第9話 エンゲvsカリバ

 エンゲとカリバの戦闘は静かに始まった。二人は一定の距離を保ちながら、牽制しあっている。お互い、相手の出方を探り合っているみたいだ。俺みたいな戦闘の素人には分からないような、高度な駆け引きを行っているのだろう。


 細川の方を見てみると、一切表情は変わっていない。まるで快楽殺人鬼のような、気色の悪い笑みを浮かべていた。一体頭の中では何を考えているのだろうか。疑問は募るばかりだ。


 エンゲとカリバは変わらず、睨み合いを続けている。どちらが先に動くのか、気になってしょうがなかった。無限にも思える長い攻防の最中、先に動いたのはカリバだった。一瞬にして、エンゲとの距離を詰める。


「速ッ!」


 思わず声が出た。目にも止まらぬスピードだ。いつ移動したのか俺には分からなかった。武器の大鎌を振り回し、その切っ先がエンゲに迫る。


 しかし、エンゲはいとも簡単に攻撃を回避した。攻撃の軌道を完璧に読み取っているようだ。そして二人はまた距離をとった。


「ほう、今のカリバの攻撃を躱しますか……スチャッ」


 細川は感心したように言った。


「こういう系統の奴らは大振りの攻撃をしがちだ。ある程度見てからでも避けれる」


 エンゲはそんなに難しいことではないとアピールするかのように言い放った。俺には全く理解できない事だが、とにかく凄い技術だと思った。


「今度はこっちから行くぜ!」


 エンゲは両手にエネルギーを込めた。それが紫電となって両手から放出される。あれがいわゆる妖気というものだろうか。まるで、ゲームの世界のような出来事が目の前で繰り広げられている。その光景に俺は息を飲むしかなかった。

 エンゲは深く腰を落とし、蟷螂拳の構えを取る。


 そして、


鬼牙抜閃きがばっせん!」


 その言葉が発せられた瞬間、一筋の雷光がカリバの横を通り過ぎた。気付けば、エンゲはカリバのはるか後方にいた。


「はっ……、速すぎる!」


 エンゲはカリバをも上回る圧倒的スピードを披露したのだ。


「ほう……スチャッ」


 これには細川も一瞬顔が強張った。次の瞬間、カリバの大鎌が微塵切りになった。ボロボロと崩れ、灰のように地面に落ちていく。そしてカリバ自身も攻撃の余波をくらって、全身に切り傷ができた。


「グルギュアアアアアアアアア……、イテェナ……、ユルサン……キサマ!!」


 攻撃を喰らったカリバは激昂した。スカルフェイス越しだが、その苛立ちがよく伝わってくる。


「カリバ、何をしている!


 とっとと、その雑魚共を倒せ!


 こんな奴に敗けてんじゃねーよ!」


 細川が怒りを露にした。先程の丁寧な口調とは打って変わって、荒々しいチンピラみたいな言動だ。これが、彼の本性なのだろうか。


「ワカッテル、イマヤルカラダマッテロ!」


 カリバはさらに妖気を全身から放出した。それは段々膨れ上がっていき、神社全体を包み込んだ。俺はその妖気を感じて震えた。心臓を直接鷲掴みにされてる感覚だ。一歩でも動いたら命はないと思わせられるような恐怖感が一帯を支配していた。こんなものは、さっきの妖魔軍団すらも不可能な芸当だ。


「ドウダ、コレガオレノホンキダ。キョウフシ、アガメタテマツレ……」


 カリバは勝ち誇ったように言う。しかし、エンゲは意に介しないどころか、


「フン、それがお前の本気だと!?


 だとしたら底は知れている」


 とカリバを挑発した。


「ヘラズグチハ、ホドホドニシロ!」


 そう言ってカリバは妖気を具現化させ、先程よりも大きな鎌を錬成した。サイズ的には六メートル程ありそうだ。


「でっ……、でかすぎんだろ!」


 そう、カリバの図体に似合わない大きな鎌だ。こんなの、逆に隙だらけのようにも見えるが……。


「チッ、面倒くせぇことしやがって!」


 エンゲは攻め込まず、様子を伺っている。エンゲのスピードならカリバの懐に入ることくらい訳ないだろう。しかし、それをしないということはよっぽどあの大鎌を警戒しているのだろう。一体どんな機能があるのだろうか。


「イクゾ、ヤイバノアラシダ。キサマハシノゲルカナ?」


 カリバは大鎌を両手で持って振り回した。ハンマー投げの要領で遠心力を生かしてブンブン鎌を回す。回転は速度を増し続ける。次の瞬間、鎌から無数の斬撃が放たれた。まるで鎌鼬のようだ。


「下がってろ!


 章正!」


 エンゲが俺に向かって大声を出した。エンゲの言葉で正気に戻った俺は慌てて近くの岩に身を隠す。身体を丸め体勢を低くして衝撃に備えた。


 次の瞬間、斬撃の嵐が神社中を襲った。地面を裂き、竹を一刀両断し、祠や賽銭箱まで容赦なく切り裂いた。俺が隠れている岩も斬撃の餌食に合い、鈍い音を響かせながら抉れている。


 そんな中エンゲは斬撃を全部弾いていた。逆に言えば弾くだけで精一杯だった。一撃でも喰らえば、斬撃嵐ざんげきあらしの餌食になる。そんな緊張感の中でエンゲは流麗な動きを崩していなかった。しかし、時間が経てば経つほどエンゲは苦虫を噛み潰したように顔を歪ませた。まだ一太刀も喰らってない筈なのになぜ……。


「フフフ、貴方してないようですねぇ……スチャ。今のままじゃ、無駄に妖気を失うばかりだ。そのままでは数分後に死にますよ……スチャ」


 契約?


