設定フィクション

ノソン

植物人のタブー

ソイル人は植物系の生物だ。自分たちの星をソイルつまり土壌と呼んでるのは、植物から進化したからなのだろうと聞いたら笑われてしまった。

君ら地球人が自分たちの星をアースと呼んでるのと同じことだと。


ソイル人のミミは地球に交換留学生としてやってきて、地球に関することを学んでいる。ミミが帰るときに、僕も交換留学生としてソイル星を訪問する予定だ。なので彼とは話すことが多いのだ。

ミミの見た目は、3本の脚と3本の触手があり、人間のように前後が明確にきまっていない。頭に相当する部分にも人間のような感覚器が付いているわけではないので、顔という感じではない。会話するのに使うトランスレーターにはアバターの顔が表示される。ミミというのも地球人と会話するとき用の名前だ。

ミミの帰還、つまり僕のソイル星訪問が近くなったので、気になっていることをいくつか聞いてみた。文化の違いによるタブーというのは人間同士でもあるのだけど、星が違い、動物と植物という大きな違いがあるわけなので、もっとあるのではと思ったからだ。


まず聞いたのは紙のこと。これは、前に読んだ小説でそんなのがあったからだ。

ミミは、葉をざわつかせるようにして笑ってから答えてくれた。

「フフ、つまり君は植物をバラバラにして薄く延ばして乾かした紙の存在が、僕ら植物系生命にとっては許しがたい暴挙に思えるのではというのだね。作家の想像力というのはすごいね。たしかその話の中では、ロケットで送られてきた書物に激怒して、地球人を滅ぼそうとするのだっけ。現実にはそんなこと起きないよ。だから僕に塩水をかけないでね。」

ミミが最後に言った塩水というのは僕らの間でのジョークで、いっしょに見た映画に由来する。ソイル人に似ていなくもない植物が人間を襲って食べるその映画のラストでは、海水で退治されるのだ。

「でも、不快に思ったりはするのではないか?」

と僕が続けて尋ねる。

「羊皮紙。動物の皮をはぎ、薬品で処理して乾燥させたものを使うとは、なんと残酷な。みたいに君らが思ってるのなら別だけど、そうでないなら植物でも同じことだよ。僕らも野菜は社会で活用してる。」

彼はそう言って、着ている服を触手でつまんでみせる。彼らも人間と同じように布でできた衣服のようなものを着用している。食べるもの以外の植物も野菜という訳語を使うのはトランスレーターのせいだけど、意味としてはわかる。


花束についても聞いてみた。これも読んだ小説から。

「うーん、多少は気になるけど、別に平気かな。これは君らと性的タブーが異なるからなのかもしれないな。」

花というのは植物の生殖器であり、花束は切り取られて束にされてしまったアレなのだけど、別に平気なのか。

ミミは続けて、

「どちらかというと、食事のほうが人に見せないタブーに近いかもしれないな。これも絶対的なものではないけど。」

と言った。移動可能になった植物にとって、食事の為に停止していることが外敵に隙を見せることになるので隠すようになったのだろう、と彼らの進化論的な説明までしてくれた。程度としてはそんなでもなく、人前でのキスがいい程度には、食事もできるらしい。実際にミミはこの地球で、皆といっしょに食事をしてた。

「そういえば、前に聞かせてくれた話があったね。最高の肥料の話だっけ。」

ミミはそう言って、葉をざわざわさせた。

「ちょっと、それ、本当に大丈夫だよね。」

と僕。これは前に話した、やはり植物系生物の星に赴任した人間のSFで、植物にとって人間の排泄物が非常な珍味で、という内容だ。前にこの話をしたときは、よっぽどの自然派ソイル人でもなければそんな心配はないということだったけど、何かにつけてからかってくるのだ。


行く前は不安になったソイル星の訪問も、実際に行ってみるとそれほど問題になることもなく、異星の生活を楽しむことができた。ミミも何かにつけて世話をやいてくれた。それでも一度ミミを怒らせてしまったことがあって、彼の育てている鉢植えを見せてもらったときに、木いちごみたいな赤い実をおいしそうと言った時は、珍しくミミが不快感をあらわにした。落ち着いてから説明してもらったところによると、例えれば僕らが飼っている小動物のペットを見せた時においしそうと言うようなものだということだ。

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