第12話 アディス・トロフィ

「すっ……、すげぇ……!」


 俺は魅せられていた。


 門叶螢とかないけいと名乗った少年に。


 自分やエンゲが命の危機に晒されていることを忘れてしまうくらい。


 彼が戦っている姿は強烈なインプレッションを与えた。


「あっ……、章正……、奴は……誰……だ?」


 エンゲは掠れた声で尋ねた。


「それが……、僕にも分からないんです。でも彼は……」


「ああ……、奴は……、凄ま……、じ……、い人間だ……、な」


 どうやら、俺とエンゲが思っていることは同じらしい。


「はい、僕もあんなに強い人、今まで見たことありません」


「それに……、奴は面白い……、だ。もし……、―――ならば……、俺と……、ゲホッ」


 会話の途中で、エンゲは血反吐を吐いて咳き込んだ。俺は慌ててエンゲの背中をさする。


「大丈夫ですか!? エンゲさん!」


「おっ……、おう……、なんと……か!」


 俺の問い掛けにエンゲは反応した。どうやら意識はまだはっきりしているらしい。でも、徐々に力が抜けていっているのを感じる。猶予はあまり残されてなさそうだ。


「ああ……、悪い……、喋り過ぎたようだ。情けないが、今はアイツが勝つことを祈ろう」


「そうしましょう……」


 俺達は再び戦局に目をやった。




 ◆◇◆◇◆




 螢とカリバは一進一退の攻防を続けていた。


 攻撃の度に螢の手足からはだらだらと血が流れ、カリバの肉体はどんどんひび割れていった。


 戦況は膠着しているが、勝負の時は近い。細川はそう考えていた。


 なぜなら、彼の保持する妖気量は自分より少ない筈だから。


 実際、細川の見立ては間違っていない。螢のように妖気を纏い生身で戦う者と妖鬼と協力して共に戦う者とでは後者の方が妖気の総量は多い。


 妖気は戦闘において消費され、実力が拮抗している者だと、妖気が減少するペースはほぼ同じだ。


 そうなれば必然的に妖気量において軍配が上がるのは細川の方で、先に妖気が尽きるのは螢の方だ。ちなみに継戦の影響を差し引いても、細川とカリバの方が螢より多くの妖気量を保持している。


 妖気は妖鬼にとって生きる糧であり、なくてはならないものだ。それが尽きたら当然死ぬ。一方、人間は妖気が尽きても死ぬことはないが、しばらくの間力が抜け、全ての身体的パフォーマンスが大幅に低下する。いずれにせよ、戦いにおいてそれは死に直結するだろう。


 だから戦闘の際、人間も妖鬼も自身の妖気量が尽きないよう常に気にかけている。


 だが、今の螢は熱くなっていた。負傷を恐れず、防御を固めたカリバを突破しようと強引な攻撃ばかりしている。恐らく自分の残存妖気量のことなど気にもとめてないだろうと細川は感じた。


 だから彼は待った。


 のを。


 そのタイミングを見計らって、動けなくなった螢の首を落とそうと画策した。


 戦闘が続く中、両者の妖気は刻々と減少した。


 ダメージが蓄積し、互いにボロボロになってかたが、螢は一向に攻撃の手を緩めようとはしなかった。そして、その時が訪れた。


 ボンッ!


 何かが爆ぜる音がした。


 螢が煙に包まれ、体から蒸気のようなものが抜けていった。


「チッ!」


 螢は舌打ちした。


 その様子を見て細川は勝利を確信したかのように笑みを浮かべた。


「妖気が尽きましたか……、馬鹿め。私はこれを狙っていました。さあ……」


 力が抜けて、片膝を付いた螢にカリバは死神の鎌を首に添えた。


「チェックメイトです!」


 螢はゆっくりと顔を上げ、カリバの顔を睨んだ。怨嗟に満ちた形相だ。その顔を見て細川は興奮した。


「往生際の悪い奴だ、まあいいでしょう。どうせ今から死ぬのですから……」


 細川はスタスタと神社内を闊歩した。時折螢に目をやり、ニヤニヤする。


「どうかな……、勝負は最後まで分からないぜ」


 螢は自信満々に言う。


「いいえ、私の勝ちです。負け惜しみなんてダサいですよ、漢が廃る。さて……」


 細川がカリバに殺せと指示を出そうとしたその時───────


「今だ! やれッッッッ!」


 螢が大声を張り上げた。


 その瞬間、2つの影が神社内に現れた。


「アディス・トロフィ、固有能力発動!」


 その内の一人がそう唱えると、


 ボムッッッッ!


