06
――クスリラは、リリーウム帝国軍の陣地内にある軍幕の中にいた。
傍にはもちろんバチカルがおり、今は先ほど言われた通りに待っている状態だった。
軍幕の中には椅子と机があり、クスリラが想像していたよりはまともな部屋に感じた。
これなら寝床も期待できそうだと、彼女はホッと胸を撫で下ろしている。
昨夜の野宿が
それと目的地だった味方の陣に到着したのもあり、クスリラはすっかり気が抜けている状態だった。
そんなだらしのない顔をしている彼女を見て、バチカルは「やれやれ」とでも言いたそうに鳴いている。
しばらくの間、クスリラとバチカルが待っていると、軍幕の出入り口が開き、中に人が入ってきた。
そこには先ほど彼女を助けた赤い髪の女――女将軍ブティカ·レドチャリオと、彼女の後ろにもう一人の女の姿が見える。
「待たせたな」
束ねた赤い髪をし、荒々しい声と鋭い眼光を持つ屈強な女将軍――。
噂では
そんなことを思いながら呆けているクスリラに、ブティカは言う。
「それで、お前がリュドラ
「クスリラ·ヘヴィーウォーカーさんですよ。ブティカ将軍」
「そうだったそうだった。ではクスリラよ。早速話をしたいのだが」
ブティカはクスリラのことなどお構いなく、戦場の状況を説明し始めた。
現在ブティカ率いるリリーウム帝国軍は、反乱軍ラルリベと
だがブティカとしては、一刻も早く目の前の敵を倒したいところらしい。
「でしたら攻めればいいんじゃないでしょうか?」
クスリラが言い終えた後、バチカルは当たり前すぎる彼女の発言に呆れていた。
大きくため息をつきながら、「それができないから相談しているんでしょ」と言いたそうに鳴いている。
リュドラはクスリラのことを高く評価しているようだが(扱いこそ酷いが)、バチカルにはなぜなのか未だにわからない。
クスリラの言葉を聞いたブティカと後ろにいた女は、互いに顔を見合わせた。
そしてブティカは、突然クスリラの手を取って軍幕の外へと出ようとする。
「ちょっとブティカ将軍? あたしなんか変なこと言いましたかね?」
「いや、口で説明するよりも実際に見たほうが早いと思ってな。今から出発するぞ」
「出発って……? あたし、ここに来たばかりなんですけど……」
ブティカに手を引かれて軍幕を出たクスリラ。
外に出ると、ブティカは兵に指示を出して自分の馬を持って来させた。
敵情視察にでも行くのかと思ったクスリラだったが、突然体を掴まれたと思ったら、ブティカの馬の背に放り投げられてしまう。
「いきなりなにをするんで――ッ!?」
「聞けぇぇぇッ!」
クスリラを馬に乗せたブティカは声を張り上げた。
それから自分も
「私はこれから敵陣へと向かう! 手が空いている者はついて来い!」
「えぇぇぇッ!?」
クスリラは
嫌々来た戦場でなんの心構えもできないまま、クスリラの初陣が始まろうとしている。
軍幕から出て一軍を見送るブティカの後ろにいた女が、バチカルに訊ねるように声をかける。
「ねえバチカル。大丈夫でしょうか、クスリラさん」
バチカルは少し困った顔をしながら「将軍といれば死にはしないでしょ」と言いたそうに鳴き返した。
――クスリラと兵たちを連れたブティカは、反乱軍ラルリベの陣の前まで行くと、全軍に声をかける。
「敵陣に突っ込むぞ! 私に続け!」
「そんな無茶な!?」
ブティカは誰よりも先に敵陣へと突進。
長く分厚い刃を持った剣をかかげて、馬を走らせていく。
クスリラは振り落とされないように、必死に馬にしがみついていることしかできなかった。
これからついに合戦が始まる。
敵軍は陣から動く気配はなく、迎撃には出てきていない。
「なんだぁ、出て来ないじゃん」
だが、怯えて損したと思ったのも束の間、無数の矢が雨のように降ってきた。
クスリラは再び頭を下げ馬の首にしがみつく。
両目をつぶって、事態が収まるのを待つことしかできない。
頭の上では、ブティカが飛んでくる矢を剣で打ち落としている音が聞こえていた。
しばらくして音が止むと、味方の兵がブティカに声をかけている。
「将軍、やはり反乱軍は出てきません。これでは戦になりませんよ」
話を聞いていたクスリラは理解した。
反乱軍は陣に立てこもり、けしてまともに戦闘をしようとはしないのだと。
だから膠着状態が続いているのだと。
ブティカはそのことを実際の現場を見せて、クスリラに教えたのだった。
「クスリラ、これでわかってもらえたかな」
「はい、わかりました……。でも、説明もなしにたくさんの矢に打たれることは、事前に言ってほしかったですぅ……」
弱々しく返事をしたクスリラを見て満足したブティカは、連れていた兵に指示を出し、帝国の陣へと戻った。
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