其の弐

誠「山吹の立ちよそいたる山清水……」

雅近「汲みに行かめど道の知らなく――か。

   誠、この歌が好きなのかい?」

誠「いいえ、嫌いです。しかし……共感でき

  てしまうので、つい」

雅近「そっか……真白。この歌に出てくる山

   吹って花はね、君が今着ている装束の

   裏と同じ色をしているんだよ」

真白「あたし、やまぶき、すき!」

雅近「そうかいそうかい――山吹の立ちよそ

   いたる山清水汲みに行かめど道の知ら

   なく――この歌は、山吹が咲いている

   山の清水を汲みに行こうと思っても道

   がわからないのです――っていう意味

   なんだ」

真白「そのひと、まいご?」

雅近「……まあ。意味をそのままとって、身

   も蓋もない言い方をすれば、そういう

   ことになってしまうね」

誠「作者の高市皇子は、異母姉にあたる十市

  皇女が亡くなった時にこの歌を詠んだ。

  山吹の黄色と清水に黄泉の印象を託した

  らしい。できることなら生き返ってほし

  いという願いが込められているのだろう

  と思う。だから……」

真白「とうさま、だいじょぶ?」

誠「ああ……いや、すまない」

雅近「真白に心配されるなんて、誠もまだま

   だだね」

誠「未熟者で申し訳ございません」

雅近「いいや、嬉しいよ」

誠「え?」

雅近「……(にっこり)」

誠「……」

真白「やまぶき、みてみたい!」

雅近「この時期は、菫の花も綺麗だよ。――

   山吹の咲きたる野辺のつほすみれこの

   春の雨に盛りなりけり――高田女王が

   詠んだこの歌は、けっこうそのまんま

   の意味だね。山吹の黄色と菫の紫。色

   の対比が美しい歌でしょ」

誠「見に、行かれたいのですね?」

雅近「ああ」

誠「では、山吹と菫がともに咲いている野を

  見繕って参りますね。真白が一緒なら、

  雨の日の外出はまずいでしょうが」

雅近「ありがとう、誠。そうだね、晴れの日

   に行こう。三人ともめいっぱいに着

   飾って春を楽しもうじゃないか」

真白「わあい!」

誠「え……着飾って、とは。まさか、私もで

  ございますか」

雅近「もちろん、そうだとも。さっそく装束

   を見繕わないとね!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一樹の蔭〜放免の平安事件簿〜 村崎沙貴 @murasakisaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