 一体細川は何を言ってるんだ。それにエンゲが数分後に死ぬってどういう意味だ?


 妖気が尽きるって……、一体どういう……?


「うるせぇな。こんな所で死ぬ気はねぇんだわ」


 俺の不安を払拭するかのように、エンゲは大声を出した。その声を聞いて、感じた。エンゲは諦めてない。いや、確実に何かを狙っている。俺にはそれが分かる。なぜかは分からないけど、不思議と感じるのだ。


「グギャアハハハハ!


 ドウシタァ!


 テモアシモデナイカ!」


 カリバは高らかに声を上げながら鎌を振り回す。斬撃の威力とキレが増し、エンゲはジリ貧かに見えた。そんな時だった。


「今だ、鬼牙抜閃掌きがばっせんしょう!」


 威勢のいいエンゲの声が辺り一面に響き渡り、次の瞬間、エンゲの指先から発せられた細い一筋の雷光がカリバの胸を貫いていた。


「グガアアア!」


 カリバは耐えられず、地面に倒れ伏した。攻撃の隙間を縫って放たれた一撃にカリバは反応できなかった。


「貴様ァ!


 何をした」


 細川が激昂する。当然だ。先程まで優勢だった自分達が今や劣勢と言うに相応しい状況下におかれたからだ。


「簡単なことさ。コイツの斬撃嵐は確かに強力だが、たった一瞬。斬撃を放つ瞬間右脇腹ががら空きになる。そこを狙ったまでだ」


 やはりエンゲは狙っていた。カリバの一瞬の気の緩みを。虎視眈々と、狩人の目付きをしながら。


「しかし、お前も大したもんだ。斬撃嵐は良くできた技だ。俺の掌底ではそいつを打ち消すのに威力が足りず、抜閃では急所の狙いが定まらなかった。だから俺は組み合わせた。コイツらをなぁ!」


 天才だ。土壇場で新たな技を生み出す余裕があるとは恐れ多い。それだけで歴戦の猛者と呼ぶに相応しい状況判断能力と適応力を彼は持ち合わせている。


「フッ……、フフフフフフ、技の組み合わせですか……スチャ。基本的な事ですが、失念してましたねぇ……スチャ」


 細川は笑うしかなかった。しかし、彼にとって学びの機会が与えられたということはそう悪いことではない。残念な点を一つ上げるとするなら、今後その学びを生かす機会は未来永劫訪れないということだ。


「クソォォ、コレシキデェ、カッタツモリカァァ!」


 カリバは負傷した胸を左手で押さえながら大鎌を右手で振り上げる。しかし当初のキレや威力は失われ、スピードも大幅に減退していた。心なしかカリバの威勢は拭えない虚勢を覆い隠しているかのように見えた。精彩を欠いた攻撃がエンゲに当たる筈もない。


「怒りで攻撃が直線的になってんぞ。そんなもん当たるかよオラァ!」


 エンゲの拳がカリバの顔面にめり込んだ。


「グルギャアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーー!」


 カリバが痛みに悶えながら、その場に倒れる。


「カリバーーーーーーーーーーーーーー!」


 細川がカリバ目掛けて駆け始める。しかし、


「てめえもうるせぇんだよ!」


「しまった!」


 エンゲに胸ぐらを掴まれ、そして、


鬼牙掌底きがしょうてい!」


 最大級の衝撃波を細川はモロに浴びた。


「グハッ」


 生身の人間が喰らうにはあまりに大きい攻撃であった。細川は歯を剥き出しにしながら吹っ飛び神社の斜面を転がり落ちていった。


「すげぇ……、見たことない強さだ」


 俺は感動していた。まるでアニメでしか見たことがない世界に自分という人間がいた。この状況に巡り会えたのは何という幸運だろうか。


「章正、ケガはねぇか?」


 エンゲは優しく俺に問いかけてくれた。


「あ、はい。何とか」


「ならよかった、しかし……力を使いすぎてしまった……、ちょっと休憩して……」


 エンゲは疲労困憊と言いたげにその場に座り込もうとした。しかし、


「今ですカリバ!


 奴の魂を切り裂けぇぇぇぇぇ!」


 突然ドスの効いた大声が辺り一面に響いた。俺とエンゲは警戒し、辺りを見回した。すると、さっきまでその場に転がっていたはずのカリバの姿がなかった。


「グルギャアア!」


 どこからか、カリバの雄叫びがこだまする。どこから来るのか分からず、俺は神社中を見回した。すると、上空に気配を感じた。慌てて上を見ると、鎌を振り上げて俺に迫ってくるカリバの姿があった。


「え、俺!?」


 エンゲではなく、俺を狙う意味が分からず、フリーズした。そして、カリバの大鎌が俺の喉笛を切り裂こうとした時だった。


「伏せろ、章正!」


 エンゲがとっさに俺に覆い被さった。俺は目を閉じる。ザクッと鈍い音が周囲に響き渡る。何が起きたかは想像し易い。しかし、受け入れたくなかった。恐る恐る目を開けた先に待っていたのは、胸を袈裟斬りのような形で裂かれ、鮮血の飛沫を上げるエンゲの姿だった。

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