sweet
長いタイトルにしたかった
アタシは、自分の人生を長いタイトルに例えてみたかった。
理由はわからない。二十五歳を迎えお肌が気になりだしたからかも知れないし、この前買い物に行ったら、奥さん呼ばわりされたからかも知れない。
もしかしたら、本当に久しぶりにナンパされたからかも知れない。
まぁ、違うけど。
別にそう考え始める兆しもなく、ただそうしたくなったからだと思う。
ほら、最近長いタイトル流行ってるじゃない?
だからといってすぐにそんなものが浮かぶハズもなく、そのことを忘れたり思い出したりしながら、気まぐれに考えを練っていた。
アタシとしてはこの頃の小説のタイトルのように、
『有頂天! ナンパされたアタシが壺を渡され異世界片道切符を買いました』
みたいな、具体的にアタシの未来を示唆したタイトルなんてゴメンだし、かといって少し前の小説のような、『~が聴こえる』だの、『まるで~のように』だのはお洒落すぎるのも違うと思うの。
何より私には似合わない。とまぁ、決まって結局また同じような思考の繰り返しに陥っていくのよ。
◇
ある日、親友にこの事を相談してみたところ、思いきり、それはもう盛大に呆れた顔をされた。笑われる方がマシだって程に、だ。まぁ笑われても腹が立つけど。
「アンタ……二十五にもなってなぁに言ってんの?」
大きくため息を吐き、彼女はアタシの正気を確かめるように、手のひらを顔の前にかざしてプラプラと振った。……殴ってやろうかしら。
「アタシはアタシで真剣なの」
それだけ返す。
「そんなこと考えてる暇あるんなら、身を固めること考えなさいよ。彼氏。ほら……名前、えっと達也さんだっけ? 直介だったっけ?」
わざとらしい口調で親友はアタシの相手の名前を間違えながら、何度聞いたであろう論理を振るう。
「……直也よ」
「そうそう剣崎さんだったわね!け・ん・ざ・き・さん」
「……何で、知ってるのにわざわざ」
「名字しか知らなかったのよ」
彼女はケロッとして肩をすくめた。
「ハァ……もうっ! 私はそんなこと話に来たんじゃないの。それにまーだー二十五ね。結婚して年齢がタイムスリップでもしたんじゃないの?」
「ブッコロスワヨ? ハイハイ、あんたの人生のタイトルね」
「そう!」
「ふぅ」
やれやれといった様子で親友は思案する。なんだかんだ付き合ってくれるのは、彼女だからだ。じゃあこれでいいわとビシリと人差し指を立てて一言。
「未熟!」
◇
……まったく、あの後相当反発したのだが、結局意見は変えてもらえなかった。
「未熟で十分よ。夢みたいなこと言って…アンタ、私より年上でしょうが」
と、言って話は打ち切られた。
誕生日二ヶ月しか変わらないじゃないか……。
でも、彼女の左手の薬指にはめている指輪を見ると、そんな減らず口も出せなかった。そう高いともいえない指輪。でもよく磨かれたそれはよく似合っていて、彼女がいかにアタシに言う意見が素晴らしいと自負しているかを物語っていた。アタシの相談は、現実を考えさせられて終わった。
「直也と結婚ねぇ……」
考えたことはある…が、いまいちピンとこない。直也は高校からの友達で、卒業してからつき合い始めた。もう結構長いな。
……良い奴だ。うん、優しいし、私より背も高い。
何より料理が美味しい。結婚しても楽しくやれそうだ。
でも、今のアタシとしては直也との結婚より、いま抱えている問題の方が大事だった。こんなことだから、いつまでも自由奔放すぎると言われるのだけど……。
――私の人生を長いタイトルに例える。
それはまだ達成されていない。
「何ボーッとしてんの?」
と、突然声をかけてきたのは直也だった。
そうだ、今日は夕飯を作りに来てくれていたのだ。
アタシが作るより明らかに美味しいのだから、ついつい頼んでしまう。週に二、三回は作りに来てもらっている。食材はもちろんアタシが揃えてるわよ。
ありがとう直也。多分大好きよ。でもさっきの呟きは聞いてないよね?
「メシ、出来たよ。メインになりそうなの鮭しかなかったから、出来合いだけど」
直也はお盆に夕御飯を乗せて運んで来ていた。テーブルに並べながら、自身も向かい合うように食卓に座る。別に変わったところはない大丈夫だ。聞かれてない!
