幽霊才女たる所以
「ようこそお出でくださりました。私はアリサ様の筆頭護衛騎士のフレデリーカにございます。こちらは同じく護衛騎士のローズマリーとレベッカです」
フレデリーカ様の背後に控えていた二人の騎士が一歩前に進み出て礼をします。
その順番から考えて、姉御肌の屈強な赤髪の女性がレベッカ様、騎士よりも侍女と言われたほうが納得の行くほどか弱そうな紫髪の騎士がローズマリー様のようです。
「こちらこそお出迎えありがとうございます。先日、王国騎士団青の副騎士団長を拝命しましたエステリです。以後お見知りおきを。そしてこちらは私の助手を務めるプリシラです」
エステリ様が目配せしました。
どうやらレベッカ様達と同じように言葉ではなく礼をすればいいようです。
わたしも倣って言葉代わりの挨拶をしました。
もしかすると配慮くださったのでしょうか?
だとしたらありがたいです。この場で発言する自信はありませんから。
とにかく応対はすべてエステリ様が請け負ってくださり、そのまま一言も発することなくアリサ様がいらっしゃるという一室へと通されました。
* * *
「あなた方はアリサ様のご友人として収穫祭にご臨席いただくという形で招待しています。ですので式典にはご参加ください」
歳の近い上級貴族のアリサ様とエステリ様は面識があったようで挨拶は手短に済ませると、早速フレデリーカ様より重要なことが伝えられました。
聞くと、当然ですが暗殺計画が漏れていることを隠すためだそうです。
「それがいいと思うよ。私達が来ていると知って暗殺計画の日程をずらされては困るからね」
「まあ動くことはないでしょうけどね。念には念をって感じかしら」
「それで、暗殺計画についてなにか分かったことはある?こちらでも調べてはいるけどあまり情報がないんだ」
情報局が本腰を入れて調べればもっと色々わかると思いますが公爵が内密の対処を臨んでいる以上は細々としたものにせざるを得ません。
ですのでシャトレ公爵家側から情報を流してもらうのは必要不可欠です。
「特にタンジェント伯爵と襲撃者に関する情報がほしい」
タンジェント伯爵は今回の暗殺の首謀者の疑いのかかる人でとても強い騎士です。
王国でも屈指の実力者で、エステリ様が未だに勝てないというテオバルト準公爵とも互角に激戦を繰り広げました。
「そうね。大方は伝えてあるけど・・・あぁアルトゥールの手勢は十人程度よ」
「根拠は?」
「元キンレンクル公爵領の貴族がアルトゥール以外に二人消えたわ」
「へぇ、だけどそれでは人数の特定はできないんじゃないの」
「分かるまで考えてください」
ぶっきらぼうでともすれば守られる側なのに傲慢不遜な態度ですが、きっとわたしがどれだけできるのかを試されています。
背中に緊張が走りましたが、これはそれほど難しい問いではありません。
エステリ様に耳打ちして伝えます。
「タンジェント伯爵ほどの人物ならば、そして成功率を高めるためにはもっと同行者が多くてもおかしくない」
「はい。彼は慕われておりました。危険は承知で同行する騎士も大勢いるでしょう」
実際、キンレンクル公爵令嬢ながら領地を裏切る行動をしたアリサ様に恨みを抱える人物は多いでしょう。
王国では名誉を守るために秘匿されていて、わたしも道中で伝えられて驚きましたが相手側からすれば暗殺も考えられます。
「それなのに二人しか確認していないというのは少人数で、という思惑があるからじゃないかな」
「どうして?」
アリサ様から予想外の、一見あたりまえのことが質問にされて返ってきました。
それはおそらく、一つはやはり発覚の可能性を最小限に抑えるためです。
二つ目は元キンレンクル公爵領の貴族達への連座を回避するためでしょう。
あまりにも多くの貴族が加担していれば、今でも危険と判断される可能性が高いですが、少数であれば一部の急進派の暴走だとして弁解できます。
エステリ様に伝えて披露していただきました。
「事前に発覚しても最悪の場合残った貴族達を人質として身動きを塞がれる可能性も高い。だけれど伯爵は公爵が自らの使命を優先するため公表を避けると考えた」
公爵家にとって収穫祭と奉納祭は公爵家の存在意義のようなものです。
アリサ様の特殊な事情を抜きにしても10年に一度の大行事を放り出すのは考えづらいです。
さらに言えば公爵家の血筋というよりも公爵婦人のレティーシア様、つまり王族の血縁の繋がりから公爵家に引き取られたのですから、公爵が平均的な貴族の価値観をお持ちならなおのこと優先順位が低くなっていてもおかしくないでしょう。
「でしょうね。公爵が姫様を実の娘と同等に扱っていると本気で信じたとはとても思えません」
「実際、公表はしてないわけですしアルトゥールの読みは間違いではなかったのです。ただ水面下で動いたというだけで」
「頻繁に接していた私でさえアリサがミリヤ達と同等に扱われていることを何処かで疑っていたのだから仕方ないね」
