04

――家を出て、最低限の金銭と食料を与えられたクスリラは、その日のうちに出発させられた。


馬にまたがって街を出て、今は本国近くの平原を進んでいる。


どうやら前線へ行くのはクスリラだけでよかったようで、彼女はもちろん戦場へ行かなくて済む方法を考えた。


道中に、自分を見張る者は誰ひとりいないのだ。


目的地までの道をのんびりしながら行けば、きっと戦いも終わっているはず。


クスリラは当然、逃げようとも考えたが、せっかく久しぶりに他人の金で旅に出れるのだと思い、せいぜい楽しんでやろうと馬を走らせる。


このところは安いワインとパン、チーズばかりだったし、リュドラからもらった旅の資金で肉や魚でも食べよう。


そう思いながら、クスリラは戦場までの道をウキウキしながら進んでいたのだが――。


「さて、次の町に着いたら何を食べようかなぁ。塩辛いものもいいけど、甘いものもいいなぁ。うん? なんだ? 荷物から物音が……うわッ!? バチカルじゃん!? なんであんたがいるんだよ!?」


渡された荷物の中からリュドラがいつも連れているリス――バチカルが飛び出してきた。


バチカルは「あなたの思い通りにはさせないよ!」と言いたそうに鳴くと、クスリラの体を伝って馬の頭まで走り出した。


それから馬の耳元で、なにやらヒソヒソと鳴き出している。


「どうやらリュドラはあんたを見張りとして寄こしたみたいだけど、あんたにあたしを止められるわけないじゃん。って、うわッ!?」


クスリラは、たかがネズミ目リス科に属する小動物に人間を止められるはずがないと勝ち誇っていたが、なぜだか馬は急に速度を上げていく。


慌てて手綱を引くが、馬は彼女の操作など無視してまるで暴れ馬のごとく走り出していた。


これはたまらんと、クスリラは振り落とされないように馬の体にしがみつく。


そんな彼女のほうを、馬の頭にいたバチカルが振り返って見ていた。


クスリラが見返すと、リスはクスクスと上品に笑うように鳴いている。


「その態度……。そうか……あんたらにはあたしの考えなんてお見通しってことかぁ……」


バチカルはクスリラを見張るために、彼女の荷物に紛れ込んだが。


それはクスリラを力づくで止めるためではなかった。


このショルダーバックを身に付けたリスは、最初から彼女が寄り道できないように、馬に指示を出す役として旅に同行したのだ。


まんまとリュドラに裏をかかれたクスリラは、ガクッと肩を落とすと、もはや逃げられないと悟った。


彼女が向かっている女将軍ブティカ·レドチャリオがいる戦場までは、リリーウム帝国から馬で二、三日はかかると言われていた。


だが、余程の名馬をクスリラに与えたのだろう。


休憩もなく走り続けた結果、日が暮れる頃にはすぐ側までたどり着いていた。


「はぁ、お腹減りすぎて意識がなくなってきたぁ……。まさか馬に乗ったまま餓死がしするなんてね……。ハハハ……って、うわッ!?」


クスリラはもはやただの騎乗するオブジェと化していたが、突然、走っていた馬が足を止めたせいで放り出されそうになった。


一体何事だと前を向くと、バチカルがなにやら手を振って、彼女に何かを伝えようとしている。


「うん? 今夜はぁ……ここでぇ……寝る……。えぇッ!? このあたしに野宿しろっての!?」


身振り手振りで話を理解したクスリラに、バチカルはコクコクとうなづいて返す。


それからキーキーと鳴き、それはまだ空が明るいうちに準備しないと、暗くて作業がしづらくなると言いたそうだった。


「の、野宿……。うぅ、あたしは生粋きっすいのインドア派なのに……」


クスリラは、身を震わせながら明らかに嫌そうにしている。


それも仕方がない。


彼女は軍学校に通っていた頃も、課外授業でキャンプをするときはズル休みをするような人間なのだ。


それがいきなり一人で野宿など、受け入れられるはずもなかった。


そんなクスリラを見たバチカルは、大きくため息をつくと、彼女に荷物を開けるように指示をした。


荷物には、水、パン、ほし肉、それから毛布に火打石など、野宿に必要なものが一通りそろっており、バチカルはクスリラに向かって自分の胸をドンっと叩いて鳴いている。


「なに? これがあればなんとかなるって? そりゃそうだけど、でも、毛布一枚で外で寝ろって、こんなの拷問じゃないか……」


クスリラが泣き言を言い続けると、突然、馬が鳴き出した。


どうやらのどが渇いているようで、早くくれと彼女に迫ってくる。


「わかったよ! 今あげるからちょっと待ってて! ……そういえばあんたは走りっぱなしだもんね。お疲れさま」


クスリラは自分よりも馬のほうが大変だったと思い、水を与えてやると、その顔をねぎらうように撫でてやった。


それから馬は、そこらに生えた雑草――もとい柔らかそうな新芽をみ始める。


馬のほうの食事は、これで問題なさそうだ。


「で、あんたはどうするの、バチカル?」


声をかけられたバチカルは、身に付けていたショルダーバックからドングリやクルミを出した。


バチカルもまた、自分の食事はあらかじめ用意していたようだ。


それを確認したクスリラは、火打石を手に取って火を起こすことにする。


野宿にたき火は必要で、やり方は軍学校の授業で習っているため、慣れないながらもなんとか集めた枯れ木に火が付くことに成功。


それからたき火でだんを取りながら、パンやほし肉をかじり始めた。


「なにこれ硬い、硬すぎるよッ!? それにパンは味がないし、肉のほうは塩味が強すぎる……。うぅ、ヤケ酒でもしたいけど、もちろんワインなんて入ってないよね……」


今にも泣きそうな顔で食事を始めたクスリラに、バチカルは「当たり前でしょ」と言わんばかりに呆れていた。

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