した。
たしかに彼女は相談役として、リュドラの代理でこの場へとやってきたが。
酒を飲みながら会議をする相談役など聞いたことがない。
ゆるんだ顔で楽しそうにそう言うクスリラの姿を見て、バチカルはこの場にリュドラがいれば説教しているだろうと思っていた。
「申し訳ございませんが、私もブティカ将軍もお酒に付き合うことはできないです」
「ラフロさんとブティカ将軍って飲めない人だったの? でもさっきは好きだって言ってなかった?」
「はい、私も将軍もお酒は大好きです。……ですが、とある事情から現在は禁酒をしています」
「禁酒? なに? 体調が悪いとか、病気のせいとか?」
オウム返しをしたクスリラは思う。
病気と言ってみたものの、目の前にいるラフロはとてもそうは見えない。
顔色も良く、背筋も綺麗に伸びている。
ブティカなどはいきなり
気になったクスリラは彼女に訊ねた。
一体どうして禁酒をしているのかと。
すると、これまでずっと穏やかだったラフロの表情に
「禁酒の理由は、とある大きな失敗をしたためです」
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