舞台裏 アリサとフレデリーカ

「姫様、紅茶でございます」

「ありがとう。珍しいわね、フレデリーカが給仕をするなんて」

「そういう気分でしたので」

「まあ、あなたらしいわ」


紅茶を一口すすってからくすっと笑った。

アリサの口に広がる芳醇で品のある香りは故郷で採れた茶葉から抽出されたものだ。


懐かしい薫りに思わず顔を綻ばせる。


優雅に過ごす二人のそばを秋の朝特有の木枯らしが吹いている。


「やっと、この日が来ましたね」


紅茶が一段落するのを待って、フレデリーカは落ち着き払った声で言う。

そこに暗殺される可能性に対する焦りや危機感のようなものは不思議と感じられない。


「そうね。遂にやって来たのね」


アリサも同様だ。

とても命を狙われた人のそれではない。


よっぽどプリシラ達を信頼したのか、はたまた別の何かがあるのか······


「そういえばフレデリーカ、あなたは最後まで呼び方を変えなかったのですね」


シャトレ公爵家の養女となってから、アリサはキンレンクル公爵領から付いてきた人物には姫様呼びをやめて、お嬢さまに変えるようにと命じた。


理由は単純で、シャトレ公爵家では自分が唯一の直径ではないこと、権力への関心がないことを内外に示すためだ。


それを理解していたにも関わらず、フレデリーカは今日の日までアリサ様呼びをすることはあれど一度もお嬢さま呼びに変えたことはない。


「アリサ様は私の中では唯一の姫様ですから」

「つくづくあなたも強情ね。別に忠誠心を測ろうとしたわけでもありませんのに」

「重々承知しています。それでも変えるつもりはありません。少なくともが片付くまでは姫様とお呼びします」

「そう」


−あのこと−それはアリサが、キンレンクル公爵家の唯一の公女が背負っているものだ。


「それにしたってアルトゥールもこんな回りくどいことはしなくてもいいですのに」

「全くです」


二人は揃ってため息をつく。

何故かそこにはタンジェント伯爵に対する敵意のようなものはない。


「準備はできていますか?」

「万事抜かりなく。用意はしております。今日の日が素晴らしき手向けの日となるのは火を見るよりも明らかでしょう」

「そればよかった。後は妨害が入りませんよう、しっかりとしておきませんと」


懐かしむような弔意を示すときのような憂いを帯びた視線がある場所に向けられる。


それは二つの大行事に湧いているシャトレにはとても似つかわしくない、寂しい花の祭壇だ。

誰からも見向きもされない、むしろシャトレの民からされる必要もないものだ。


「フレデリーカ、命令よ。今日でキンレンクル公女としてのわたくしはここを去ります。姫様と呼ぶのは今日が最後よ」

「心得ました。それでは私の持てる力を惜しみなく用いて、黄泉の神セントクリファの御下へとをお導きしましょう」

「ええ」


夜の訪れまで時は刻々と迫ってゆく。

東雲の明けた空はほの蒼く、太陽は燦々と輝いている清々しい朝が来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る