【完結】幽霊才女プリシラ〜日陰の才女は副騎士団長(女性)の助手になる〜
シルフィア・バレンタイン
プロローグ 運命の出逢い
わたしはプリシラ、モンデュック男爵の一人娘です。
自己紹介をしたいところですが、今はそんな余裕のある状況ではありません。
「ねえ君、私の助手にならないかい?」
騎士服に身を包んだ女性がわたしの手を力強く握りしめます。あがいても抜け出せる気がしません。
「あ、あの······」
「あぁ、自己紹介がまだだったね。私はエステリ・ルベルティだ。王国騎士団青の副騎士団長を務めている」
騎士だからなのか、とてもハキハキした口調で挨拶をなさいましたが名前を知りたかったわけではありません。
わたしは人と関わることに少々の難があり、図書館に籠もっているうちに人と話すことがほとんどなくなったのですが、今回ばかりは話さなければならないようです。
一度大きく深呼吸をしてからつっかえることのないよう最新の注意を払いながら口を開きました。
「どうしてわたしを助手にしたいとお思いになられたのですか?わ、わたしは騎士としては不適格かと······その、ご覧のように体力もありませんし」
「知ってるよ。筋肉とは無縁の華奢な体躯に見ただけでわかる体力のなさ、戦う騎士として考慮すれば君はたとえ陛下が推薦したとしても却下だ」
忠義の家系として知られるルベルティ公爵家の出身で、しかも副騎士団長のエステリ様が陛下の命令でも拒むというのは相当なこと
太陽が西に沈むことのように分かりきったことですがやはりわたしに騎士は務まらないようです。
「でしたら、なぜわたしを?」
まさかからかったのですか、という一文は飲み込んで心にしまい込みました。
吹けば飛ぶような貧乏男爵家のわたしがそんなことを言えば無礼として処罰されましょう。
とはいえ、からかわれるのは不快です。
「そう、睨まないでほしいな」
「あ、ごめんなさいッ!······そんなつもりはなくて」
思いがけず働いてしまった無礼に慌てて、謝罪の言葉と一抹の弁解の言葉が口をついて出ました。
感情が漏れ出して、わたしも気づかないうちに睨んでしまっていたようです。
人と必要以上に関わり合いにならないために感情を限界まで表に出さないよう努力していました。
滅多にない上級貴族の方々との会話だからなのか、それとも別の特異な事情があるからなのかは分かりませんが、どうにも不思議です。
とにかく無意識であっても礼を失したことは事実です。
「・・・」
しかし考えを纏めきったことで
(早く弁解しないといけませんのに!わたしの口、動いてください!)
「······」
だめでした。
話すために目線を上げたせいでふとエステリ様が視界に入りました。
見守るような視線ですが今の慌てたわたしには獲物を捕獲する最高の機会を窺う猛禽類のように映りました。
(情けない。会話もできないなんて)
涙がぽつりと零れます。頬を伝ってゆっくりと筋を描いて落ちていきます。
「泣かないで、君は悪いことはしてないんだから」
慰めの言葉とともに、わたしの頭に暖かくやさしい手がのせられました。
言葉には言い表せない安心感に包まれて、自然と涙が止まります。
「言い方が悪かったね。だから率直に言うよ。私は君に騎士として戦ってほしいんじゃない。私の助手として作戦立案をしてほしい」
「どういうことですか?」
騎士団には参謀という役職があります。常置ではありませんが、戦時など緊急時においては予め決められた複数名が任命されます。
それに副騎士団長なら戦略的思考は持ち合わせているはずですので、参謀が置かれないような平時において作戦立案を騎士団所属でもないわたしにわざわざ依頼する必要などないはずです。
「人の目があるからここで詳しくは話せないけど、私はある人を護衛する任務を拝命しているんだよ。でもその方を狙う相手は強くて、とてもじゃないけど私の力で、少なくとも知略面では敵わない」
「それならば騎士団長にそう申し出ては?」
「まあ、そうできたらいいんだけどね」
そう言ってエステリ様は頭を抱えました。
出来ないことを出来ないと正直に報告するのは大切なことです。人の命がかかっているなら尚更申し出なくてはなりません。
その程度のことをエステリ様が知らないはずはありませんし、噂と接している限りではそれをできないようなお方ではないように思われます。
それに、できたらいいというのが気になります。事情があって許されないのでしょうか?
