砕け散レ群青

 アタシの生まれたこの町には、青い海、青い空、青々とした木々が茂るいくつもの小島がある。

 島は、昔話や神話の類に出てくるくらい、沢山の数があって、まるで群れをなしているようだ。

 ぽつんと一つ離れた島を、その話から一里島と呼ぶようになったと、遊覧船か何かで言っていた。


 アタシの生きる場所は、そんなもの言わぬ環境でさえ、青が群れて広がっている。


 馴染めないから、なんだというのか。

 あいづちがなければ、相手が死ぬのか。

 話しかけなければ、怒っていることと同義なのか。

 制服に身を包み、校門をくぐり、席についている。その毎日の行動だけで、アタシがここに居ることを拒否していない……、どうして分からないのか。


 ヒソヒソと聞こえる雑音。

 視線が合うとピタリと止まる。さえずりのよう。

 せめて波音のように堂々と、常に一定であれば気にならないのに。

 誰しもの、皆に平等な音ならば。


「──思わず舌打ちする。予期せず大きく響いたその音に、青の群れがざわつき、変わらないはずの教室がアタシを中心に広くなる。この群青に、アタシはいつまでも一人交わらない、赤のままだ」


 帰りのホームルームが終わってすぐ、クラスが賑やかになる時間だ。皆、これからのことを思い思いの場所で話している。

 課題の話、部活の話、今夜のドラマの話。この光景は、どこの学校も似たようなものだろう。


 学生時代。青春の時間。

 アタシはその感覚にあまり馴染めないでいた。

 しかし、だ。


「変なアテレコしないでくれる?」


 そんなアタシの心は、目の前のクラスメイト兼脚本家の、セリフかポエムかもよく分からない内容とは違う。


「そういう顔してたやん」


 してない。返事もせずにキッと睨むと、彼は嬉しそうに目を細める。


「その表情! なぁ、演劇やろうよー。お前がイメージにピッタリなんだ。他にいない」

「イヤ。何回来てもイヤ」

「顔がいい」

「0点」

「脚が良い」

「二点」

「身長が素晴らしい」

「……十五点」

「二桁きた」


 身長が高いところは、自分でも少し気に入っている。

 この褒めるセンスゼロの自称脚本家とは、この学校よりも前からの付き合いだから、こんなことを言い合うくらいに話はできた。


 けど、目立つのはキライだ。

 そもそもこんな話を機嫌よく男子から話をされて、周りから視線を向けられる身になってほしい。

 コイツはそもそもそんなことを気にしないけど。


 ──同じ服と顔で青春って謳ってる群青を、ぶっ壊したいんだ!


 そう言って、ずっとシナリオを書いている。

 高校に入って演劇部にも入部して、大学では映画を撮りたいと、進路をサークルで決めそうなくらい入れ込んでいた。

 元々映画が好きでたくさん観てたのは知っているけど、そこまで考えていることを知ったのは、高校最後に同じクラスになってからだった。


 それまで何度か声をかけては来ていたけど、冗談半分に流していた。


 その群青クラッシャーたる主演に、部員でもないアタシを抜擢ばってきしたい。

 まっすぐ、冗談でもなく望むコイツが、群青の中でも最たる青だとアタシは思っている。


「なによ、って」

「いいフレーズだろ?」


 鼻で笑うアタシに、脚本家は自信満々だ。


「赤のまま、ね」

「お前のその望んで一歩下がっている雰囲気をさ、舞台でみんなに魅せたいんだ。群れなくても堂々と立てばいいって」

「どうやって?」

「いま考えてる」


 せめて具体例を持ってこいと言いたい。

 しかしだ。アタシは確かにクラスの誰かと一緒に居ないとダメとか、群れていたいとは思っていない。が、誰とも居たくないわけじゃない。自分を一里島なんて思ってないのだ。


 今日はそれを理解させるつもり。

 目の前の、コイツに。


 クラスメイトから好奇や冷やかしの視線を向けられながらも、話を引き延ばし、教室にアタシたち二人だけになるのを待った。

 カバンからビニールに入れて持ってきたものを取り出す。


「アタシはね、思うの」

「うん」

「群青って揶揄やゆするけど、アンタが一番そんな目をしてるって」

「……おぉ」


 ゆっくりと、アタシは言葉を続ける。セリフじみて見えるのか、少し嬉しそうな反応に腹が立つ。

 アタシは手に持ったものを脚本家に示す。

 トマト。


「群青をぶっこわしたいなら、まずはアンタから赤くならなきゃね。アタシが愛を込めて、アナタを赤くしてあげるわ」


 物理的に。


「ミニ?」


 気にするところはトマトのサイズじゃない。それに、アタシがなけなしの勇気を振り絞って告げた言葉は、意味が伝わらなかったらしい。


「ノン、ミディアム。アイシテルカラ、砕け散って」


 彼の胸に押し当てる。投げたりはしない。アタシの手ごと、彼の制服のシャツを汚した。真っ白なシャツに赤いシミが広がる。


 怒るのなら、それでいい。

 舞台の誘いを辞めるなら、願ってもない。

 ただ、舞台と切り離した目でアタシを見てほしいと、ずっと想っていたから。


 しばらく、彼はじっとシャツに広がる赤いシミを見つめていた。そして、バッと跳ねるように顔を上げ、アタシの手を握った。


「いいな、コレ! いいよ!」


 良いわけない。失敗だ。ダメかも知れない。

 ギラギラと彼の瞳は、脚本家として輝いている。

 群青の、最たる青として。


 汚れたアタシの手を握る彼を見ながら、ジリジリとまた気持ちを焦がす。

 彼が望むアタシが赤であるなら、彼の青に染まらぬように燃やし続けないといけない。


 群青を砕く赤。

 握られた手がジンジンするのを感じながら、アタシは彼に染まらずに、砕く唯一になるように改めて決意する。


 なら、一度要求を呑むところからかしら? と、深呼吸し感じたにおいは、青臭かった。







 

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「アタシ」の物語 つくも せんぺい @tukumo-senpei

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