青空とかみひこうき
目が覚めて、カーテンの隙間から差しこむ光で朝がきたことを知った。思わず舌打ちしながら、重たい体を温かいベッドから起こす。
ベリッ……と音はしないけど、気分はそんな感じ。どうやら、昨夜逆さ吊りにしたてるてる坊主の効果はなかったらしい。
「……」
いつもの朝だ。アタシを取り巻くものにほとんど変化はない。机も、本棚も、クローゼットも、その中の服も、昨日脱ぎ捨てた服も、その被害にあったぬいぐるみも、抱き潰されてなかなか戻れない低反発枕も、全部だ。
ただいつもと違うのは、逆さに吊られたティッシュ百パーセントのてるてる坊主と、枕元に用意されたバックの種類。アタシはベッドから床に足を下ろし、嘆息一つ、ライトブルーのリュックを鷲掴みにした。
ピリッと、手首が痛んだ。
授業より嫌いってワケじゃない。だからといって特別好きなわけじゃない。アタシにとって遠足はそんなもん。
みんなと一緒に歩けなくなったのは最近。
それまでは晴れたらリュックを背負ってた。グチグチ言いながらも、お弁当を誰と食べるとか相談しながら、アスファルトの登り道を歩いていたんだ。汗をかいて、息切れして、次の日も学校だってことにガッカリして……でも、いつもとは違う日は楽しかったんだと思う。
そうね……いまはそう思う。リュックを膝に抱いて、保健の先生の車で揺られながら、アタシはため息をついた。
◇
「先生……ちょっと酔った」
「あら」
強かった振動がゆっくりと弱まり、やがて強めに一度揺れて止まった。
「大丈夫? 待ってるから、治まったら言ってね」
手をヒラヒラと返事がわりに振り、アタシは車から降りた。その場でしゃがんでしまおうかと思ったけど、残った排気ガスの臭いに吐き気を誘われ、慌てて離れた。
もう、道のりの七割は来てるだろうか。車って速い。もう目的地直前の緩い登り。毎回通るから、よく分かる。車から離れるために少しだけ歩く。
道路は車二台分の車幅。登り側の左手は深い雑木林になっていて、涼しい風がくる。最初は浅く、その後ゆっくり深く呼吸して酔いが治るのを待つ。立っているのがきつかったから、その場にしゃがんだ。この登り坂の後に畑沿いの土くさい平坦な道があって、そして最後の心臓破りの急な階段がある。
高台に位置した目的地は、芝生の公園で、ボール遊びにはボールを失う覚悟がいるけど、大人数でケイドロしたりするのは最高だ。
歩いてしまおうか。
いまから歩くなら、ゆっくりでも行けそうね。痛みだしたら止まればいい。
「……よし」
ゆっくり顔を上げると、吸い込んだ濃い木の香りが少し酔いのぶり返しを誘った。
「そろそろ大丈夫?」
「! 先生いつの間に」
いつ追い付いたのか、先生が車でアタシのすぐ隣にいた。
「アナタがフラフラ歩いて行くからね。痛みとか、手足が重たいとか、ない?」
「大丈夫」
軽く鼻でため息をついて、アタシは先生の車の後部座席に戻った。先生……気づかれないくらい静かな運転できるじゃない。酔い損だわ。
「先生」
「はい?」
「安全運転でお願いします」
出来る限り声に皮肉を込めて、アタシは言った。目的地までの残り数分。案の定、車はよく揺れ、目的地でしゃがみこんだアタシが回復するまでには、十分くらいかかった。これじゃあますます悪くなるんじゃないの?
