02

狭い部屋で女がベットで寝息を立てていた。


彼女の髪はボサボサの伸びっぱなしで、せっかくのあざやかな銀髪が台無しだ。


身なり以上に酷いのは部屋の状態だった。


からになった何本ものワインのびんが床に転がり、食べかけのパンやチーズがそこら中に散乱している。


おかげで異臭を放っており、さらには風呂もろくに入っていないのもあって、彼女自身が臭いのもとになっていそうだった。


「クスリラ、おーいクスリラ。私だよ。返事がないなら勝手に入るよ」


そんな汚い部屋のドアが開き、中に女が入ってきた。


左目がなく、隻眼せきがんりんとしたたたずまいの女性――。


彼女の名は、リュドラ·シューティンガー。


代々弓矢の名手の家系に生まれた貴族である。


輝く金髪で男性のように短い髪だが、前髪だけ長くして隻眼を隠している。


「返事がないと思ったら、昼間から酒を飲んで寝てるのか……。しかも年頃の女が裸同然の格好でかぎすらかけずに……。まったく、この子の貞操観念とか防犯意識はどうなってるんだよ……。ねえ、バチカル」


部屋の主の状態に呆れたリュドラは、自分の肩に乗っているリスに声をかけた。


声をかけられたメスのリス――バチカルは身に付けているショルダーバックの位置を直しながら、「その通りだよ」と言うように鳴き返す。


「ほら、起きろー。客が来てるのにいつまで寝ているの」


リュドラは寝ている部屋の主をゆすって起こそうとするが、とても起きそうにない。


酒臭い息を吐きながら、いびきで返事をするだけだ。


どうしたものかと手を止めたリュドラを見て、バチカンは彼女の肩から飛ぶと、窓へと向かった。


そして、閉められた窓をその小さい手で叩きながら、リュドラに向かって鳴いている。


「うん。そうだね、バチカル。とりあえず空気を入れ替えようか」


リュドラはバチカルが窓を開けたがっていると思い、閉まっていた窓の戸を開けた。


勢いよく開けられた窓からは、午後のさわやかな風と陽の光が射し込んでくる。


「ギャー!? なに、なにッ!? 急に光が! 光がぁぁぁッ!」


部屋の主が跳ね起きた。


陽の光を嫌がり、慌てて毛布で頭まですっぽりと隠した彼女の名は、クスリラ·ヘヴィーウォーカー。


リュドラとは幼なじみであり、とある事情から幼少期に彼女の家で一緒に住んでいた。


現在はシューティンガー家の屋敷を出て一人暮らしをしており、持病があって働けないと国へ申告し、毎月入ってくる補助金で生活をしている。


「やっと起きたの? というかあんた、陽の光を嫌がるなんてまるで吸血鬼じゃないの」


ようやく目が光に慣れてきたクスリラは、毛布から顔をのぞかせながらリュドラを見た。


呆れている幼なじみとリスを確認した彼女は、目を細めたまま再びパタンと横になる。


「おい、なに寝てんの。お客さんが来てるのよ。さっさと起きなさい」


「いや、だからリュドラだって確認したし。まあ、いいかなって。そういうわけでおやすみなさい」


「なにが“おやすみなさい”よ!」


リュドラはクスリラから毛布をはぎ取ると、それを放り捨てた。


部屋にホコリが舞い、射し込んだ陽の光に照らされてはっきり見えると、入ってくる風に吹き飛ばされていく。


毛布を奪われたクスリラは、ベットの上で身を縮めながらブルブルと震えていた。


その様子は、まるで初めて毛を刈り取られた羊のようだ。


バチカルは窓からヒョイッと移動し、そんなクスリラの体に飛び乗った。


それから耳元で早く起きなさいとばかりに鳴き続け、リュドラもリスに続いて声をかける。


「いつまでも震えてないで早く服を着なさい。今日は大事な話があるんだから」


「どうせ仕事しろとかそんな話でしょ。ヤダよ、働くなんて」


クスリラはリュドラに放り投げられた服に着替えながら、どうでもよさそうに答えた。


実は彼女に持病などない。


クスリラはリュドラと同じ軍学校卒業後、なんとか仕事をしないですむ方法を探し、それが国の生活保護制度だった。


それから嘘の診断書を作り、役所の手続きも上手いことやって、見事に働かずに暮らしていたのだが。


幼なじみのリュドラにはそれが嘘だと見抜かれていた。


そしてリュドラはこうして定期的に現れては、クスリラにまともな生活をさせようと声をかけ続けている。


しかし、それで「はい、そうですね」と働くクスリラではなく、今ではリュドラがやって来るのも、彼女にとっては今日の天気が悪いくらいの感覚になっていた。


「そんなこと言ってられるのも今のうちだけだよ。今日こそは、いくらあんたでも動かざる得ない案件を持ってきたんだ」


「はぁ? なにそれ? そんなものあるわけないじゃん。なんのつもりか知らないけど、リュドラもいい加減に諦めてよね」


着替え終わったクスリラは、テーブルにあったワインの瓶に口をつけ、側にあったチーズをつまんで食べる。


寝起きで酒を飲んでツマミを食べる彼女を見て、リスのバチカルがのけ反りながら鳴いていた。


指についたチーズを舐めながら、ワインを豪快に飲み出したクスリラに、リュドラは持っていた紙を突きつけて言う。


「これを見てもまだそんなこと言えるかな? あんたはこれから戦場に行かないといけないんだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る