03

クスリラは、突きつけられた紙に視線を動かした。


いつもとは違って何か考えてきたのだろうが、軍人でもない自分が戦場へ行く理由などありはしない。


おそらく持病のリハビリという名目で、軽作業という名の強制労働でもやらせる書類でも作成してきたのだろう。


そんなものはどうとでもなる。


当日に戦場へ向かったふりをして、途中の町で調子が悪くなったと嘘をつけばいいのだ。


自分を働かせるなど無駄だと、クスリラは余裕で幼なじみの出した紙の内容を読んだが――。


「ちょ、ちょっと!? なんだよこれ!? なんであたしが将軍の相談役にならないといけないわけ!?」


書かれていた内容は、彼女の予想を超えたものだった。


その内容は、前線で敵軍と戦っている女将軍ブティカ·レドチャリオのもとへ、リュドラの代わりにクスリラが向かうようにと書かれていた。


「人手が足りないんだよ。本来なら私が行きたいところだけど、現状で国から動けないしね。そこでちょうどあんたがいたことを思い出したんだ」


現在、彼女たちが住むリリーウム帝国は内戦状態だ。


それは現女王が王位につき、それに反対した者たちが反乱軍ラルリベとして、国内で動き出したからだった。


諸侯しょこうたちは反乱軍の鎮圧に向かい、軍人であり代々弓矢の名手の家系に生まれであるリュドラもまた、本国の守備を任されている。


そんな中、前線にいるブティカ将軍が率いる軍の旗色が悪いとの知らせを受け、それでおこなわれた会議の場で、リュドラは自分の代わりにクスリラを相談役にと推薦すいせんした。


「あたしみたいな一般人が相談役なんて務まるはずがないでしょ!? この国の偉い人たちって、そんなこともわからないほどバカなの!?」


クスリラが言うことももっともだった。


彼女は軍学校を卒業はしていても、今は持病をかかえた非労働者なのだ(あくま表向きだが)。


そんな人材を登用して戦場に送り込むなど、まともな人間なら反対するに決まっている。


だが、その問題はもちろん解決済みだった。


「心配しなくていいって。私がゴリ押ししておいたから。会議前から根回しもしっかりしてたし、誰も反対してないよ」


「相変わらず無駄に交渉力タケーな、おい……」


自信満々にいうリュドラの横では、まるで自分のことのように誇らしく胸を張るバチカルの姿があった。


そんな幼なじみとリスの姿を見たクスリラは思う。


そういえばこの金髪隻眼せきがん娘は、昔から落としどころで自分が得するようにするのが上手かった。


その交渉力、折衝せっしょう力は、リリーウム帝国でも評価されており、たとえどんなに不利な状況下であっても必ず意図するところに着地させることができる。


幼なじみであるクスリラには通じないリュドラの交渉、折衝術だが、まさか国の危機まで使ってナマケモノの自分を働かせようとするとは……。


クスリラは、今さらながらリュドラの恐ろしさを思い知った。


この女が本気を出したら――。


この幼なじみが誰かを動かそうとしたら――。


盤上の駒のように人は操られてしまう。


「さあ、早速旅の支度をしましょう。思い立ったが吉日、鉄は熱いうちに打て、善は急げっていうでしょ」


「思い立ってもないし、熱くなってもないし、あたしにとっては善じゃなくて悪だよ!」


「そんなこといくらいってもこの書簡しょかんには女王の印があるから、逆らったらあんたの首が飛んじゃうよ。それでいいなら行かなくていいけど」


「リュドラの鬼! 悪魔! あたしがあんたに何をしたっていうんだよ!?」


わめき散らすクスリラ。


シューティンガー家に来てから、まるで双子の姉妹のように育った相手になんて仕打ちをするのだ。


これまでに一度も迷惑をかけたこともないのに、どうしてこんな目にわせるのだと、今にも食らいつかんばかりの勢いで声を荒げていた。


リュドラはそんな幼なじみを見てニッコリと微笑み、彼女の肩に飛び乗ったバチカルが嬉しそうに鳴いている。


「あんたの力は私が誰よりも知ってる。うちのパパもママもあんたをダメな子だと思い込んでるけど、それは全部演技で実は頭がいいことはわかってんだからね」


「そんなの過大評価と過剰評価だよ! リュドラはあたしを買いかぶり過ぎてる! あたしなんかが前線に行ったら、すぐに殺されちゃうって!」


「大丈夫、大丈夫。あんたならなんとかなるって。それじゃ、言いたいこと言っただろうから、そろそろ行こうか」


リュドラはそう言うと、クスリラの首根っこを掴んで引きずっていった。


クスリラは必死になって床にしがみつこうとするが、幼なじみに無理やり連れていかれる。


バチカルはそんな二人の後を追いかけ、彼女たちは家を出るのだった。


「ヤダ、ヤダ! 戦場なんて行きたくないぃぃぃッ! あたしは一生頑張ったり努力することなく生きていたいんだぁぁぁッ!」


彼女たちの去った後、クスリラの家の前には、ダメ人間の叫び声が虚しく響いた。

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