第8話 襲撃者の来訪

「え!?


 嘘、俺死んでるんですか!?」


 ということは、今の自分は幽霊なのだろうか。そう考えると、焦りを隠せずにはいられなかった。


「気付いてなかったのか?」


 エンゲはぎょっとしていた。


「いやいや、確かに神社から出られないのはおかしいと思いましたけど、自分がもう死んでるなんて……」


 ――思わないじゃないですか……。


 そう言いかけて俺の目には涙が浮かんできた。それと同時に忘れていた記憶が全て蘇った。ああ、今全部思い出した。あの日俺は鯰の妖魔に首を食い千切られて絶命したんだ。何で今まで忘れていたんだろう。どうして、こんな目に合わなきゃいけないんだろう。淡い希望を捨てきれなかった俺は体全体を凝視し、全身の手触りを確認した。体は問題なく触れる。しかし、うっすらと体が透けていることが分かった。それを認識した俺は、もう耐えられなかった。


「あ……、ああ……、あ……」


 言葉が上手く出てこなかった。俺はもうこの世に存在していない。その事実がどれ程重いことだろうか。あとは、消えるのを……、待つだけなのか。いわゆる成仏とやらがどのタイミングで来るのかが分からない。もう、俺が自分の死に気付いてしまったから間もなくだろうか。


「嫌だ!


 嫌だ!


 そんなの絶対に嫌だ!」


 俺はエンゲが隣にいるのを忘れて咽び泣いた。いや、慟哭と言った方がいいだろうか。


「うわぁぁぁぁぁぁーーーーーッ!」


 俺は膝から崩れ落ちた。本当に悲しくて、悔しかった。確かに日常生活は不満だったけど、こんな結末はあんまりだ。俺は神様に見捨てられたのだろうか。俺は、この世界に不要な人間だったのだろうか。


「章正……」


 エンゲはどこか申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「すまない、俺がもうちょっとしっかりしていれば……、あと一日でも早く来てやっていれば良かったな……」


 エンゲは屈んで、俺を抱きしめた。


「……!」


 エンゲの意外な行動に、俺は驚いた。だが、それと同時に温かみも感じた。まるで、太陽の光が俺の中に入ってくるみたいに……。


「俺の妖気を分けてやった……、これで暫くは大丈夫な筈だ……」


 エンゲはにっこり笑って言った。


「え……?」


「いいか、章正。お前はいわゆる地縛霊みてぇな状態だ。だからこの神社の外に出られねぇんだ。すぐに成仏しちまうことはねぇと思うが、妖気さえ持ってればこの世から消えることはまずない……」


「そっ……、そうなん……です……か?」


 俺は心の底から安堵した。それと同時にエンゲに助けられたことへの感謝の気持ちが膨れ上がった。


「あくまでも応急措置だがな。しかし、参ったな。仲間探しの前にやることができた」


「それは……、一体……?」


「神宮寺礼子っつー女を探すんだ。まだ生きてるか分かんねぇし、伝承でしか聞いたことがねぇから俺もどんな奴かは知らんが、少なくとも八百年前から実在する人物だ。そいつはあらゆるを起こしてきたっつーし、何とかしてくれるかもしんねー」


 それを聞いた俺は仰天した。


「八百年前……、ですか?


 もうとっくに死んでるんじゃないですか?」


「いや、アイツは確か不老だったはず。カラクリは分かんねぇけどな。それに日本のどこかにはいる筈だ。シラミ潰しに行けばいつかは見つかるだろう……」


 日本にはそんなに凄い人がいるのかと感心した。それと同時にエンゲに助けられてばかりの自分に嫌気が刺し、罪悪感が募った。


「……そんな……、そこまでしていただかなくても……。そもそも自分神社から出られないですし、エンゲさんにも申し訳ないですし、こんな……、自分なんかのために……」


 本来エンゲは自分なんかに構っている暇はないと思う。なぜ、そこまで俺を、助けようとしてくれるのだろうか。エンゲはそんな俺の肩を押さえて言う。


「いいんだ、章正。お前は何も悪くない。気にするな」


 エンゲは続けて言う。


「それにしても、さっきの妖魔はどこかおかしかった……」


「え?」


「人為的に強くさせられている感じがした。普通あのクラスの妖魔はそこまで強くない筈なんだ。図体も妙に大きかった。おそらく、過激派の奴らが絡んでるかもしれない……」


 俺は妖魔を初めて見たから分からないけど、ない話ではないと感じた。


 だが……、


「本当なんでしょうか……?


 それ」


「まだ分からん。だが、可能性としては十分考えられる」


 それが本当なら、これからこの町でどんなことが起こるのだろうか。多くの人が死に、蠢く闇に飲み込まれるかもそれない。不安にならずにはいられなかった。


「そんな顔するなって!


