アミノ酸

「必須アミノ酸というのは知ってるかな?」

僕の質問には答えずに、向こうから質問をしてきた友人は、手のひらをなめている。短い付き合いだけど、あいかわらず変な奴だ。

「そのくらいは知ってるよ。人間が生きていくのに必要で重要なアミノ酸のことだよね。」

アミノ酸がタンパク質を構成しているものだというのは、言わなくてもいいだろうと思って省略した。人と会話するときは、何を話すかよりも、何を話さないで置くかの方が重要だ。

「まあ、半分正解かな。」

「どこが?」

すこしムッとして聞くと、

「重要であるという点では、必須ではないアミノ酸の方が重要だね。なぜかというと、」

そこまで答えて、とめる。

なんでだ、あっ、そうだ。

「わかったよ。つまり、外部から摂取する必要があるアミノ酸は、その程度でもかまわない、つまり体内で合成できなくても生存にそれほど不利にならないレベルの重要さということだ。もし本当に重要なアミノ酸を外部からの摂取にたよらなくてはいけなくなったら、生存に不利になる。」

すこし興奮してとうとうと語る僕を面白そうに見ながら、友人はまた液体を手に取ってなめている。なんでそんなことを、というのは最初に質問したのだけど、やはり不思議だ。

「まあ外部からの摂取しやすさにもよるのだろうけどね。たとえばネコという動物は体内でビタミンCを合成できるけど、人間はできない。これはネコは食物によってビタミンCを得にくいが、人間はそうでもないからという可能性がある。普段の食物に含まれてる成分ならば、たとえ体内で合成できなくても生存に不利にはならない。

さて、必須アミノ酸の話だけど、たとえばネコや人間とは全く別に進化した生命なら、アミノ酸の種類が違っている可能性も高い。」

「ああ、光学異性体だっけ。」

「それもあるけど、もっと単純にアミノ酸の種類のことだ。まあアミノ酸と言った場合には、地球の生命に関連している20種類だかの物だけを言う狭い定義もあるか。でもキノコに含まれてる毒がアミノ酸の一種だったりもするし、化粧品などにもアミノ酸が使われているのだが、これはもっと広い範囲のアミノ酸だ。そして、別の星で誕生した生命なら、地球の生命とは別種のアミノ酸で構成されているかもしれない。」

「なるほど。そういえばちょっと前に読んだSFで、中世の地球にやってきた異星人が地球の食物は食べられるのだけど、彼らに必要なアミノ酸の一つが地球の食物には含まれていないから衰弱していくというのがあったよ。ああっ!」

僕は突然のひらめきに思わず声をあげた。そして銘柄まで指定されて僕が買ってきて、先ほど彼に渡した物を見つめた。僕が普段使わないような高級商品には、弱酸性などのうたい文句が書いてあった。


自称宇宙人の友人は、また手のひらをなめてから、

「もうわかったみたいだけど一応答えておくと、さっき質問された『何でこんなものをなめるのか』に対する回答は、僕に必要な必須アミノ酸を摂取するためだね。」

そう言うと、またシャンプーのボトルから中身を手のひらに出した。



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