08

ラフロはうつむきながらも、禁酒の理由を話し始めた。


なぜお酒が大好きな自分とブティカ将軍が、今は飲めないのかを。


「今戦っている目の前にいる反乱軍の指揮官は、プルドン将軍という男なのですが、実は以前に一度だけ、私たちはやぶれているのです」


一見、禁酒とは関係ない戦の話だったが、聞いているうちに繋がっていく。


ブティカは反乱軍ラルリベが現れたときに、先陣を切って戦った。


国内で突然現れた敵を見事に引かせることに成功したブティカだったが、あと一歩というところでプルドンの策にはまり、取り逃がしてしまう。


その理由は酒だった。


反乱軍を追い返し、勝利に喜ぶブティカと彼女率いるリリーウム帝国軍だったが、その後にワインで勝利を祝っているところを攻撃され、鎮圧することに失敗。


その後、反乱軍は勢力を取り戻し、現在はこことは違う場所で、本隊がリリーウム帝国に迫っている状況だった。


もしあのときワインを飲まなければ、すきを突かれることなく反乱軍を倒せていたはず。


そのときの後悔が、未だにブティカの心に影を落としている。


さらにそのワインを送ったのが、プルドンによる策だったと知ったのも、彼女が自分のミスだと思う大きな要因だった。


酒好きで有名だったブティカは、まんまと敵の策にはめられたのだと。


「女王陛下も他の将軍らも、誰もブティカ将軍を攻めはしませんでしたが、将軍はそれ以来、お酒を口にしておりません」


「ふーん。でも、ならどうして陣にこんな美味しいお酒があるんですか? 将軍は禁酒してるんでしょ?」


「ブティカ将軍は禁酒を兵士たちにまで強要しているわけではありません。あくまで自分にだけです。しかし私も含めて、将軍を慕う兵の誰もが一口も飲んでいません。皆は口々に言っています。この酒はブティカ将軍がプルドンを打ち破ったときに飲むのだと」


ラフロの話を聞いたバチカルは、沈んだ鳴き声を出していた。


まさかそんな事情があったとは、思いもしなかったのだろう。


目の前の木の実を食べる手も止まってしまっている。


「へー、そうだったんだ。でもまあ、あたしは飲ませてもらうよ。将軍のプライドやら兵士の心意気なんてもんはあたしには関係ないしね」


だが、クスリラはどうでもよさそうに酒を飲み続けた。


たしかに彼女の言っていることは正論なのだが、人間的にはどうなんだと思わせるものだった。


バチカルは、そんなクスリラを注意するように大きく鳴き出したが、そんなリスを宥めるようにラフロが止めに入る。


そのときの彼女の表情は、言葉こそ発してなかったが、クスリラの言う通りだと言いたそうな顔だった。


それから食事を終え、ラフロは片づけをしてクスリラの軍幕から出ていった。


幕内には大量のワインとクスリラ、それとバチカルだけになっている。


ベットで横になりながら、クスリラはまだ飲み続けている。


彼女は顔を真っ赤にしてほろ酔い気分で、ずいぶんとご機嫌になっていた。


「くだらないねぇ。国のためだがなんだか知らないけどさぁ。好きなことを止めてまで頑張ってどうするんだよぉ? 人生ってやつは楽しまなきゃいつ終わるかわからないんだよぉ」


ボサボサの銀色の髪をわずらわしそうにかき上げ、クスリラはブツブツと文句を口にしていた。


ブティカがやっていることは立派なことなのだろう。


そんな彼女のために、禁酒を自主的にやっているラフロや付き従う兵士たちも尊敬するべきなのだろう。


だが、そんなものは自己満足でしかない。


人は何をしようがいつか死ぬ。


見栄を張りたいだけで我慢をするなんてバカのやることだと、クスリラはまるで自分に言い聞かすように言っていた。


「うん? なんだよバチカル? あたしの言ってることに文句でもあるわけ?」


ブティカやラフロ、この陣にいる味方すべてを否定するような言葉を吐き続けるクスリラに、バチカルは怒りをあらわにした。


ベットで横になっている彼女の腹に飛び乗り、「キッ! キッ!」と噛みつかんばかりの勢いで鳴き喚いている。


そのときのバチカルは、「物事を少しでも良くしようと努力している人間をバカにするな」とでも言いたそうだった。


クスリラはそんなリスを一瞥いちべつすると、見下すようにフンッと鼻を鳴らす。


「あんたがムカつこうがこれがあたしなんだよ。あたしに不満があるなら、ここへあたしを寄越したリュドラに文句を言うんだね。幼なじみをなんとかして働かせたかったのか知らないけどさ。あの子の人選ミスだよ」


クスリラは吐き捨てるように言うと、ごろりと寝返りを打った。


腹の上に乗っていたバチカルは慌てて移動し、彼女の背中を見つめる。


「努力なんてくだらない……。いくら頑張ったって良くならないことばっかなんだ、この世界は……」


背を向け、バチカルにそっぽを向いたクスリラは、その後はワインを飲み続け、眠るまでぶつぶつ文句を言い続けていた。


その様子が、まるで泣いている子どものように見えたバチカルは、もうクスリラに向かって喚くことができなかった。

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