 俺達が何とか食い止めてみせる。これ以上章正のような犠牲者を出さないようにな!」


 エンゲは俺の表情を察したのか、優しい言葉をかけてくれた。


「エンゲ……さん……!」


 俺が心の底から安心した時だった。


「何やら……、御伽噺おとぎばなしが聞こえてきましたねぇ」


 唐突に男の声がした。俺とエンゲは反射的に距離を取る。


 見ると、眼前に白衣を着た男が立っていた。長身だが細身で、ガリガリに痩せている。髪の毛は寝癖がひどく、目にはずれた眼鏡をかけているが、瞳は死んだ魚の目をしている。男は笑みを浮かべ、ずれた眼鏡を逐一直している。


「誰だ……お前は?」


 エンゲが警戒しながら尋ねる。


「私ですか……?


 私の名は細川鎖迄ほそかわさまで、偉大なる日本妖魔連合にほんようまれんごうの一員ですよ……スチャッ」


……?


 初めて聞いた名だ。まさか……過激派の手先か?」


 エンゲが問うと、細川は


「果て……?」


 と呟いた。


「過激派?


 何のことでしょうか。まあ、私が戦闘において過激な手段を取ることは間違ってはいません」


 細川は両手を広げる。そして急にテンションが上げ、のけ反りながら語りかけてきた。


「それはさておき、私は実験が大ぁ~いの趣味でしてねぇ……スチャッ。ほうほう、珍しいタイプの妖鬼に……、なんと幽霊!


 興味深い実験材料ですねぇ……スチャッ」


 俺はかなり恐怖を感じた。


「実験!?


 俺達をどうしようってんだ?」


 エンゲが怒りを滲ませながら聞いた。


「決まってるじゃないですかぁ~!


 人体実験ですよ。あ、でも危ないことはしませんよぉ……スチャッ。ちょ~っとばかし、四肢を切り裂いて、神経系を麻痺させてから、脳味噌をこね繰り回すだけですからぁ……。あ、必要とあらば電気ショックも……スチャッ」


 狂気的だ……。関わっちゃいけないタイプの人間だ。こういう奴は総じて言葉が通じない。


「イカれてやがる……。お前みたいな小物に構ってる暇はねぇんだ!


 ケガしたくなかったらどけ!」


 エンゲが両手を構えながら挑発した。それを聞いた細川は眉間に皺を寄せた。


「生意気な妖鬼ですねぇ……スチャ。私はいずれ日本妖魔連合の七天しちてんになる者。お前如き……、私の敵ではない!」


 急に大声を上げた細川は右腕を掲げる。


「私の本気を見せてやろう!


 来いっ、妖魔達!」


 すると、どこからともなく神社を覆い尽くすほどの妖魔が集まってきた。その数優に百は超えるだろう。大小様々、色々な生物の形を模していた。


「あああ……、嘘だ……、嘘だ……ろ……」


 俺は尻餅をついた。腰が抜けて立てなくなってしまった。


「章正、下がってろ!」


 エンゲが大声を出した。俺は慌てて匍匐前進ほふくぜんしんしながら後退した。妖魔達は暫くエンゲを睨んでいたが、痺れを切らして一斉に襲いかかってきた。


 しかし――――、


「数が多いだけで、大したことねぇな!」


 エンゲは強力な一撃を放つ。


鬼牙掌底きがしょうてい


 凄まじい衝撃波が妖魔達を襲う。


「ギャオオオオオオオオーーーーーーーッ!」


 妖魔達は一瞬にして消え去った。百体が全滅した。しかし、細川は表情一つ変えない。それが俺にとっては不気味だった。


「なるほど、妖魔では相手になりませんか……スチャッ。ですが……、貴方は何故か急いでますねぇ……スチャッ。時間をかけたらまずいことでもあるんでしょうかねぇ……スチャッ」


「……」


 エンゲは押し黙った。俺は細川とエンゲを交互に見る。まさか負けはしないよな。一物の不安が俺の身体を蝕む。


「おや、図星ですか。では、こちらから仕掛けさせていただきます」


 細川はポケットから白い札のようなものを取り出した。それを天に掲げ、叫ぶ。


召喚コールド――――カリバ!」


 その言葉と共に札が光る。あまりの眩しさに俺とエンゲは目をふさいだ。やがて、眩い光の中から一体の怪物が出てきた。


 そいつは、ただれたローブにスカルフェイス、手には大鎌を持っていた。俺はそいつに圧倒された。まるで、本物の死神みたいだ。


「クソッ、妖鬼か。厄介そうだな」


 エンゲは舌打ちする。しかし、すぐさま戦闘体勢に入る。細川が一転、低い声でカリバという死神みたいな妖鬼に命令する。


「さぁ、カリバよ。死なない程度に蹂躙じゅうりんしてください……スチャッ」

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