……でも、他のみんなとは歩けない。アタシの遠足は車だ。そういう病気。アァ、吐き気がするわ。
「──トイレの場所は自分で必ず先に確認しておいてください。今からはお昼ご飯を食べて、ボールの使用は12時40分から。集合は2時30分です。では、解散!」
のっそり。
注意事項を説明する先生の元気な号令とは裏腹に、そんな表現がピッタリの動きだしだった。十代とは思えない鈍重な動きで、膝に手を当て立ち上がる人、ヨイショと声を出す人が多く見えた。
それからみんなバラバラと思い思いの場所に散っていって、少しすると、4人の女子がアタシのとこに来た。
「アオちゃーん、一緒に食べよ?」
気が早いのか、もう弁当箱をみんな出してきていて、思わず笑った。
「いいよ。お疲れ」
「ホンッとに! 疲れた。授業よりはマシだけどねぇ」
疲れたとか言いながら、真っ先にアタシに声をかけてきた子、ヨシミことヨッシーは、手際よくビニールシートを広げて陣を取った。明らかにそのシートは個人用ではなくファミリーサイズで、他のみんなは出すのを止め、その陣に便乗した。アタシもそれに習う。
「デカクね?」
「そう? いつもコレよ。てかこれしか家にないし」
さも当然のように返され、アタシはそれ以上何も言わなかった。基本的に、ヨッシーはいま一緒にいるアタシ以外の三人と行動している。アタシはヨッシーとしか喋らない。三人とは、アイサツとかはしても、必要以上に会話はしない。……多分アタシとの接し方に迷っているんだろう。それが普通なのかな。
でも名前は知ってる。マリ、ルイ、モモだ。
「いただきます!」
多分、ヨッシーがスゴイんだろう。
「んで、どうだった?」
お弁当を食べはじめてすぐ、ヨッシーがアタシに目線を向けた。
「なにが?」
「先生の車よ」
ヨッシーはピッと箸をこちらに向けた。気になるのか、他の三人もアタシを見ている。
「あー…ヒドイよ。ご飯戻ってくる」
「マジ?」
「マジ」
思い出したくないくらい。
「ヨッシーは車が良かった?」
「いや、私は乗るだけで酔うからね」
『ホントに!?』
ヨッシー以外の三人と声がハモった。
「ホントに。車だけなんだけど。ニオイっていうか空間がダメ。……なんでみんなして驚く」
「かなり意外」
「うん」
アタシの感想に、三人も頷いていた。ヨッシーには何にも動じない、無敵のイメージがあるのかもね。
「ふーん。言わなかったっけ? まぁ、ヨッシーと呼ばれるだけに、的な? あ、マリ、そのコロッケ食べたい。なんかと交換しない?」
あまり興味ない様子で冗談を挟み、ヨッシーはアタシ達の弁当のオカズに目を光らせはじめた。
こんな会話は楽しい。一緒に遠足に来ている気になれる。
でも、アタシのお弁当は小さい。二段の弁当箱の一段だけ。半分お米、半分おかず。普通は一段お米、一段おかず。お腹はあんまり減らないから。水筒なんて、五百ミリペットボトルのお茶だ。喉もあんまり渇かない。
「ぬる……」
お茶を一口飲んで、アタシは思わず呟いた。凍らせては……来るべきだったわね。
◇
アタシが出来ること。
ある程度の日常の生活。車に乗ったり、短時間歩いたり、お菓子を買ったり、作ったりは出来るわ。
アタシが出来ないこと。
全力で走ること。スポーツ。片手で重い物を持つこと。二リットルペットボトルはムリ。暖簾を押すことくらいしか、アタシにはホントに出来ない。
それと、遠足。秋になったら運動会もできないわ。
――悲しい? 悲しいのかしら。そうね…かも知れないわ。今日一緒に歩けなかったのも、みんなからどこかよそよそしくされるのも、これが治らないっていうのも…悲しい、すごく歯がゆい。
でもね、それ以上にツライこともあるわ。
「……暇」
弁当でお腹を満たして、お菓子を交換しあったのも三十分くらいだけ。もうかれこれ二十分、アタシは木陰で一人座ってる。
ヨッシー達はいま、バレーボールを借りてギャアギャア言いながら遊んでいる。ヨッシーのシートは遊びに行く時に片づけさせて、アタシは自分で持ってきた二人くらいが座れる大きさのシートを広げている。あんなデカイのをアタシ一人で使う勇気はないわ。だってほら、なんかイタイじゃない。
