真実 その2

「侯爵、この森の中です」


わたし達は森の中に入りました。

そこには不自然に開かれた場所があります。


花が植えてありますが、どの花畑も今は奉納祭で輝いているのにここだけは寂れています。


まるで、祝福を拒むかのような感覚です。


「見えました!左です」


目のいいエリザヴェータ様がアリサ様を見つけたようです。


「プリシラ、行くよ!」

「はい!」


わたしとエステリ様は一足先に精霊から離れて地面に落下しました。

わたしはお姫様抱っこをされてで、恥ずかしいですが必死にこらえました。


「アリサ!」

「エステリ!?それにプリシラも!?」


そこに居たのはアリサ様とフレデリーカ様、歴戦の風格を漂わせる男性、おそらくタンジェント伯爵です。


「どうしてここに?」

「プリシラが案内してくれた」

「そう、やっぱりあなたは凄いわ。流石は幽霊才女ね。ここまで来たってことはもう分かっているのでしょう?わたくしがこの件の糸を引いていることを」

「はい」


やはりそうでしたか。

こうなるまで気付けないわたしはまだまだです。


「説明してくれるかい。アリサがこんなことをした理由も、そこのタンジェント伯爵がアリサに忠誠を誓っているように見える理由も」

「いいわよ。と言いたいけれど、プリシラの考えを聞かせてくださる?」

「分かりました」


わたしは自分の考えを披露しました。


タンジェント伯爵が忠誠を誓っているのは、元々前キンレンクル公爵に捧げられていた真名の誓いがどこかでアリサ様に移譲されているから。


「本来ならキンレンクル公爵が処刑された段階で真名を捧げる伯爵も死んでいるはずです。それなのに死んでいないのは引き継ぎを密やかにしていたのでしょう」


とある文献には捧げられた真名を息子に譲った領主のおとぎ話が載っています。

実際にも確認されていて条件は厳しいですが、例のないことではありません。


「そこから推測されるのは、公爵が反乱を起こしたときには公爵の自由意志は何らかの形によって剥奪されていたということです」

「どうしてそう思うの?」

「文献に示された真名の移譲の条件は、自らの意志でしたわけではない行動によって、つまり神々の裁きで断罪されない世間的な悪行によって命を寿命の半ばで散らすときです」


公爵のことがわたしの言った通りならば、タンジェント伯爵が生きている理由も、アリサ様に忠誠を誓う理由もわかります。


「どうですか、タンジェント伯爵?」

「その通りです。我が主は操られていました。誰が、というのは言わなくても想像できると思います。とにかく主が目覚めたとき、その時は既に取り返しの付かない、敗北必死の状況でした」

「だから伯爵は急に戦列を離れたのか」


伯爵はコクリと頷きます。

真名を捧げた場合、捧げた相手からの命令には逆らえません。それがたとえ操られた抜け殻だとしても、魔力が本人のそれでありさえすれば認識は主人となります。


それを知っていて伯爵は戦闘から逃げたがったのでしょう。

そうやって抵抗することで公爵への支配が綻びたのかもしれません。

そしてついに公爵が解放ましたがその時にはもう既に公爵が生き残る道はなかったのでしょう。


「だから公爵は娘だけでもと考えた」

「その通りです。ただ、姫様は姫様で王国に状況を知らせていて、キンレンクル内では姫様を弑さんとする勢力もいました。ですから武力に長けた私を付けようとしたのです」

「お父様は読書家でしたから、どこかでその話を知っていたのでしょう。おおよそプリシラの予想通りですわ」

「ただ、どうしてこんなことをしたのか、それだけが分かりません」


守るというのが任務ならシャトレ公爵家に入った時点で達成されたと見るべきでしょう。

わざわざ暗殺計画を立ててまで、しかもそれにアリサ様自身が関与する必要はありません。


「それはね、今日がなんの日か分かれば答えは自ずと見えてくるはずです」

「なんの日って、奉納祭の最終日、聖母シャルロッテ様の復活の日じゃないの?」


エステリ様の言うとおりです。少なくともわたしにはそれ以外······いいえ、もう一つありました。


「前キンレンクル公爵が処刑された日、そして今日はそれからちょうど8年です」


アリサ様が頷きます。

現世で命を落としてから八年目の命日は、その魂が天へと還りゆく日です。


「わたくしは既にシャトレ公爵令嬢、養子になる前の実家の父親を、それも反乱を起こして処刑された人の冥福を祈ることはできません。大好きだった父なのに、一度の弔いすらできないまま別れるのは嫌だったのです」


アリサ様が大っぴらに供養をすれば、様々な方面から非難をされるでしょう。

下手をすれば氾濫を起こす神輿になりかねないとして粛清の手が及ぶ可能性も否定はできません。


「ですから、私が誘拐をして供養をする場を整えるつもりだったのです」


それが真実ならなんと悲しい事件でしょう。

親の冥福を祈るために忠臣が犠牲になる。

どちらにしても胸の空く思いではいられません。


「フレデリーカ様も知っていたのですか?」

「はい。モニカを連絡係にして、連絡をやり取りしていました。そして、プリシラ様の作った魔術具を盗ったのも私です」


話を聞くと、わたしがあまりにも強力な魔術具を作ってしまったがために伯爵が誘拐を成功させられる確率がぐんと下がってしまった。


なので代わりに余分に作った分を伯爵に渡しておくことで仕組みを大まかに理解し、交わす術を考えたそうです。


「それでも成功するかどうかは紙一重でした」

「ありがとう存じます?」


対応がよくわかりませんでした。

謝ったほうがいいのか喜んだほうがいいのか、とりあえず中途半端にしておきましょう。


「それじゃあ供養をしよう。みんな、出てきてくれ」


エステリ様が呼びかけました。

それに呼応してエリザヴェータ様達が木々の影から姿を表します。


「いいのですか?」


アリサ様達は驚きに目を剥きます。


「暗殺計画を欺瞞とはいえ立てたのは許されませんが真実が分かった以上汲むべき点は多いと考えます。王国騎士団青の副騎士団長の名の下に供養をすることが妥当だと考え、それを黙認します」


騎士としての振る舞いでエステリ様が宣言し、念願だった弔いが行えることにアリサ様が泣き崩れて、フレデリーカ様とタンジェント伯爵も涙を流しています。


一応異議も確認しましたが、話を聞いているためか異議は一つも出ませんでした。


「ありがとうエステリ。みんな、ありがとうございます。これで未練なく別れを済ませられます」


それから、わたし達は共に旅立つ公爵の魂を見送りました。

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