14

――クスリラにむち打ちの刑を執行しっこうした後の会議で、今夜プルドンのいる陣へ夜討ちを仕掛けることに決まる。


本当ならばその夜討ちで全勢力を持って決着をつけようとしていたが、それは明日に持ち越された。


いや、むしろ会議で今すぐ戦闘をすべきだと盛り上がったとはいえ、勢いで夜討ちなどするものでない。


ブティカは指揮官として、本来ならば兵士たちをいさめる立場だったが、彼女は部下たちの気持ちをむほうを選んだ。


それは目の前のプルドン軍を蹴散らして本国へ戻るのだという兵たちと、ブティカの心も同じだったからだった。


これまで煮え湯を飲まされていた感情を、少しでも発散させてやりたい。


それが夜討ちをすることを決めた理由だった。


「決着は明日だが、その前に今夜、奴らに一泡吹かせてやるぞ」


血気盛んな兵たちへ声をかけ、ブティカは少数での夜襲やしゅうの準備に入った。


――その頃、ラフロに治療をしてもらったクスリラは、リリーウム帝国軍の陣を出ていた。


彼女はたった一人でプルドンのいる陣へと向かい、指揮官に知らせたいことがあると見張りの敵兵に声をかけていた。


「プルドン将軍。敵の脱走者が駆け込んでまいりました。ブティカが少数の兵で夜討ちをかけてくるそうです」


みょうだな。ブティカ軍は忠誠心と団結力が高いことで有名だと聞いていたが、まさか脱走者とは……。よし、俺が直々に調べる」


プルドンは帝国軍の脱走者――クスリラと対面した。


涙で顔を腫らした女を見下ろしながら、しかめた表情のまま口を開く。


「おい女。ブティカから何か命を受けてきたのか?」


「と、とんでもない! たかが酒をこぼしただけでこの仕打ち……うぅ……。恨みを晴らすため、お知らせに参ったのです」


クスリラは痛みで顔をくもらせながら、今にも泣きそうな顔でプルドンに頭を下げた。


地面にいつくばるように屈し、策などありませんと全身で表しているかのように。


そんなクスリラに、プルドンは言う。


「その銀髪、お前はクスリラ·ヘヴィーウォーカーだな。たしかリュドラ·シューティンガーの代理で来たとかいう」


「そこまで知ってらっしゃるなら話が早い! そうです、その通りです。私は相談役としてわざわざブティカのもと来たのに、それがこんなあつかいされたのです! 私がどれだけの屈辱くつじょくを感じているか、わかってもらえますでしょう!?」


必死に訴えかけるクスリラだったが、プルドンはまだ彼女のことを疑っていた。


これまでブティカ軍が仕掛けて来ることがあっても、夜ということはなかった。


彼女の性格ならば、本来陽のある時間に攻撃をしてくるはず。


それが夜、しかも決着をつける気のない少数で――。


どう考えてもこちらを陣からおびき出す作戦にしか思えない。


「プルドン将軍、まだあたしを疑っているのですか? 」


「当然だろう。お前の話はとてもブティカという将らしくないのだからな」


「では、これをご覧ください」


立ち上がったクスリラは、着ていた服をはだけさせて背をプルドンにさらした。


そこには女性らしい華奢きしゃで白い背中と、何かしなるもので打たれた傷痕きずあとがあった。


血がにじむ痛々しいミミズ腫れ。


それも尋常じんじょうな数ではない。


相談役の女が、敵をあざむくためにここまでできるか?


プルドンはクスリラを疑いつつも、とても演技でつけられた傷には見えないと内心で思っていた。


「プルドン将軍。少々お耳に入れたいことが」


そこへ、兵の一人がプルドンに近づき、彼に何かを知らせた。


それはリリーウム帝国軍の陣を調べていた者からの報告だった。


その話から、クスリラは本当にブティカから鞭打ちの刑を受けたと聞く。


さらにクスリラが、帝国軍の兵士たちによく思われていないこと。


本来は百回打たれるところを、副将ラフロが止めに入り、三十回にしてもらったことなど、クスリラが敵陣まで来た事の顛末てんまつを知らされる。


「少し考えすぎたか……。クスリラ·ヘヴィーウォーカー。今裏が取れた。お前の言ってることを信じよう」


「ありがとうございます! どうか、どうかあの狂暴きょうぼうな赤髪の女に、あたしの味わった屈辱を教えてやってください!」


深く頭を下げるクスリラに興味をなくし、プルドンはその場から去っていく。


そして部下に指示を出し、これから夜襲を仕掛けてくる帝国軍を迎撃すると声を発した。


「全員聞け! 今夜にブティカが夜討ちを仕掛けてくる! だが敵の数は少ない。これを期に、逆にブティカ·レドチャリオを捕らえてやろうではないか!」


プルドンの言葉で、さらに士気を上げる反乱軍。


その様子を見ていたクスリラは、ほくそ笑みながらプルドンに声をかけた。


自分はこのまま反乱軍の陣にいていいのかと。


プルドンは、クスリラに背を向けたまま答える。


「あぁ、構わん。お前のことはちゃんとかくまってやるから心配するな。それと、もしブティカ·レドチャリオを捕らえることに成功すれば、反乱軍でのお前の立場もよくなることだろう」


「それはありがたいことです。では、特等席であの女がやられるところを見たいので、陣の中を少し歩かせてもらいますね」


クスリラは再び頭を下げると、反乱軍の陣内へと消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る