邂逅相遇編

第1話 陰キャの半生

「はぁっ……、はぁっ……」




 今になって思う。俺は自惚れていた。



 人は自分の生に意味を持たせる。人生とは選択の連続で、それを実りあるものにするために人は毎日選択と排除を行う。




「どっ……、どうしてだよ……!」




 しかし、その選択がいつも自分を正しい方向に導くとは限らない。むしろ、一歩踏み外せばそこは深淵より深い闇なのだ。




「来るな……、やめろ……、こっちに来るな!」




 どうしてこうなってしまったのだろうか。前世で俺は何か過ちを犯したのだろうか。その答えを知ることは未来永劫できない。




 なぜなら――――――――――――、























 俺は今から死に絶えるのだから。








 ――――――――――一日前








「いけっ、そこだっ!


 チッ、味方使えねーなぁ!」


 俺こと須藤章正すどうあきまさはコントローラーのスティックをイライラしながら弾いていた。なにしろ、現在社会現象を起こしているfps系ゲーム「GunnerガンナーKillingキリング」の上位ランクマッチの最中なのだ。負けたら終わりの一発勝負、冷静じゃいられなくなるのも致し方ないと思う。ここまで来るのにかなり苦労した。


 しかし、何だろう。手に汗握る戦いなはずなのに、この脱力感は。何だか、寂しくて虚しい。平日の昼間からゲームをしているからだろうか。


 それもそうか……、入学したばかりの高校を不登校になって真っ昼間から引きこもりニート同然の生活をしている俺だ。そんな訳で俺に友達なんかいないし、家族からも邪険に扱われている。空虚な気持ちになるのも仕方ないと思……。


「あっ……」


 たった一瞬、画面から目を離した瞬間だった。


『You Died』


 何百、何千回も見た画面だろうか。一瞬の出来事に、俺は現実を受け入れられなかった。それと同時に行き場のない怒りが腹の底から沸いてきた。

 

「ハァーーッ、もぉ……、またかよぉ!」

 

 ランクマッチで負け続けること、早二週間。正直言って俺の精神は崩壊しかけていた。

 

「あーーー、うざってぇな!


 クソガァ!!」


 あまりのイライラに耐えられなかった俺は、奇声を発しながら、コントローラを部屋の壁に思いっきり投げつけた。

 

 バァン!


 コントローラが壁に激突し、中身の部品が勢いよく弾けた。部品は床に散乱する衣服や雑誌、ペットボトル、カップ麺の空箱に紛れてどこに落ちたかもう分からなくなった。コントローラが大破するのと同時に俺専用のゲーミングパソコンの画面に、「通信エラーが発生しました。保存されてないデータは削除されます!」


 と表示された。


 まだまだ怒りの収まらない俺は続けてキーボードやマウスも壁に投げつけた。もちろん奇声のアンハッピーセット付き。


「クソッ、クソッ、このぉ……、クソゲーがぁっ!」


「「章正、五月蝿いッ!!


 なにやっとんや!」」


 俺が力の限り暴れていると、一階から両親の怒号が響いた。その声を聞いた瞬間、俺はピタリと動きが止まった。


 しまった!


 今日はお父さんもお母さんも仕事休みで家にいるんだった。ここ三週間ろくに部屋から出てなかったから、すっかり忘れてた。


 ドン、ドン、ドンドン


 二人が勢いよく階段を上ってくる音が聞こえる。


 ああ、冷静に考えたらこれ壊したのかなりヤバいよなぁ……、高校受験の合格祝いで買ってもらったばっかなのに。言い逃れは……できないか。


 俺はこれから起きること全てを悟った。

 

 ガタァン!


 俺がコントローラを投げつけたのと同じくらい、勢いよく部屋の扉が開いた。目の前には怒りを露にする両親がいた。


「章正、さっきの何の音じゃ!


 それになんや、これ。この前買ったばっかのコントローラやないか。お前壊したんかぁッ!」


「あんた頭おかしいんか!


 こんな真っ昼間から大声出して……。ご近所さんに丸聞こえや。十五歳にもなって、恥ずかしい……」


 開口一番、俺に対する罵詈雑言が飛んできた。


 なんだよ、くそ。ちょっと負けてイライラしただけじゃないか。俺だって頑張ってるのに、勝たせてくれないアイツらが悪いんじゃないか!


「毎日、毎日学校にも行かんとゲームばっかりして!


 せっかく頑張ってええとこ入れたのに五月からズル休みばっかして!


 父さんも最初は気ぃ遣っとったけど、もう我慢の限界や!


 学費も安くないんやぞ!」


「それにあんた見な、この部屋!