幸いわたしはモンデュック男爵家の繋がりで、エステリ様は友人関係とシャトレにいる弟のつてで真実を知っていました。
しかしシャトレ公爵家になんの縁もない、しかも反乱で政治の中心から外されたタンジェント伯爵は知るはずもありません。
とにかく、タンジェント伯爵はシャトレ公爵家が動くことは考えにくいと思っていたわけです。
ただ、アリサ様は政変の功労者で陛下にとっては従兄妹に当たります。王家に知られる、もしくは他の領地から王家に情報が渡っては大変なこととなるでしょう。
「そうだとすれば傭兵を募集するわけにもいかない。シャトレで集まるはずもないし他領で集めることもできない。だとすればそれぞれの麾下がいるにせよ数人程度。これがプリシラの読みなのだけれどどうかな?」
「わたし達の意見もそんなところよ。それをひとりで、しかもこの短時間で見抜くなんて流石は幽霊才女と言うべきかしら」
「あ、ありがとう·····ございます」
とりあえず合格のようでよかったです。
「それで、本命は奉納祭の最終日なんだよね?」
「そうよ。収穫祭はまだ続きますけど奉納祭の終わりは誰も外に出ませんもの」
今年の奉納祭の最終日はちょうどシャルロッテ様の復活の日とされる日で、シャトレの民は家に籠もってシャルロッテ様への感謝とお祈りを行います。
警護もその日は最小限ですから、暗殺にはうってつけの日と言ってもいいでしょう。
「シャトレの民の激怒を買うことになると思うんだけど······」
「アルトゥールはキンレンクルの人間ですから関係ないのでしょう」
それに、伯爵が暗殺を成功させるときはおそらく自らもヴァルハラへと赴くときです。
いくら伯爵でも緊急事態にシャトレの騎士が集結すれば無事ではありませんし、民衆が集えば逃げ切ることは不可能でしょう。
やはり昔の親しい人物だからかアリサ様は濁しましたがそれは間違いありません。
「そう……」
エステリ様も分かっているようです。
エステリ様も面識があるからか、沈痛な面持ちになります。
「とにかく、あのアルトゥールがその日以外を選ぶとは考えられないわ」
「分かった。ところで護衛はどうするの?」
「わたくしの専属護衛三人よ」
「それだけ?」
「ええ」
驚きを隠せません。いくら奉納祭で騎士の非番が多いとはいえ暗殺の日の護衛がそれだけとは
「ヘンリック様は?」
「お父様の護衛よ。はずせる訳ありません」
「マリウス様は?彼ならひとり居れば·····」
「マリウスはエルマの護衛だから、わたくしの方から断るわよ。万が一が起こったらどうするつもりよ」
「マリエンヌ様なら、魔術師ですが伯爵相手でも十分に·······」
とまあ、エステリ様の目星がつく騎士や魔術師を挙げていきましたがほとんどが他の方々の護衛をするようです。
狙いが本当にアリサ様だけとは言えないですから仕方ないといえば仕方ないのですが······
「少なすぎでしょ!」
同感です。
「他にも此度のための護衛はいますが、お側を守るのはこの三人です」
十人ほどいる、しかも誰もが一騎当千であると予想される中、戦力外のわたしを除いてたった4名だけなのはさすがに無理があります。
「他に護衛をつけることは?」
「言ってるでしょう?あまり多く付けては不審がられます。あなたを連れてきたのも本来は危険なのですよ?」
「そ、それなら、友人として呼ぶのは、どうでしょうか?せっかく、エステリ様もいらっしゃること、ですし、話し相手としてなら、納得いただけるかと」
「それだ!そうしましょう!」
わたしが発した言葉にエステリ様が食いつきます。
勢いが良すぎて思わず仰け反ってしまいました。
「名案ね。それなら怪しまれないわ。それに要請するのにも角は立たないわ」
「ならばエリザヴェータ様とィングレース侯爵に頼みましょう。近年はご友人同士で祈りを捧げることもあるようですし、断られはしないかと」
「決まりね。そうだ。プリシラはどう?」
「わ、わたしですか!?」
友人なんていません、と言いたいところですがわたしがシャトレに何度が来ていたことは知れ渡っているようで、そんなことを言える空気ではありません。
「エステリの友人だけを呼んでは外聞がよろしくありませんもの。どちらも読んだほうがよろしいでしょう」
アリサ様まで同調なさいました。
どうしましょう。
そして悩んだ末にわたしは、
「マルク」
と従兄妹の名前を言ってしまったのです。
「モンデュック男爵子息ですか、分かりました。彼なら外聞のためと称して他の殿方の騎士も呼べます。流石は幽霊才女と呼ばれたお方です」
「あ、あの、そんなつもりじゃ·····」
「そのように手配します」
何処か勘違いされたまま、他にも友人という名の護衛を増やすこととなり、最終的にはエリザヴェータ様とイングレース侯爵、マルクとファルメント侯爵、そしてマルクの友人のフリードリヒ様がいらっしゃることとなったのです。
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