まだ集合までは一時間以上ある。
暇な時間。と、いうより、持て余してどうしようもない時間。
車に乗るのはまだマシ。ご飯だって一緒に食べられるから楽しい。ヨッシーは声をかけてくれるしね。でも、この時間だけは、自分でもどうしようもないじゃない。疲れてないから眠くもならないわ。
どうしようもなくて木を見上げると、手が届きそうな枝があった。バックの中にポケットティッシュがあったような……ううん、やめよう。多分ムダね。
「あ~……暇ぁ」
この感覚はキライだ。ライトブルーのリュックを鷲掴みして、胸に抱いた。
学校の行事と呼ばれる授業のないイベントで、アタシは絶対に今日みたいな『暇』をつきつけられる。それはどうしようもないことだ。治せないと言われたし、それでも高校を続けると選んだのはアタシだ。それでも…出席免除なんてのが認められないかと思うわね。
「なんて顔をしてんのよ」
「!」
突然声がして、アタシはビクッと体をこわばらせた。そろっと顔を上げると、ヨッシーが怪訝そうな顔で見下ろしている。
「なんだ、ヨッシーか。ビックリした」
「なんだじゃないわよ。アオちゃん、なんて顔してんの」
「? どんな顔?」
「暇で死にます」
どんなよ……。
そう言いながら、ヨッシーはアタシの隣に腰かけた。シートの上に座るように誘ったが、ヨッシーはどっちでもいいと断った。
「他のみんなは?」
「ん? まだ遊んでるよ。後で先生んとこに喋りに行くってさ」
「ふーん」
「さて、私達は何をしようか」
「何って、別に……」
特に出来ることもない。
「何よ、ノリが悪い。ちょっとリュック貸して」
アタシの返答より早く、ヨッシーはリュックをアタシの胸から掴み取り、中身を物色しはじめた。
「弁当にぃ、お菓子にぃ、お茶……。うわ、ぬるっ! アタシの飲む? 麦茶だけど」
「貰う」
「どぞ」
と、ヨッシーは傍らにあった自分のリュックを引き寄せ、中から水筒を取り出し差し出した。アタシが両手で受け取るのを確認すると、離した。こういうところはマメだと感心する。
「ありがと」
早速飲ませてもらうと、のどを通り過ぎる冷たい感覚に、モヤモヤしたものもスッキリする気がした。
「タオルにぃ……ティッシュ、ビニール袋……。……終わり! 何もナシ!」
ヨッシーは構わずあさっていたようで、頬を不満そうに膨らませてアタシにリュックを返した。
「ないの? 携帯オセロとか、将棋とか、スゴロクとか」
「普通ないでしょ」
「マージーかー」
大袈裟に顔をしかめて、ヨッシーは鼻をならした。
「仕方ない」
そう言いながら、今度は自分のリュックをあさりはじめた。
わざわざ来なくても良かったのに…。冷たいお茶でスッキリしたはずのモヤモヤが、また沸き上がってくる気がする。少し鬱陶しい。
「よし!」
「?」
これね! と、取り出した物を見て、ザワついていたアタシは、
「はぁ?」
思わず声が出ていた。
『こども折り紙』
こどもがひらがななのに、折り紙が漢字なのがすごく気になったけど、とりあえず言わないことにした。金・銀入り。六十枚。
「鶴でも折るつもり?」
「折りたい?」
「まさか」
「だよねー」
アタシが呆れた調子で言葉をぶつけると、愉快そうにヨッシーは一枚取り出して折り始めた。
長方形になるように半分、その後開いて、折り目に沿って三角を二つ。合わさって頂点が一つ。これは…、
「紙ヒコーキ?」
「イエス」
なんて安易な……。
「遊ぶの? これで」
「イエスイエス」
返事も程々に、ヨッシーは赤い紙ヒコーキを丁寧に折り、満足そうにニッと口の端を持ち上げた。
「どう?」
「……」
どう? と、言われても困る。
アタシは一目で紙ヒコーキの性能が解るほど、紙ヒコーキを作ったことなんてないし、そもそも折り紙自体に触れた回数も少ない。外で走り回ることが好きだったから。もしかしたら、ティッシュで作ったてるてる坊主の個数の方が多いかもしれないわ。折るじゃなくて、丸めるだけど。
