プリシラの努力
次の日、わたしは早速マルクに協力してほしいと伝え、その足でマルクと一緒にアリサ様のもとへと向かいました。
「プリシラ、どうかなさいましたか?素材が足りなかったのならお父様に伝えますよ」
「いいえ、今日は······」
口が動きません。変わると決心したのにこの体たらくです。
何を言わなければならないか、それは分かっているのに声に出せません。
今度こそ本当にマルクに失望されるのではないかという考えが頭を過ります。
がんばらなきゃ、がんばらなきゃ!
「私から代わりに、今日はプリシラからアリサ様にお願いがあって参りました」
横から聞こえてきたのはマルクの声
助け舟を出してくれたようです。
「お願いですか?」
「はい。プリシラが今よりももっと成長するために必要なことです」
「いいですわ。おっしゃってくださいな」
マルクが目配せをしました。
今度こそわたしの出番です。
これは克服するための第一歩ですからわたしがしなければなりません。
「あの、えっと······」
「ゆっくりでいいわよ。落ち着いて落ち着いて」
何を頼みたいのか察したらしく、優しく語りかけてくださいます。
こんなお優しい方を少しでも疑ってしまっていた自分が恥ずかしいです。
ここはなんとしても頑張らなければ!
「わたしが、人と話す練習を·······手伝ってほしいのです。もちろん、アリサ様がよければですが」
たどたどしくも、なんとか言い終えることができました。
「わかりましたわ。暗殺計画のせいで奉納祭にも出れなくなってしまってわたくしも暇していましたし、いつでもどれだけでも構いません。心ゆくまで練習相手に使ってくださいな」
「ありがとうございます!」
快く了承くださったアリサ様にわたしよりも先に感謝の返事をしたのはマルクです。
呆然としたわたし達を見て気づいたマルクは顔を赤らめます。
「ふふっ、再従兄妹思いね」
「あの、これは、反射と言いますか······」
「ふふふっ」
からかうようなアリサ様にタジタジのマルクがとても珍しくて思わず笑ってしまいました。
「あっ、ごめんなさい!」
わたしってばなんてことを。人を見て笑うなんてよろしくないことです。
「いいのよ。自然と笑みが綻べるのは緊張が解けてきた証拠よ。言葉を交わし合うことも大事ですけど、こうして表情で会話することも大事な要素ですもの。ね、マルク?」
「そうですね。私と致しましては恥ずかしくはありますが、それでプリシラの役に立てたのなら幸いです」
「そういうことですから、続けましょう」
マルクは調合の続きをしたいそうで退室し、わたしとアリサ様だけが残されました。
「訓練と言いましてもあまり良くわかりませんが、自分の好きな話題なら話しやすいでしょうしプリシラが好きなことを話してみてください」
というわけでわたし達は奉納祭や秋穫祭など神事についてのことをお話しました。
言葉に詰まってしまう場面もありましたがアリサ様が上手くフォローしてくださったおかげでなんとか話をすることができました。
慣れてくると会話するたびに覚悟を決める必要もなくなってきて、多少は楽になります。
まだ普通にというわけにはいきませんが、もとよりその日のうちに出来るものではありません。
それでも落ち込んでしまったわたしに少しずつでいいとアリサ様が励ましてくださいます。
「それではまた明日頑張りましょう。今日だけでもかなり上達していますから、あとは慣れることが寛容です。挨拶からでもいいですから他の騎士達にも話しかけてみるといいかもしれません」
「今日はありがとうございました。挨拶から、ですね。·······がんばってみます」
千里の道も一歩からです。
言われて思い出しましたけどいきなり難しいことをするのではなく、簡単なことからコツコツ積み重ねていけばいつかは難しいこともできるようになります。
そんなことを忘れてたなんて
ひとりで過ごすことに慣れてしまい、更には難しい論文ばかりを追っていたためそんな初歩的なことが眼中から遠くなっていたのかもしれません。
* * *
「おはようございます、ローズマリー様」
「プリシラ様、おはようございます」
次の日、わたしは挨拶を交わすようにしました。
文言を決めておけば思いの外スラスラと言えます。
戦いにおいてもですが会話でも、慣れないうちは前準備が大事なようです。
「エステリ様、おはようございます」
「お、おはようプリシラ。何かあったのかい?」
「昨日アリサ様と会話をする訓練を始めたので、まずは挨拶をしてみることにしました」
「そう······がんばって」
「はい」
激励してくださいました。エステリ様に応援して頂けるとより力が湧いてきます。
ですが一瞬、エステリ様のお顔が曇ったように見えました。
「そういえば、今日から魔術具の配置をしてもいいですか?当日にすると、慌ただしくなりますので早いうちに終わらせておきたいのです」
「分かった。アリサ達には私から伝えておくよ。場所は一昨日貰った地図のとおりでいい?」
「ひとつだけ、追加がありますが、他はそのままで構いません」
わたしは簡易地図に追加の魔術具の場所を示す印を書き入れます。
「いちおう確認しておくけど、大きな印の方は作動する危険があるから触れないように、でよかった?」
「合ってます。通行も極力避けてほしいです」
どの魔術具も一段と強力になっていますから、万が一があればいけません。
触らぬ神、もとい魔術具に祟りなしです。
「伝えておくよ」
「ありがとう存じます」
魔術具を用意しているマルクのところに行くためエステリ様の御前を退きました。
会話の練習に魔術具の用意、任務成功のための方策などするべきことが多くて、エステリ様のお顔が曇ったことは頭から離れていました。
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