「分かってない様子だね」
「·······すみません」
「いいよいいよ。実はこの任務はただの任務じゃない。知っていると思うが私は副騎士団長になったばかりだ」
そこまで聞いてわたしは閃きました。
「副騎士団長の資質があるかどうかの試練?」
「御名答だよ」
それからエステリ様は説明してくださいました。
曰く、副騎士団長になったは良いものの、女性である上に騎士団長になった父親の後釜という立場が災いしてエステリ様を認めない勢力がいるそうです。
「父上は騎士団長で公爵だし、上層部は認めているから表立って何かを言ってくるわけではないんだけどね。ただやっぱり纏まりきれなくなった騎士団の空気は良くない。何よりそんな状況では何かあったときに陛下の安全に係るかもしれない」
「そこにちょうど暗殺の兆候が見られた。ですから上層部はそれを利用してエステリ様が副騎士団長に相応しいことを認めさせようと試練を与えた、というわけですか」
「そうだよ。物分りが良くて助かる」
命を天秤にかけて資質を問うことは許されませんから護衛は他にもいるのでしょう。
ただ彼らが動いたときはエステリ様に資質なしと判断されたときに他なりません。
公爵家の家督を継ぐには騎士団長かそれに準ずる身分であることが求められますからエステリ様が必死になる気持ちが分かります。
「エステリ様が作戦を煉る助手を欲していることは理解しました。ですが、何度も言いますがどうしてわたしを?」
わたしには騎士団に勤めていた経験はもとより学園の騎士科を卒業したわけでもありません。
それを伝えるとエステリ様はなぜか驚かれました。
「本当に騎士科も出ていないのかい?」
「はい。座学は受けましたけど、見ての通りの貧弱さですから実技を取っておりません」
「座学は取ったの?」
「······はい。主は文官と魔術ですが、騎士科の講義にも興味がありましたので」
その時急に、ふふふっあははと笑い始めました。
わたしは訳が分からず本能的に一歩あとずさりします。
「納得だ。君があれほど難解な戦術問題をいとも容易く解いていたのにも合点がいくよ。ねぇ君は、いやプリシラは幽霊才女だね?」
「名乗ったつもりはありませんけど、そう呼ばれていたことは知っています」
「やっぱりそうだ。君とならきっと、いや絶対に試練を突破できる!試練の期間だけでもいい、どうか私の助手になってくれないだろうか」
ふたたびエステリ様はわたしの手を握りました。前と一つだけ違うのは目に浮かぶキラキラが増して確信的なものになっていることでしょうか。
だけど、わたしには承諾できない理由があります。
「ごめんなさい。助力したいのは山々ですが、お知りの通りわたしは対人関係が苦手で·····とてもエステリ様のお眼鏡に適う活躍ができるとは思えません」
幽霊才女と呼ばれたのは何も一介の下級貴族が学園を優秀な成績で卒業したからだけではありません。
人と関わるのを苦手とするあまり、学園で行われる社交や表彰式に一切顔を出さなかったからです。
「でも今のプリシラは私と普通に話せているじゃないか」
「······ホントです、ね」
まさに青天の霹靂でした。
よく分からないけれどエステリ様と滞りなく会話できています。
驚きのあまり貴族女性としてはありえないような顔を浮かべてしまったほどです。
「でもでも、護衛対象の方とうまく話せるか····」
「構わない。私が代わりになろう」
「エステリ様にそんなことをさせるのは······」
「だけどプリシラの助力がなければ私は副騎士団長の任を降りなければならないだろう。私が私のためにするのは当然だ。任務の期間だけでいい。君の家の借金も返そう。どうかな?」
そこまで言われては断れません。
お父様が祖父の作った借金で苦労しているのは知っていますし、エステリ様がこのまま副騎士団長を辞めさせられるのも嫌です。
なにより、わたしを必要としてくれていることがとても嬉しい。
「分かりました。任務を完遂するまでは」
「よかった!ありがとう!」
こうしてわたしは、期限付きの助手となったのでした。
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