終章

 誠に、罪人の尋問の仕事が回ってきた。

 尋問における放免の役目とは、自白を強要するために罪人へ暴力を振るうことだ。

 かつて同じようなものを受けた身としては、やりたくない。

 以前は、必死に何も感じないよう努めながらも淡々とこなしていた。

 ただ、雅近の影響だろう。誠は今回から、罰を覚悟でこっそり手加減をしてやると決めていた。


 今日尋問する罪人を迎えに、手燭を掲げて獄舎を歩く。

 そしてその途中。

 けほけほ、と乾いた咳が聞こえ、足を止める。

 その牢を覗き込むと、十五を過ぎたあたりの少年がいた。親の連座で捕らえられた、あの商家の若君だ。

「おい」

 思わず声を掛けると、少年はびくりと体を震わせる。

「こちらへ来い。手を出せ」

 少年は怯え切った目で誠をちらりと見た。

 逆らっては酷い目に遭うと思ったのだろう。這うように緩慢な動きで二人を隔てる格子に近づいて、恐る恐る手を持ち上げる。

 誠が格子の隙間から自分の握り拳を差し入れると、殴られるとでも思ったのか、少年は縮こまった。それに気づかない振りをしつつ、誠は少年の手を取って、その上に雅近から貰ったものをのせてやる。

「これは……」

「丸薬だ」

「ですが、なぜ……」

「良いんだ。飲め」

 誠は水の入った竹筒も牢の中に置いてやった。少年は丸薬を大事そうに胸に抱きしめる。

「……ありがとう、ございます」

「名を、教えてくれるか?」

「……たえ。周りからは、そう呼ばれておりました。その者達は殆どが、捕らえられたか、どこぞへ夜逃げしてしまいましたが……」

 そこまで言って、はっと顔を上げる。

「逃げ延びた者は、お見逃しください! 苦しむのは、わたくし達だけで十分です! どうか、どうか御慈悲をっ………………!」

「大丈夫だ。今の話は誰にも言わない」

 妙は、ほっと息をついた。そして、再度咳き込む。

「…………可哀想に」

「え?」

「私も、連座などで罰を受ける者はいない方が良いと思っている。助けてやりたいが、立場上できないんだ。すまない」

「あなた様が気に病むようなことでは…………」

 そう返す妙の目が、熱に浮かされたように潤む。

 体調が本格的に悪化し始めたのかと誠は心配して、再び手を伸ばす。

「大丈夫です」

「そうか。なら良かった。――――――妙。苦しいだろうが、辛抱しろ。生きている限り、いつか救いがある」

 頭を撫でてやると、妙は頬を朱く染める。

 俯いたせいで、切り揃えられた前髪に妙の表情は隠れている。しかし、その死角で唇の端が少しだけ上がっていた。


❀ ✿ ❀ ✿ ❀ ✿


 誠はふらふらとよろめきながら、雅近の邸に帰り着く。

「お帰り……って、どうしたんだい!? 怪我してるじゃないか」

「少し、杖罰を受けまして」

「何があった!?」

 妙と会話しているのを、途中から見られていたらしい。あの後、罪人と馴れ合うなとお咎めを受け、杖で打たれたのだ。

 しかし、そのようなことは話さない。

「大丈夫ですから」

 それだけ言う。


 雅近は誠をいそいそと座敷に導き、手当してくれる。

 主従の枠を超えた奇妙な光景。

「とうさま、いたいの?」

 その中に真白も入ってきて、健気に手伝い始めた。

 これも、やがて日常になっていくのだろう。そんな些細なことが、誠にはたまらなく嬉しい。


 痣はじくじく痛むが、心は軽い。数年来の古傷が、ようやく一つ塞がった気がする。


 主従は、仮初め。親子に至っては、偽物。それでも、互いを想う気持ちだけは紛れもない本物だ。

「篤良様、頼安。私は、こんなに幸せで良いのでしょうか」

 心の中で、かつての主人と同僚に問いかける。応えはもちろん無いが、二人なら笑って頷いてくれるだろう。


 過去は変えられない。失ったものは戻らない。それでも、新たに大切なものを見つけ、それを守ることはできる。

 幸せは、取り戻すのではなく、新たに手に入れるものなのだ。


 生きていこう、これからも。

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