15

――少数の騎兵を率いて、ブティカは暗い平原を進んでいた。


目指すのは遠くに見える灯り――プルドンがいる敵陣だ。


ブティカは強引にでも陣の出入り口を抜け、中でひと暴れしてやろうと思っていた。


元々ブティカは、平民出身で一兵卒から文字通り剣の腕だけで将軍となった者だ。


今でこそお行儀よく指揮官をつとめているが、官職がまだなかった頃は獣に例えられるような女だった。


それを今夜は解き放ってやろう。


久しぶりに自分の中にいる野獣のくさりを解いてやろう。


ブティカの顔に笑みがこぼれる。


「くくく……想像しただけで震えが止まらんなぁ……」


馬上で背負っていた剣を構える。


長く分厚い刃を持った大剣。


これはブティカがまだ駆け出しだった頃、彼女のためにとある鍛冶師かじしが面白半分で作った一振りだ。


しかし、その剣を見た誰もが思った。


人間では扱いきれないほど大きな武器など無価値だと。


使い手のことを考えない重く巨大すぎる鉄のかたまり


手に入れた当初は、ブティカもこの大剣を持ち上げることすらできなかった。


だが、いくつものいくさが彼女をきたえ上げ、今では普通の剣と変わらないように使うことができるようになっている。


この無骨ぶこつな柱のような剣を使えるのは、この世界でもブティカと彼女の部下ラフロだけだと言われている。


まれに力自慢の兵士が挑戦することがあるが、ただの怪力では持ち上げることができても、この大剣は使うことできないのだ。


「全員、今夜は思う存分楽しめ! 好きなように暴れたら適当なとこで引くぞ! 引き際を間違えたら死が待っていると思え!」


ブティカは兵たちに声をかけると、馬の速度を上げる。


まるで率いている軍を置いていかんばかりの勢いで、目の前に見えてきた反乱軍の陣地へと突っ込んでいく。


「何者だ!? 止まれ! ええいッ、止まらぬか!?」


敵陣の出入り口にいた見張りの兵が声を上げたが、ブティカは転がっていた石ころでも蹴り飛ばすように斬り殺した。


彼女に続いて兵士たちも敵陣へとなだれ込み、そこら中で悲鳴と共に金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。


反乱軍が陣の中に侵入したブティカら帝国軍に襲いかかってきた。


深夜の平原で乱戦が始まる。


ブティカは大剣を振り回す。


それと共に、彼女の束ねられた赤い髪も揺れる。


彼女を止められる者はいない。


進む前に立ちはだかっても、一瞬で肉塊にくかいに変えられてしまう。


敵陣を縦横無尽に突き進むブティカ。


だが、彼女は強烈な違和感を覚えていた。


(なぜだ? 明らかに敵のきょを突いたはずなのに、反乱軍から狼狽ろうばいの色が見えん? しかも合図も号令もない中で見事に統制された動き示す)


見えない。


プルドンの戦いがまるで見えない。


無双するブティカだったが、まるで何かに一挙一動いっきょいちどうを見据えられているような感覚を味わっていた。


それは誰かがどこかから、おりの中で暴れる獣を面白がっているような視線だ。


「このブティカひとりをひたすら攻め寄せる兵の動き! 私は敵の目に完全にとらえられているのか!?」


それでも進むしかないブティカ。


彼女は敵兵を寄せ付けこそしなかったが、出入り口へ引き返そうにも次第に囲まれ始めていることに気がつく。


不味い。


これは非常に不味い。


このままでは夜襲どころか、逆に敵に捕らえられてしまう。


「まさか、敵にこちらの夜討ちが知られていたということか!?」


――反乱軍の陣の中を駆けるブティカを見据える男。


プルドンは陣内にある高い位置に立ち、そこから動き回る敵の動きを眺めている。


「凄まじい、実に凄まじい。ブティカ·レドチャリオとは本当に人か?」


プルドンは思う。


陣の中に侵入してすぐに捕らえるはずが、ブティカは包囲を突破し続けている。


敵ながらここまでされては見事というしかない。


しかし、それも時間の問題だ。


敵は少数。


いくらブティカが強くとも、いずれは力尽きる。


逃げ切ることは不可能だ。


「さあ、我らが勇猛な兵たちよ! この戦にかたをつけようぞ!」


プルドンが勝ち誇り、その声を張り上げた瞬間だった。


突然ブティカを囲んでいた反乱軍の兵たちが、どこからか現れた軍勢に倒されていく。


これは一体どういうことだ?


敵は少数のはず、第二陣が出てくることなどあり得ん。


ましてやここは、いうならば腹の中。


包囲も完璧でいくらブティカが強くともやぶられるはずがない。


「なんだ!? なんなのだこれは!? 一体どうなっているのだ!? 誰か状況を知らせよ!」


慌てたプルドンは周囲の兵に訊ねたが。


彼の声に対して返事はなかった。


プルドンの部下たちは、突如現れた正体不明の敵の対処に、とてもそんな余裕がなかったのだ。


プルドンは表情を歪め、自ら戦局を見極めるべく馬を探そうと動き出した。


新手が現れたといっても、見た様子では数は互角。


自分が直接指揮をればくつがせると。


「ちょっと待ってよ、プルドン将軍。あたしが今教えてあげるからさ」


すると、プルドンの背後から銀髪の女――クスリラ·ヘヴィーウォーカーがゆらりと姿を見せた。

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