 くちゃくちゃ!


 引きこもりニートみたいな部屋やんか!


 情けない……。家におる間くらい片付けしなさいよ!


 だらしない性格、全然直らへんなぁ!」


 お父さん、お母さん、三重から東京の霊妖町引っ越してきて十年経つのに怒った時、関西弁になる癖抜けないんだよな……。


 てか、今そんなことはどーでもいいんだよ。俺が黙ってるからって、好き勝手言いやがって。ズル休みじゃねーよ。俺の何が分かるっていうんだよ。もう中学の時みたいになりたくねーんだよ。


 あと部屋なんか片付ける気になんかならねーよ。片付け頭使うからやるの面倒くせーよ!


「大体なぁ、そんなんでいいと思っとるなよ章正。社会出て、結婚して、家庭養うんやったら若い学生の時に一生懸命勉強していい大学行くもんやろ。ゲームなんか何時でもできるやろ。今することとちゃう!」


「あと、あんたさっきからずっとなんや!


 下唇噛んで情けない顔して!


 言いたいことあるんやったらはっきり言いなさい!


 黙っとって分かって貰えると思ってはいけません!」


 うるせぇ、うるせぇよ!


 どうせ俺の意見言ったところで否定してくるくせに、よく言うよ。大体俺が何かまた言ったらまたヒートアップして説教の時間が長くなるじゃないか!


 黙っといた方が得だろ。こんなもん。

 

 その後、両親の叱責は六時間も続いた。やれ「一日だけでも学校行け」だの、「部屋掃除しろ、暇なら家事手伝え」だの、「ゲームやりすぎ。もうスマホもパソコンも全部没収!」


 だの、まあ、とにかく色々言われた。


 その間、何度もお母さんに「何か言うてみ!」


 と言われたが、俺は黙秘権を行使し続けた。俺がそんな態度を取り続けるものだから、最終的に向こうが折れて説教が終わった。しかし、お父さんから去り際に、「現状から逃げ続ける奴はクソや!」


 と捨て台詞を吐かれた。どうでもいい叱責だったが、それは妙に心に刺さった。


 なんなんだよ、もう……、放っといてくれよ。ちょっとイライラしたぐらいで……、何でこんなに言われなきゃならないんだよ。


 その日、俺は見事に夕食を抜かれ、ゲーム、パソコン、スマホは全て没収された。




 ――――そこまで思い出したところで、俺の意識は現在いまに戻ってきた。




「考えてみたら、俺の人生何もいいことねーじゃん。小学校で参加した人権フォーラムで俺が意見言ったら、同級生に論破されて皆に笑われて。小学校で習ってたサッカーで俺がゴールキーパーになった時相手チームから点取られまくって、勝てるはずの試合勝てなくて皆から責められたり、その後サッカーやめたけど、『コイツ下手くそ!


 コイツのせいで負けた!』


 と言いふらされ、悔しくて泣きながら家に帰ったり……」


 嫌な過去のむくろから逃れるように、俺はベッドから身体を起こした。


「同級生の女子に『キモチ悪い、臭い』って言われて陽キャに消臭剤かけられたり、中学で自分を変えようと一番苦手だった陸上部に入ったのに、一番遅くて、大会でも最下位で、コーチに嫌味言われて。先輩にも後輩にも悪口たくさん言われて。挙げ句の果てには一番嫌いな先輩にスパイクで頭蹴られたり、仲悪い同級生とつるんで一緒にいじめてきたり、部活やめた後も仲悪い同級生からありもしないこと言いふらされて、クラスの皆から避けられてたなぁ」


 嫌いな先輩に蹴られた部分を少し撫でた。痛みはない。しかし、スパイクのピンが頭に刺さってる気がして怖くなった。


「そいつと同じ高校に行きたくない一心で、地元じゃ有名な進学校入れたけど、勉強にはついていけないし、小学校や中学校の思い出がフラッシュバックして皆と仲良く出来ないし、何よりもう、あんな思いをするのは嫌だ。両親に言っても、『お前が悪い』だの『甘えや』だの怒られるし、昔仲良かった友達とも進学を機に疎遠になったし、ああ、人生どん底だ。何もいいことなんてないよ!」


 焦燥しきった脳裏にこんな考えが過った。


「あれ、俺生きてる意味ないんじゃね?」


 その問いかけには誰も答えない。代わりに無気力なお腹の音が部屋一面に鳴り響いた。


「あ~、もう腹減って限界だし何か買いに行くか」


 嫌な出来事を払拭するかのように、俺は近所のコンビニに出掛けた。

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