「飛ぶの?」
「どうだろ、ここ山の上のわりに風を遮るものないから」
首を傾げながら、ヨッシーは右手に持ったヒコーキをゆっくりとした動作で放った。
スーッと、滑り出しは好調だったけど、何メートルも進まない内に、ヒコーキは風に煽られ凄い勢いでバッと左に吹き飛ばされた。
「……飛んだね」
「そうね、違う意味で」
あまりの吹き飛ばされっぷりにポカンとしつつ、アタシはヨッシーを見た。
「はい、アオちゃんの分」
「まだするの!?」
「だって悔しいじゃない」
ヨッシーは折り紙の束から、青の系統だけを選び出してアタシに渡した。十枚くらいあるだろうか。
「これ……」
「アオちゃんだけにね」
「うわ」
その言葉のお陰か、アタシは折ることに集中することにした。
一番オーソドックス、というか、アタシが唯一紙ヒコーキとして知っているスリムなヒコーキ以外に、ヨッシーは色んな形のヒコーキを折って見せてくれた。
先っちょが潰れたエイみたいなヤツ。スリムなヤツとあまり変わらないけど、翼に折り目がついたモノ。飛ばないだろうと見当がつく、横に広い台形のモノ。台形のは実際に飛ばなかったけど、投げた瞬間宙返りをしながら落ちていく不思議なヒコーキだった。一番飛んだのはなぜかエイみたいなヒコーキだった。ヨッシーが言うには、先端が重いから距離が出るらしい。
アタシはヨッシーの手さばきが理解できず、結局オーソドックスなので落ち着いた。
なんだかんだで、始めたらハマる。晴れ空の下で紙ヒコーキってのも、健全じゃない?
最初はどうかと思ったけど、遠くに飛ばすことを考えながら折るのは、失ってしまっていた感覚で、嬉しい。記録なんて……ゆっくりしか歩けない、日常生活もギリギリのアタシには無縁だったから。
でも、紙ヒコーキは二、三回投げるとボロボロになったり、風にさらわれてどこかにいってしまう。先生に注意されないか心配にはなるわ。
「なかなか飛ばないね」
「仕方ないよ。風もあるしね。……って、アオちゃん折るペース早っ!」
「そう?」
「だってもう二枚しかないじゃん。手首とか大丈夫?」
ヨッシーは本当に焦った声音だ。
「大丈夫。あんまりムズカシイことはしてないし」
「そう? ならいいんだけど……」
「そんなに大袈裟に心配しなくてもいいよ。折り紙くらいじゃ痛くならないでしょ」
「んー、でもねぇ。まぁそろそろ時間だし、後一個で止めようか」
「えっ、もうそんななるの?」
アタシが驚くと、ヨッシーは手にしていたケータイの時計を見せてくれた。集合まで、あと二十分もない。
「ホントだ」
時間なんて忘れてた。それを実感すると嬉しかった。
「もうすぐしたらマリもルイもモモも戻ってくるしさ」
「そだね、ありがとヨッシー」
「いいってこと。でも、あんまり飛ばなくて悔しいわね。ラスト一個……」
ヨッシーはもういつもの調子に戻っていて、最後の一個に渾身の力を込めるつもりで折るようだった。
アタシは……どうしよう。
あと二枚。普通だと風に負ける。でもムズカシイのは折れない。二枚重ねて折る? ダメっぽい気がする。エイ形は折り方わからないし…。
アタシは手元に残った二枚の折り紙を見つめた。空色と緑がかった淡い空色。折るなら普通の空色。だってこんなに晴れてるもの。
エイ形は、先をわざと折り曲げる形になっている。これが一番飛んだ理由は、風に抵抗できる重さが先端にあるからだった。
試してみよう。
アタシはまず、普通のヒコーキを折った。そして、もう一枚の折り紙を角から少し破って、角を残したまま形を適当に整える。それを最初のヒコーキを一度開いて、先端にあたる部分に角を重ねて、また戻した。
「なるほど」
ヨッシーの楽しそうな反応が聞こえた。
「それ、幼稚園で同じこと考えたヤツがいたよ」
「そうなの? 即席の重り」
「いいんじゃない。効果は……見てのお楽しみ」
アタシはヨッシーに笑みを返した。
「よろしい。せっかく来たんだからから、ダルそうにしてんじゃないわよ。来たかいがあったわね?」
「お陰様で」
「では」
「うん、では」