鮭のホイル焼きに、お味噌汁に白米。当たり前のように並べられるメニューに、彼の実力が見て取れる。簡単にとか、出来合いで、とか。それは料理スキルが高い人の呪文だ。不得意さんは料理アプリや本を片手に、懐の
鼻腔をくすぐるバターの良い香りと、お味噌汁の落ち着いた香りが互いを引き立てあっていた。
感動とともに、あれ、バターにアルミホイルとかアタシの家にあったかなと自分のずぼらさに苦笑する。
「はい、どぞ!」
直也はパンと手を叩いた。
「いただきまーす。ねぇ、バター買ってきたの?」
「いや、冷蔵庫のマーガリンがバター配合だっただろ? それ」
「あー、だからバターの匂い。アルミホイルは?」
「いや、ラップの引き出しにあるよ? さては使ってないな?」
そうだっけ?
これ以上墓穴を掘るまいと、アタシはしばし黙々と箸を進めた。やっぱり美味しいなぁ。
「なぁ」
「ん?」
少しして直也が口を開いた。
「さっき、何考えてたの?」
「ん~? ううん。何でもないよ」
アタシはそれだけ口にした。親友にああ言われた後だし、また呆れられるのではないかと思ったからだ。それに…ねぇ、本人に言えとな? そりゃ無理な話だよ。恥ずかしいし。
「何でもない、ねぇ」
直也はそんな私の返答に訝しげに目を細める。
「その言い方からすると、今日いつもの松坂さんと何かあったな?」
松坂っていうのは親友の苗字だ。前は神戸だったのに……。それにしても、直也は鋭い。
「なんにもないよ~」
おどけた口調ではぐらかす。が、
「はいはい、で、なに?」
と直也は問い詰めてきた。やっぱりはぐらかすのは無理か…
「うーん、あのね――笑わない?」
「多分」
「う……」
アタシは観念して自分のいまの問題や、彼女に呆れられたことなどを話した。
もちろん、結婚のことは騙し騙し、名前を出さずに……。すると直也は、笑うことも呆れることもなく真剣に聞いてくれた。やっぱりいい奴だ。というか変わってるなぁ。
「で、どう思う?」
問う。聞き終えた直也は、ポリポリと頭を掻き、言った。
「ん~、あのさ、別にタイトルなんてつけなくてもお前はお前だろ?」
「?」
直也の言葉に私は首を傾げる。
「だから……お前の人生はお前のものだろ? タイトルなんてつけなくても、表すものはあるじゃないか。ね?」
なんだか解るような、解らないような。そんなアタシに直也は優しく笑って言った。
「明日仕事休みだから、今日は泊まってくな?」
食器を下げるために立ち上がった彼に、額を指で突かれる。
なんか…真剣な答えなんだろうけど…上手く避わされた気もする…。
「ご馳走様~」
ここで話は打ち切られた。
「風呂入っちまいな? チャッチャと寝るだけにしてしまおう」
と、アタシの心を知ってか知らずか直也は呑気に言った。寝るだって…。親友にあんだけ言われた後だから、少々ドキドキした。
夜。直也は先に寝て、もう一時間は経っている。言葉通り、ホントに寝るだけだった。彼はさっさとご就寝。…このヤロウ…。まっ、いいけど。
アタシは直也と親友に言われたことを、頭の中に巡らせていた。
彼女は結婚のことしか言わなかった。苗字が変わればタイトル変わるじゃんってか…。
直也は、もうアタシっていうタイトルをもって生きていると言いたかったのだろう。
どちらもアタシの、長いタイトルという条件に当てはまっていない……。
でも、親友はアタシの第二の人生を、直也はいままでの人生を示してくれた。
[アタシ]、いままで生きてきた私のタイトル。漢字でもひらがなでも、両手の指で足りる。最大の長さのタイトルでもこれである。
それが彼の苗字に変わったら、何か新しいことが見つかるだろうか?
もうちょっと満足できるだろうか?
それなら直也が教えてくれた、名前という短いタイトルに、今のアタシの横に……ちょっと剣崎という名前を書くのも悪くない。もっとも、まだカッコ仮だけどね。
アタシの人生を長いタイトルに例えてみる…。
まだ叶わないけれど、いままでのタイトルをちょっとだけ、変えてみることにしよう。いずれ見つかるさ。
「結婚かぁ」
スヤスヤと眠る直也を見た。
結婚ねぇ、そういうモーションもなく、よく今まで長くつき合ってこれたものだ。
「結婚、したい? しよっか。ね、直也」
アタシは眠る直也にそっとくちづけをした。気づかれないにしても、ちょっとくすぐったい。それをきっかけに寝返りを打った直也は、妙に可愛く、なんか子どもみたいな気がした。
そんな子どもの隣でアタシは静かに目を閉じた。悩みは少し薄れ、直也の温かさを感じながら、アタシの意識はまどろんでいった。
アタシ、二十五。
そんなアタシが剣崎ナニガシになるのは、そう遠くないかもしれない。
……プロポーズしてくれたら、だけどね。
と、まぁこんなアタシのノロケ話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます