土蔵のきちがい

子供時代を過ごした家には土蔵があり、中にきちがいが閉じ込められていた。いや、閉じ込められていたというのは正確ではなく、父によれば自ら望んで土蔵にいたようだ。どこから来たのかも定かではない流れ者。しかし面影は確かに我が一族で、何度か見た顔は父と似ていた。

今ならば病院に入院するなどできるのだろうが、当時は近くにそんな病院もなく、○○家から頭のおかしなものが出たと思われるのも不名誉なので隠す意味もあって土蔵に閉じ込めていたのかもしれない。

普段はおとなしく、意識することもないのだが、何度か外にでたこともあり、最後の一回で私は殺されかけた。手にした棒で執拗に足を叩かれ骨が折れた、今でも歩くときは足を引きずるのはこのときの後遺症だ。

なぜそんなことをしたのかはわからないままだった。父には、私がきちがいをからかったりしたのではとも聞かれたがそんなことは無い。それはいつも一緒にいた幼馴染も証言してくれた。また、叩かれる痛みの中で見たあの顔は、憎しみなどではなく笑ってるかのようで、逆に恐ろしかったのを覚えている。「これでいいんだ」というような言葉も発していたような気がする。


今では生まれた家も村も、もちろん土蔵もダムの底に沈んでいる。父が亡くなる少し前に昔の話をしたことがあり、土蔵のきちがいのことも聞いてみたのだが、なぜかそんな者は知らないと言っていた。昔も村の外の者には、一族の恥のようなものなので言わないようにしていたのだが、それを本当のことだと思い込んでしまったのだろうか。

妻にも聞いてみたが、やはり土蔵のきちがいのことは知らないと言う。私のケガのことも、いっしょに遊んでいた時にがけから落ちたからだと記憶が食い違っている。妻は、ケガのおかげで戦争にも行かないですんだのだから、今からすれば良かったのかもなどとも言っていた。確かにあの戦争では多くの知り合いが帰ってこなかったので、自分もケガが無く徴兵されていたらどうなっていたのかわからない。





これは、友人の祖父が残したものだ。どうしてこんな個人的なメモみたいなものを他人に見せてきたのかというと、日常の謎的なものが好きな僕の為なのだということらしい。

ただ、これだけでは何とも言えないというか、何でもよければ前に読んだマンガのように未来からタイムスリップしてきたのだとかこじつけることもできる。

つまり、土蔵に閉じ込められていたきちがいというのは、未来の自分、この場合だと友人の祖父ということになる。徴兵されて戦争に行って苦労した友人の祖父、まあこの場合は結婚もできなくて友人も生まれなかった世界になるのだろうけど、何かのひょうしに過去に戻った。そして何とかして未来を変えるための方法として、子供の頃の自分の足の骨を折る大けがをさせた。それによって自分の運命を変えたのだけど、親殺しのパラドックスみたいに変わった世界には属さなくなった自身は消えてしまった。

みたいなことを友人にも話したら、わりとうけていたので、まあ良かった。



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