アタシ達は、最後の一投を放った。
ヨッシーはいつもこんな調子。アタシと知り合った時も、身体のことを知った時も、
「ふーん、大変だろうけどよろしく」
で、すませた勇者。
少し、お腹が空いた気がする。
◇
「う~……先生ぇ」
「あら、また酔ったの?」
仕方ないじゃない……。
日はまだ傾いていない。集合の後、二十分のゴミ拾いがあって、アタシはまた車で帰路についている。また一足お先にってわけ。行きよりも憂鬱な気はしないけど、でもこの運転はナイ。
強かった振動はゆっくりと弱まり、やがて強めに一度揺れて車はやっと止まった。この運転は…どうやらクセらしい。
「今度は歩いて行こうなんてしないのよ」
「はーい……」
先生の言葉に返事して、アタシはふらつきながら車を降りた。
行きと違って、緑や土の匂いはしなかった。風が吹くと、日を吸ったアスファルトの砂っぽい感じがする。ゆるい下りで道幅はあるけど対向車も多くて、排気ガスの臭いもけっこうした。少し先のカーブまで歩けば階段があってゆっくりと座れるけど、今すぐしゃがみ込みたいほどだったから、アタシは先生の車に寄りかかるようにした。お茶を飲もうかと考えて、やめる。逆効果だ。日陰もないから、階段も多分変わらない。
「……」
ふと考えて、アタシは車のドアを開けてリュックを掴んだ。
「?」
不思議そうにする先生に、
「お茶を」
とだけ応え、リュックから半分も減ってないペットボトルと空色の紙ヒコーキを取り出した。先生からヒコーキが隠れるようにペットボトルを持つ。
成功。車に寄りかかってしまえばこっちのものだ。アタシはヒコーキを眺めた。一度しか飛んでないヒコーキは先端が少し潰れただけで、汚れてはいない。
最後に、ヨッシーのよりずっと早く遠くまで飛んだ空色の紙ヒコーキ。ちょうど何十メートルか先からこっちに向かってきていたマリちゃん達が拾って来てくれて、少し恥ずかしかった。
「……スゴイじゃん」
最後に、それだけポツリと洩らしたヨッシーは、口元は笑っていたけど、悔しそうにも見えた。
いまこれを投げたら、多分拾いには行けない。傾斜があるし、もし先のカーブまで届いたら、ガードレールを越えてどこかの家の屋根の上だ。
でも、いいや。なんだか持って帰るよりいい気がする。アタシの酔いや、先生の運転への不満を乗せて投げよう。それだけじゃない、今日のモヤモヤや楽しさや、ヨッシーへの感謝も乗せて投げよう。
棄てるわけじゃない。イヤ、最初の半分は棄てるんだけど。
……ムズカシク考えたってダメね。
「ヨシ」
呟くくらいで気持ちを定めると、アタシは右手に空色の紙ヒコーキを持って構えた。
速くじゃなくて、ゆっくり。ゆっくり。長く飛ぶように、ゆっくり。でも、本当の空と見分けがつかないくらいに遠くに。それがアタシの歩いた距離。ガードレールを越えて、屋根の上に乗せて、んで、ヨッシーが通る時にもし見つけたら、笑えるじゃない?
これも、遠足よ。アタシが通った証拠。
ゆっくりとアタシは、紙ヒコーキを飛ばした。
ピリッと、手首が痛んだ。
スッと軽やかに、ヒコーキはまっすぐに進む。見届けることはせず、アタシはすぐに視線を切って車に乗った。
運良く、先生はメールを打っていて気づいていなかった。アタシはこれ以上酔わないように、横になり、目を閉じた。
「安全運転でお願いします」
これだけは、ね。
どう、まだ飛んでるかしら?
せめてガードレールくらいは越えなさいよ。
もっとでもいいわ。もっともっと、ゆるやかに……。
そうして、アタシは眠っていた。
◇
家に帰ったら、まずやることがある。
シャワー? ううん。
着替え? ううん。
昼寝? ううん。
学校に帰宅の連絡? なんでよ。
じゃあ親? ううん。
昼寝? また?
ヨッシーにメール? ううん。それは次かな。その次がシャワーくらいかしら。
でも一番は違う。全部違う。
一番?
もちろん、逆吊りのてるてる坊主を棄てるのよ。
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