閑話 エステリの不満

「ごきげんようエステリ·······あら、ご不満そうな顔。なにか気に触ることでもありましたか?」


開口一番、アリサはそう指摘した。


「ないよ。そんなことよりアリサ、プリシラから魔術具を設置すると連絡があった。昨日渡した地図にある大きな印の部分とこの地図の印の場所にはなるべく近づかないよう周知してくれ」


エステリは指摘に答えることなく誤魔化すように、だけれども正当な話題で持って話を逸した。


「分かりましたわ。フレデリーカ、レベッカ達にも知らせてくださるかしら。それと二人であの数を設置するのは骨が折れるでしょうから、手持ち無沙汰な方にはプリシラ達を助けるように言ってくださる?」


専門外でも騎士は魔術具の使い方を一通り覚えますし、設置くらいはできるでしょう?と言葉を続けた。


「承知しました。ローズマリー、エリザヴェータ、姫様達の護衛は任せる」

「了解ですわ」

「御意」


二人が頷いたのを見届けてフレデリーカは訓練場に向かった。


「それで、なにかありましたの?」

「だから無いって······」

「誤魔化そうたってだめよ。それとも護衛任務を中途半端にするつもり?」


語気が強まった。

タンジェント伯爵はとても強い。

プリシラの魔術具がいくらか消耗させてくれるとはいえ、片手間に済む相手ではない。


「分かったよ。話します」


それを思い出したのか、それともこのまま逃げることは叶わないと悟ったのか、エステリは今日の朝の件を話した。


「まとめると、プリシラが挨拶をしていた。それがモヤモヤすると?」

「そうかな。もちろん、プリシラが成長しようと頑張るのは応援したいんだけど······それならどうしてアリサを先に頼ったのかなって、私でも良かったんじゃないかって」


人の成長を素直に喜べないなんて恥ずかしいと顔を赤らめながらアリサに一切を話した。


高潔な誇り高い騎士の家系のルベルティ公爵家では、誰かを妬むことは恥だとされている。

そんなことは百も承知だが、どうしても心の底から喜んであげられない。


「ふふっ」


淑やかな、だけれどもこの空間を支配してやまない笑い声が部屋に漏れた。


「笑うなんてひどいじゃないか!」


笑われたことを侮辱に類するものだと感じたエステリはかなり本気で怒った。

だがアリサは止めない。それを見て彼女が意味もなく人のことを笑ったりするはずがない、と逆に冷静になる。


「ごめんなさいね。お似合いの二人だなと、なんとなく微笑ましさを感じて思わずですわ」

「お似合いの二人?」


エステリには意味が分からなかった。

普通に考えれば主従としてという意味だろうが、それでアリサが笑うとも思えない。


「まあそのうちわかるはずよ。ただ、プリシラの頑張りは素直に祝福してあげてくださいな。あの娘が誰のためにがんばっているのかをよくよく考えてみましたら?」

「はぁ······」

「それじゃあ、魔術具の詳細の話を改めてしましょうか。指揮官のあなたと守られるわたくしが知らないわけには行きませんもの」


もう少し詳しい説明を、と言いかけたところで話題が転換された。


明らかにアリサが意図的に逸したと分かるものだったが、経験上エステリはアリサに言葉では勝てないと悟っている。


どうせ無理だと諦め、それよりも自分の本分を果たさなければと言う使命感を帯びて、魔術具についての話に入った。

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