第3話 You Died

「あっ……、ああっ……、ひっ……、人が……、しっ……、死んで……る!?


 嘘だろ、嘘だろ、嘘だろ!」


 気が動転するのを必死に押さえ、死体から目を逸らした。あまりにも凄惨な状況に、声も出なかった。死体とかゲームで見慣れてる筈なのに、実際に目にするのとでは天と地ほどの差がある。


 よく見ると、俺の足元まで首から血が広範囲に吹き出し、流れていた。褐色の落ち葉を深紅に染め、竹林から差し込む月光がそれを妖しく照らしていた。俺はそんな状況に吐き気を催した。それと同時に女性を助けられなかったという罪悪感が重くのし掛かった。


「マジかマジか……、間に合わなかった……のか、俺は!」


 おそらくこの悔しさと衝撃は一生消えないだろう。この先生きていく中で何度も今の状況が鮮明に蘇るだろう。


 しかし、死亡事件が起こってしまったのは変え難い事実だ。今は最大限できることをやらなければいけない。そう思うことで、俺は幾らか冷静さを取り戻した。


 俺はまず最初に警察に通報することを考えた。


「とりまスマホがねぇな。親に没収されたから隠し場所は分からないし、連絡手段があるとすればここから五十メートルほど進んだとこにある公衆電話くらいか」


 俺はこれからの行動を考えた。こんなに頭を使うのは高校入試以来だろうか。


「でも通報ってやったことないからどうやってやればいいんだろ?


 何を言えばいい?


 発見場所、住所、死体の状態……とかか?」


 俺はちらっとそれに目を向けた。


「状態……は、新しいよな?


 だって、さっき俺が来るまでの間に死んだんだもんな」


 その時、俺はとある違和感に気付いた。


「ん?


 待てよ……。ついさっきまで、この人は生きてたよな。で、俺がここに来る前に死んだ……。俺が神社に来て、階段を登ってる間に死んだ……。ということは、犯人は……、はっ……、犯人は……!


 まだこの近くにいる!」


 じっくり考えてる場合ではなかった。犯人がまだ近くにいるかもしれないのにチンタラ行動していた自分に嫌気がさす。俺は冷静さを失い、また気が動転してきた。静寂に包まれた神社に心音が響き渡るくらい、俺は焦っていた。


 俺はキョロキョロと辺りを見渡した。人影は今のところない。気配も、不自然な物音も感じない。とはいえ油断は禁物だと思った。


「今のうちに安全な場所まで逃げよう。もしかしたら犯人にこの状況を見られてるかもしれないから念のため遠回りして帰ろう。自宅の場所が割れるのが一番怖い」


「あと、正直もう見たくないけど詳細を伝えるために、もう一度死体の状態を確認しておこう」


 俺は走り出す準備を整えた後、最後にもう一度死体に目を向けた。すると、俺はとある違和感に気付いた。首の断面がおかしい。包丁とか刀で斬られたような傷ではなく、猛獣に噛み付かれた跡のようにも見えるが……。


 その時、耳の奥を刺すような異音がどこからともなく聞こえてきた。俺の体は無意識に警戒し、後退りする。




 ――――ボコボコッ、ボコボコッッ、ボココッ




「えっ……、何この音!?」


 明らかに自然環境から聞こえてくる音ではない。まるで何かを沸かしてるような……。


「え!


 ちょっと待って怖い怖い!


 え!?


 どっ、どこから!?


 え!?


 待って、これどこから!?」




 ――――ボコボコッボコボコボコッボコボコボコッボコッッ




 俺の動揺をよそに、異音はけたたましく周囲にこだました。


「え!?


 マジで何!?


 何が起きてるの!?」


 俺は焦り過ぎて周りが何も見えていなかった。唯一認識できたのはこの異常な沸騰音。今思えば、この焦りが運命の分岐点だったのかもしれない。




 ボコボコボコボコボコボコボコボコボッボッボボボボボーーーーーッ!






 ボオーーーーーーオオン!







 巨大な破裂音がした。






「え」






 女性の死体が弾け飛んだ。まるで水風船を破裂させたみたいに。周囲に血飛沫と肉片が飛び散った。






「えええええええーっ!」






 俺は動けなかった。ただ、返り血を浴びることしかできなかった。眼前の恐怖におののく暇すらなく。視界の先には化け物がいた。体長八メートルは優に超える大きな鯰の化け物が。






 その鯰は誰がどう見ても異常だと感じるぐらい禍々しいオーラを纏っていた。人を十人くらい一気に飲み込めそうな大きな口。獲物を絶対に逃がすまいと煌々と光る鋭利な牙。電柱より太い極太の髭。緋色の目玉。頭の上には妖しく光輝く水色の火の玉が乗っていて……。全身は黒い靄で覆われていた。靄は煙のように流動的で常に体表を動き回っていた。






 鯰の化け物は大きく口を開けた。






「何っ……、だよ、これ!


 こんな……、の……、チート……」






 そう言いかけたところで、俺の体の感覚がおかしくなった。






「あれ?


 何だ?


 顔が浮いてるような……」






 ぼやける視界の先に映ったのは――――



































 俺の首と泣き別れして、淋しく血飛沫を上げる胴体だけだった。

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