なくなったものは些細だって
もう桜は散ったけど、この日本のソメイヨシノが絶滅することはないと思うのよ。
だからまた咲く。また散る。
梅雨のアジサイだって、夏のひまわりだって、秋のコスモスも紅葉も、冬のツバキだってきっとそう。今年も咲いて、また散るんだ。少なくとも、あと百年は続くだろう。
そうしたらアタシはまず居ないし、関係ない。
そうでしょ? そんなもんよ。
だからアタシの中で咲いていた花も、また咲くはずなんだ。うん。
花の名前は…そうね、『春』とかいうおアツ~イ名前よ。
いま、ううん、五…四…三……。いまちょうど三日経った。
一日目は記憶がない。
二日目は、泣き腫らした目を学校を休む口実にした。
三日目は…さて、どうしたものか。
学校行って種でも蒔くか。いやいや、ムリ。大丈夫かアタシ。蒔けんし。
……ホンキだった、そう痛感する。
でも、泣いたら冷静になった自分に腹が立つ。
たしかに一晩の涙と釣り合ってしまうような短い開花時間でしたがね。
ハァ、具体的な後悔が浮かぶ隙間もないわ。
楽しいデート。の、妄想。
……妄想。キスも知らない。
手はつないだ。でも、まだ二人の写真さえない期間。
ただ、まだ散った花びらの香りがする。
天井にかざした右手。指は五本。結んで開いて…、
「──っ」
壁に叩きつけた。
学校は、いまは少し怖い。
学校を花壇にたとえる。
二人の生徒がいて、その足元に水をやると、時間と会話、それに気持ちを肥料にして『春』という花が咲く。いくつもいくつも、きっと咲いているんだろう。
もしかしたら彼ももう、新しい花を咲かせているかもしれない。
…枯れちゃえ。
「あ~…行きたくないわ」
声に出るほどだ。今週は行くまい。うん、来週も行くまい。
◇
バイブレーションの振動に気づいたのは、ただベッドの腰のとこにあったからってだけのこと。マナーモードなのは、着信音が全員統一だから…ビクッとするのよ。
期待…じゃないけど、揺らぐじゃない。
しばらく、彼以外とはメールも電話もしてないんだから。
その点マナーモードはいいわ。誰だかはわからないけど、心の準備ができる気がする。礼儀のなったスマホね。
光りを放つ画面には、アタシの隣の席で、家の二軒隣の住人の名前が表示されていた。
予想通りよ。かけてくるのは分かってた、毎度のことだしね。
「お前ぇ、学校来いよ」
開口一番も毎度のセリフだった。受話器の奥からガヤガヤとした喧騒が聞こえてくる。教室からかけてるんだろう。吐き気がする。
「ヤダ」
「却下。あんね、お前が来ないから進路調査の紙渡されたの。わかる? 届けるのメンドイ」
「二軒しか変わらないじゃん」
「馬鹿を言うな。部活後のその距離がどれだけ途方もないことか知らんだろ」
「アンタだってアタシの状態を知らないでしょ。目だってまだ腫れてるの」
通話口をガリガリ爪で擦る。
「うるさ。あん? 元から顔腫れてるやろ」
「シネ」
「はいはい。とりあえず明日は来いよ。プリントはオカンに頼むから」
ダルそうな沈黙を挟んで、ブチッと電話は切れた。あっさりと、労いも優しさもなく。
耳障りな終了音をベッドに叩きつけると、スプリングに任せて気持ちいいくらい跳ねて落ちた。
「ふん…」
スマホに睨んでも仕方ないわ。アイツハアンナヤツ。
多分アタシが学校の屋上で思い詰めた顔をしていても、そこに野次馬が群がっていても、教室に居て授業出ろって電話してくるだけに違いない。
「部活で疲れんのに、なんで階段をいちいち上らないといけないんだよ」
聞こえてくるようだ。じゃあ部活なんて辞めちまえ。イライラする。
でも多分明日の朝、アイツはアタシん家の玄関前から電話してくる。それもいつものことだ。
「進路のプリントくらい自分で出せ。教卓までどれだけ歩くと思う」
……あぁ、聞こえてくるわ。
玄関から出たとき、アイツの足元につぼみが見えたりしたら、除草剤でも持って出かけるとしよう。
ううん、除草剤ももったいない。足で踏みつけてやるわ。
そうね、その楽しみがあるなら、失ったものは些細だと…そう思えちゃうわ。
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