 爆発音と共に不思議な事が起こった。


「はぁっ? 何だ? 俺とカリバの妖気が尽きた……。なぜだ!」


 細川とカリバの妖気が尽き、螢の妖気量が半分以上回復していた。状況が完全に逆転した。細川は何が起こったのか分からないという感じで新たに現れた二つの影の正体に目をやった。


 そこには、野球帽を被った金髪頭の少年と二足歩行の蜥蜴の姿をした忍者みたいな服装をした妖鬼が佇んでいた。


「やったぜ、公麿。ナイスタイミング!」


「螢、今回はかなり危なかったですよ。私も助けに入ろうかギリギリまで悩みました」


 公麿は冷や汗を垂らしながら言った。


「いいや、俺はスリルを味わいたいんだ。戦いっつーんはそうでなきゃ面白くないだろ!」


「やれやれ、呆れました。後で礼子さんに報告するとしましょう」


「えっ……、待って! それだけはやめて!」


 やいやい言い合う二人組に細川は感情を昂らせながら問うた。


「まさか……、お前ら……、私を謀ったのか!? このであるこの私を!?」


 それを聞いた螢は意気揚々と答える。


「そうだ。まっ、やったのは俺じゃなくコイツの妖鬼だけど」


 螢が指差す蜥蜴の妖鬼をギロっと睨み、声を張り上げた。


「貴様アアアッ! 何をした!」


「拙者の名はアディス・トロフィ。その能力は任意の相手と自分、もしくは効果範囲内にいる任意の相手と相手の残存妖気量ざんぞんようきりょうを入れ換える。これはどちらかの妖気量が枯渇していた場合においても発動することができる!」


 アディス・トロフィは淡々と自己紹介した。


「何だよ……、それ……。そんな能力認められる訳ないだろうがぁぁぁぁ!」


 細川は納得できないと言わんばかりに顔を歪ませた。しかし、それは負け犬の遠吠えでしかなかった。


「ゴチャゴチャうるせぇ。ケリ着けるぞ」


 妖気を取り戻した螢は再び拳に妖気を凝縮させた。


「ひいっ!」


 細川とカリバは後退りするが、どこにも逃げ場はない。頼みのカリバは戦闘不能、細川自身も妖気が枯渇してフラフラとしていた。そんな二人を許すまいと螢の鉄拳が炸裂する。


「オラよっと!」


 煌々と煌めく妖気の光がカリバと細川を一直線に貫いた。


「グヘブフグギャァ!」


「キシャアアアアアアアアアアアッッッッ!」


 螢の拳が衝突し、カリバの腹ににめり込んだ。拳の衝撃は貫通して、細川にまで及んだ。神社内に衝撃波と突風が発生し、二人は苦痛で顔を歪ませながら、ぶっ飛んだ。


 砂埃を巻き起こしながら地面を転がり、そのままピクリとも動けなくたった。螢の完全勝利だ。螢と公麿、アディス・トロフィは軽くハイタッチを交わし、しばらく勝利の余韻に浸った。


「さて……、怪しそうだしお前を取っ捕まえて礼子さんに報告するか!」


 螢が細川達を縛り上げようとした時だった。


 突然、細川とカリバの真下に紺色の渦巻きができた。渦巻きは回転を始め、細川達はみるみるうちに沈んでいく。


「何だ!?」


 螢と公麿が呆気に取られていると、細川が吐き捨てるように言う。


「こっ……、こんなこともあろうかと、脱出用のワープゲートを用意してきて正解でした。私達は一時撤退させていただきます!」


「待て! コノヤローー! オイッ!」


 螢と公麿は慌てて二人の元に駆ける。


「うるさい、ガキが!この屈辱いつか必ず晴らしてやる!その時まで首を洗って待っていろ!」


 恨み節を残して細川とカリバはワープゲートの中に吸い込まれて消えた。螢は二人を捕まえようと必死に手を伸ばしたが、すんでのところでゲートが閉じてしまった。


「うわっ、消えた。マジかよーーーー!」


 螢は落胆し、頭を抱えた。そんな螢に対し公麿は寄り添った態度をとる。


「逃げられたものは仕方ありません、取りあえずありのまま起こったことを話しましょう」


「クソーー、武功を上げるチャンスだったのによー!」


「武功って戦国時代じゃないんだから……」


 すると、螢が思い出したかのように切り出した。


「あっ、いけね。忘れてた。アイツら助けないと!」


「そうですね……!」


 二人は足早に章正とエンゲの元に駆け寄った。

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