第2話 霊妖神社事件簿
「ありがとうございましたぁ」
チロリロリロン――――――
気の抜けた女性バイトの声とコンビニの入店音と共に外に出た。月明かりが綺麗な夜だった。室外の気温に慣れてないせいか、少し肌寒い。向かい風に伸びた前髪が少し靡いた。
今日はストレスが溜まっていたから爆買いしてしまった。ツナマヨおにぎり、骨付きチキン、ボロネーゼパスタ、ハンバーガーにガーリックポテト。ちょっと買いすぎたかもしれない。
「胃もたれ確定だな、これは」
一日何も食べてないとはいえ、深夜にこれを食すのは中々キツイだろう。
「はぁ~あ、だるいな~、マジで」
俺はもう陰鬱な日々に疲れてきた。何をするのもしんどくて、両親以外の人と会って話すのも億劫になってきた。
「何のために生きてるんだろうな、俺は。神様がいるとするのならば、一体どんな役目を授けて貰ったんだろうか」
囚われた空虚に思考が奪われつつあった。こうして物思いに耽っていると、足裏に違和感を感じた。
「ん……、何だこれ?」
俺は何か変なものを踏んづけたことに気付いた。足をどけてみると、歪な形をした石が目に入った。濃い紺色か、紫色か、辺りが暗すぎてよく分からない。俺は石を拾って月明かりに照らしてみた。半透明の石を通して、紫色の月光が目の奥に差し込んできた。
「綺麗だな。売ったら高く売れそうな感じもするけど……」
そりゃないかと思い、石を放り投げようとした時だった。
「キャアアアアアアーーーッアアアッ!」
どこからか若い女性らしき人の悲鳴が聞こえた。
「えっ、何?
今の」
俺は突然の出来事に足が止まった。空耳とか聞き間違えとかでないことは確かだ。
はっきりと聞こえた。それもどこか恐怖を帯びた声の震えが演技ではなく、真実であることを強く訴えかけている。
「事件か……?
事故か……?」
方角からして近所の霊妖神社から聞こえた気がした。しかし、生きてる内にこういった事態に遭遇するとは思わなかった。妙な緊張が走った。
「こういう場合ってどうすればいいんだ!?」
十秒くらい考えて閃いた。
「そうか、警察だ。百十番だ!
何か事件性があるものかもしれないし、何でもいいから情報を提供しなければ!」
俺はズボンのポケットに手を突っ込んで気付いた!
「あっ、俺スマホ没収されてるんだった!
何だよこんな大事な時に」
俺は数秒間考え込んだ。悲鳴が聞こえてきた霊妖神社に様子を見に行くか否かを。
「ううっ……、大体事件であるとは限らないんだし、俺が行ったところで何かしらの犯罪に巻き込まれるかもしれない」
俺は逃げたい理由を探した。
「それに素人の俺が行ったところでどうなるってんだ。赤の他人が首を突っ込むことではないのかもな。ここは他の誰かが通報してくれることを願って、無視するのもアリだな」
俺は関わるのはやめようと足早に神社から立ち去ろうとした。しかし、もう一つの考えが脳裏を過った。
「いや、でも気になる。ていうか、無視して誰か死んだなら、それはそれで罪悪感が否めない。ここはリスク覚悟でも行くべきか……」
「アーーーーーッ、アッ、あがっ、だっ……だれがぁあ!
だっ、ずげでぇ!!」
迷っていると、また女性の悲鳴が聞こえてきた。さっきより一層緊迫感が伝わってきた。女性はもう猶予がなさそうな気がした。俺は身の毛のよだつ恐怖を感じた。
「ヤバい!
これはガチでマズイやつだ!
どうする、俺」
俺はどうするべきなのだろうか。
「逃げるか、助けるか。クソッ……、時間がねぇっつうのに!」
「どうする、どうすればっ!」
――――現状から逃げる奴はクソや!
ふと、お父さんの言葉が頭の中で反芻する。その言葉が俺の体を突き動かした。無意識に俺の身体は地面を蹴って勢い良く走り出していた。気付いたら、神社の鳥居の下まで来てしまっていた。
「クソッ、仕方ねぇ。一回行ってみてヤバかったら横の茂みに隠れるか」
幸い霊妖神社は鳥居をくぐって石段を百段登った高台の上に位置している。その周りは急斜面になっていて辺り一帯竹や茂みで覆われている。住宅街にある唯一の自然という訳だ。
「リスクは高いが、逃げきれる可能性もなきにしもあらず……か。何事もないのが一番いいに決まってるけどな。よし、行くか」
ようやく覚悟を決めた俺は石段を駆け上がる。しかし、運動不足が災いして五十段過ぎた所から息があがって、足が重くなってきたが、根性で駆け上がる。
「クソッ、陸上部の時は階段ダッシュなんか毎日やってたろ。これしき……、どうとでも……」
思いは届かず。結局八十段くらいから手すりを掴みながら一歩一歩頂上を目指すことにした。
「ハァ~ッ……、待って……、て……、ゼェ、ゼェ、てくだ……、ゼェ、今……、ハァ、ゼェ」
もはや過呼吸になりながら俺は頂上に辿り着いた。ぼやける視界を頼りに辺りを見渡す。霊妖神社は小さな祠と賽銭箱しかないこじんまりとした神社だ。人がいたらすぐにわか……。
「うわああああああああああああああっ!」
俺は尻餅をついた。
眼前には――――――――――――――
首無しの遺体が転がっていた。
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