幽霊才女の天敵 後編

調合部屋でわたし達は魔術具の製作を行います。


「これで作りたかった分は終わりです。マルク、手伝ってくれてありがとうございました」


製作は予想よりも早く進みました。手先が器用で魔術の心得もあるマルクがいてくれたお陰です。


「魔術は専門ではないが俺も文官の端くれ、それにアリサ様が暗殺されそうになっているいるのだ。公爵家の部下である俺が協力するのは当たり前だ。そんなことより·······」


調合で用いた薬草の臭いが鼻をつきます。

嫌な予感がしました。


「お前、なんのつもりだ」


案の定というべきか、マルクはそれまでと打って変わって怒った表情を浮かべます。


「どうって·····」


こういうときは大抵何かしら思い当たる節があるものですが、今は本当になにもありません。

わたしはわけも分からずおうむ返しをしました。


「あの態度だ。上級貴族の方々に対して返事すらせず、挙句の果てには伝書鳩のような扱いをしていただろう。無礼にも程がある」

「あれは······エステリ様がしてくれるって」

「だとしてもだ。しかもお前は同じ場所にいた。自分の口で伝えればいい」


正論です。マルクの言う通り、わたしがエステリ様に代わりを頼む義理はないのです。


でも、


「わたしは人とうまく接することができないから······」


仕方ありません。わたしが無理をして失敗するよりも初めから挑戦しないほうがいいのです。


「仕方ないとでも?」


見透かしたような視線が向けられます。

マルクは昔からわたしとよく一緒にいましたからわたしの心を読むことなど朝飯前なのでしょう。


「はい······」

「なんだよ。お前、逃げてるだけじゃないか。挑戦してできないことと挑戦もせずにできないと決めつけることは別物だ」


くどいくらいに正鵠を射ています。

エステリ様は"不得意分野を補い合う"と美化して言ってくださりましたが、マルクのように上辺を取り繕わず事実を示せば"逃げているだけ"です。


「でも、が勇気を出したってどうせできない。そうしてエステリ様に恥をかかせるくらいなら、しないほうが」

?そんなもの、自分を正当化するためだけの方便だ!お前は凄い。それなのに自分でその才能の真価に蓋をしている。嫌なことから逃げたい?辛いことはしたくない?自惚れるな!それで上手くやれるほど社会はお前を中心には回っていない」


普段から冷静沈着で、怒ることなど見たこともないマルクには考えられないほど声を荒らげています。


理不尽な怒りの発露ではなく正当なもの。


マルクには苦手を克服する努力もしないわたしが許せないのでしょう。


それと同時に、わたしのことを心から思ってくれていることも伝わります。


目を逸らしているだけで分かってはいるのです。

このままじゃ駄目だと


だけど挑戦して傷つくよりはしないままの方がいい、逃げたままでいたい。


「わたしだって、このままでいいなんて思ってるわけじゃない!エステリ様に甘えたままでいいなんてこれっぽっちも思ってません」

「理解しているならば挑戦してみろ!お前はエステリ様が多少の失敗で見放すような狭量な人間に見えるのか?アリサ様が努力して失敗した人間を許さないように見えるのか?」

「······見えません」


咎めるどころか、協力さえしてくれるでしょう。

でも、心の何処かで失望されるかもしれないと、そんな最悪を想起して恐怖に駆られます。


「挑戦もしない今のお前は幽霊才女ですらない。ただ頭が回るだけの幽霊だ。克服するつもりもないのならお前にここにいる資格はない」


その言葉は胸に刺さりました。

痛くて痛くて、だけれども言わんとすることがはっきりと明瞭にわかるだけに、言い返すこともできない。


「挑戦する気があるのなら俺も協力する。覚悟ができたら伝えに来い」


そう言い残すと、マルクは自分が広げた素材と道具を片付け調合部屋を立ち去ります。


残されたのは涙が頬を伝っていることにも気づかないほど意識が離れたわたしだけ


「プリシラ、もう終わった?そろそろディナーの時間だけど······プリシラ!?ひどい涙、どうかした?」


一度は閉められた扉が開き、心配そうに驚き慌てふためくエステリ様がいらっしゃいました。


「いいえ、なんでもありません。ちょっと薬草が目に染みただけです」

「そう、それなら良かった。でも拭き取らないとはしたないよ」


懐から取り出した布を優しく当てて、涙跡が無くなるように拭き取ってくださいます。


とても幸せな時間です。この時間が数日でなくなってしまうことを考えるととても寂しいです。

もっと一緒にいたい。でもそのためにはわたしも変わらなくてはなりません


「エステリ様、わたしはこのままではいけないのでしょうか?」

「急にどうしたの?」

「満足に他人と会話できないこの状態から、変わらなければならないのでしょうか」


ぽかんとしていたエステリ様は、質問の詳細を聞いて合点したような表情になります。


「男爵子息の言葉といいプリシラといい、やはり何かあったんだね」


マルクはなにか言ったようです。

内容を考えたいところでしたが、そんな暇もなく言葉の続きが紡がれました。


「今の状況から無理して変わる必要はないけど、一般論としては全く会話できないよりは社交話だけでもいいから出来るようにはなった方がいいかな。でも、くれぐれも無理は禁物。プリシラがプリシラでなくなってしまう方が私は嫌だよ」


エステリ様は微笑みを浮かべながら、わたしの髪を優しく撫でました。 


やはりエステリ様の隣に立つためにはこのままではいけない。こんなにも優しい方を煩わせるのではなく支えられるようになりたい。


わたしは心の中で、変わる決心をしました。

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