幽霊才女の疑い

「あれ、無くなってる」

「プリシラ、どうかした?」

「魔術具が一つ減りました。予備のものなので問題はありませんけど」 


魔術具の点検をする前にここ数日で荒れに荒れた調合部屋を整理しようと思って作って放置していた魔術具を片していると、消えていることに気づきました。


先程も言いましたように予備なのでなくても構わなくはあるのですが、ものが忽然と無くなっているのは不審です。


「もしかしたら誰かが付けに行ったのかも」


確かにここ数日は他の騎士の方々にも設置の協力をしていただいてましたからその可能性もなくはないのですが·····どうにも不思議です。


「それか侍女が掃除に入ってその時に一緒に片付けちゃったのかもしれないよ」

「そんなはずは······」


確かに掃除をされた形跡はありますが、魔術具を知らぬ間に、しかもそれだけを持ち出すなんてことあるのでしょうか?


「ここには平民の侍女もいるし、魔術具を知らなくても不思議はないよ」

「そういうものですか·····」

「まあ、余りものを探しても仕方ない。こういうときは気にしないことも大事だよ。設置した方の確認もあるんでしょ?」


腑に落ちない所はありますがエステリ様の言う通り、今ある魔術具が正常に作動するかどうかのほうが肝要です。

言いようのないわだかまりを抱えつつも、わたしは地図に印をつけた場所へと向かいました。


* * *


「これで最後かい?」

「はい。······設置した方は全てありましたね」


ますます意味が分かりません。いくら平民の魔術具を知らない侍女だとしても見るからに怪しいものを持ち出すはずはありません。

そして、もしも盗賊が入ったのなら取りやすいこちらを取るはずです。

どうしてそれをわざわざ面倒な調合部屋から持っていったのでしょうか?


「どうかしましたの?」

「アリサ様、おはようございます。実は······」


考えているとアリサ様がやってきました。

雇い主でもあるアリサ様には報告したほうがいいと思い、魔術具を一つ紛失したことを伝えます。


「まあ、そんなことが」

「幸い、既に設置した魔術具はありますし、作動した形跡もないのですが······」

「とにかく、予備を持っていてよかったわね」


あれ?


とわたしは引っ掛かります。

この状況からして、魔術具を盗む動機があるのはタンジェント伯爵のはず


その可能性が高いことはアリサ様ならすぐにわかるでしょう。


彼がもしも魔術具の感知をかいくぐってこちらに忍び込んでいたのなら最も危ないのはアリサ様ですのに、どうして怯える様子もないのでしょう?


「それはそうですね。ただ、盗まれた可能性があるのは気に掛かりますけど」

「それは私も思っていた。調合部屋のときは誰かが忘れたままだと誤認して余分につけたものだとてっきり思っていたけど、確認してきたところ魔術具は設置したはずの分が一つの違いもなく置いてあった。そして先程、君の侍女にも確認を取ったがそのようなものはないと報告を受けた」


その他の人が持ったままというのは考えられませんし、ここは昨日から出入りを厳重に取り締まっています。


「大変なことかもしれませんわ。わたくしの方でも調べておきますわ」


そこで初めてアリサ様も危機感をお持ちになられたようです。


予備だったことが不幸中の幸いと考えるしかありません。

たとえタンジェント伯爵が盗んでいたのだとしても暗殺するにおいてこの魔術具を避けることはできません。


学園の研究所の先生から教えられた幾重にも欺瞞の術式をまるで本物のように張り巡らす術を使っていますし、試しに作動でもさせない限り魔術を理解されることもないでしょう。


「頼むよ」

「はい。盗みの可能性があるのなら、騎士達の間にも動揺が広がるかもしれませんし、それほど込み入っては調べられないでしょうから、見つかれば御の字というところですが」

「こちらは私共に任せて、エステリ様とプリシラ様は襲撃に備えての準備を夜までには整えておいてください」


わたし達には準備があります。早めの食事も取っておく必要がありますし、仮眠も必要です。


気にかかる部分もありますけど、ここは任せる他ないでしょう。


わたし達は一度それぞれの部屋で支度を整えてから食堂に向かうことにしました。

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