第6話:二人《ふたり》
小鳥のさえずりと共に目覚めると、隣には裸のライラがいた。
「あ、おはよ」
毛布がめくれたのに反応したのか彼女も目覚めた。
「おはよう」
俺は、ライラが狼に変身したときにそのまま毛布の上に落ちた服を渡してやった。
「あ、私裸で寝ちゃってた?!」
慌てて両胸を隠す。人間として行動したことで、裸の状態に恥じらいを覚えるようになったのだろうか。
「いや、狼に変身してから毛布に潜り込んだんだよ。寝ている間に変身することはよくあるのか?」
「うーん、隣に人がいるからかも。逆に狼の友達と一緒にいると狼の姿のほうが自然な感じになるし」
なるほど。肌着の一つでも買ってやるべきだな。
「とりあえず早く着替えて飯にするぞ」
「はーい♪」
*
食堂では既に朝食が配られていた。焼きたての白パンに新鮮な牛乳、赤インゲン豆の塩煮、4等分したリンゴ。
「ツイてるな、今日はパンを焼く日だったか」
パンは数日分をまとめて焼くので、たまたま泊まった日に焼きたてを味わえたのは運が良い。
「こんな柔らかいパンもあるんだね。おいし~♪」
牛乳も搾りたてのようでまだ温かい。豆も良い塩加減でふっくらと仕上がっている。
交易の中継地点なので人や物の流れが多く、宿の食事も値段の割に充実している。
「今日は馬で移動しようと思うんだが、ライラは乗ったことはあるか?」
俺は最後に残しておいた甘酸っぱいリンゴを噛み締めながら尋ねた。
「ううん、まだ。でも乗ってみたかったから楽しみ♪」
一方のライラは、最後に残った煮豆を少し苦手そうに口に運んでいた。
「そうか、冒険を続けるなら馬くらいは乗れるようにならないとな」
ここから中央都市までは馬を使わずとも1日で移動できるが、なるべく早く着きたいし、機会があるうちに乗馬も仕込みたい。少々値段は張るが必要な経費だろう。
「その前に、馬に乗るなら買っておくべきものがある」
食事を終えて宿を後にすると、肌着屋にライラを連れて行った。
「邪魔するよ、この子に合うようなキュロットはあるかい?」
「ええ、あるわよ」
さすが冒険者や商人の集まる中継地の町だ。小柄な女性用のキュロットなど、普通の町ではなかなか見かけない。最悪の場合は俺の下着を貸してやろうと思っていたのだが、その必要はなさそうだ。
「丈夫そうだな、これがいい。あとシュミーズが欲しいんだが、
長く使うだろうから、少し値は張るが上質なものを買ってやった。
「任しといて!」
下手に値切ったりしなかったおかげか、おかみさんも快く引き受けてくれる。
「ねえ、これ履かないと駄目なの?」
「馬に乗ると擦れるからな。それに冒険するなら下履きはあったほうがいい」
「そっか、ちょっと窮屈だけど我慢するね」
最後に、馬を借りるために
「中央都市まで乗って行きたいんだが」
「それなら金貨10枚、うち9枚は保証料だけど、払えるかい?」
「大丈夫だ」
目的地の駅家まで無事に馬を送り届ければ9枚は戻ってくるという仕組みである。馬が少ない場所から多い場所へ移動する場合は高くなり、その逆は安くなる。高価だが、それでも冒険者ギルドに所属して一定の成果を挙げたことによる信頼でかなり値引かれている。
*
「さあ、乗ってみろ」
俺が先に乗り、ライラを前に乗せる。手を取ってやると身軽に飛び乗った。小柄なので普通の
「よし、だいたいわかったみたいだな。試しに一人で乗ってみるか?」
「うん!」
止まり方を改めて念入りに教えた上で、俺が降りて
「よーし、いいぞ!」
街道沿いの草原をぐるっと駆け回らせると、何の問題もなく乗りこなせた。
「馬って楽しい!」
「すごいもんだな、すぐに乗りこなせるなんて。冒険者としての素質があるぞ」
俺とエルはゴルド卿に馬術を仕込まれたが、丸一日かかってようやく形になったものだ。
「ほんと!嬉しいな♪」
*
一通りの練習は出来たので、再び二人乗りで目的地を目指す。
「今度また乗ることがあったら1人1頭ずつ借りよう。そのほうが速く移動できる」
「えー、ご主人さまと一緒に乗るほうが楽しいけどなぁ」
「おいおい、一人前になりたければ甘えるんじゃないぞ」
「へへ、冗談♪」
「こいつめ」
頭をわしわしと
「見えてきたな、あれが中央都市だ」
***
【一般用語集】
『白パン』
ここではライ麦の黒パンに対して小麦の白パンという意味で、表面はこんがり焼けた色をしている。つまり現代日本人が想像する普通のパンである。
ただ、純粋な小麦のパンとは限らない。小麦の比率が高いことは間違いないだろうが。
形状としては、大きな半球状のものを1人分ずつ切り分けているようなイメージで。
『新鮮な牛乳』
殺菌して瓶詰めやパック詰めする技術が開発されるまで、牛乳は絞った日のうちに飲まなければならなかった(そのため、チーズやバターなどの保存食が発達した)。
新鮮な牛乳が都市部で飲めるということは、都市の中や近郊で酪農が行われているということである。
『赤インゲン豆の塩煮』
いわゆるベイクドビーンズ。現代でもイギリスでは朝食の定番。
『キュロット』
ここでは現代の乗馬ズボンやキュロットスカートのことではなく、女性が乗馬用に用いる厚手の下着。
元は男性の服装だったが、乗馬用の下履きとして女性に取り入れられていったという史実を参考にしている。
なお前回における服屋もそうだが、基本的に完成品として売られている服は下着であっても中古(古着)である。
ちなみに現実の中世ヨーロッパ同様、多くの女性はスカートの下には(月のものでも無い限り)何も履いていない(史実については諸説あるようだが、少なくとも本作ではそのような設定)。
冒険者の女性はパンツスタイルも少なくない(一般女性ではまずいない)が、スカートの場合もほぼ例外なく下着を身につけている。
余談だがトムの元パーティでは、斥候イザはぴっちりしたレザースーツ(魔獣革)の下に男性用下着を、魔術師エレナはローブの下に膝丈のドロワーズ(ローブと共に魔力によって強化済み)を着用している。
『
この用語は日本における律令制下のものだが、他に適切な用語が思いつかなかったので採用。
中世ヨーロッパにおいて類似のシステムが用いられたという資料は見つからない(古代ローマとかにはあったらしい)のだが、移動や情報伝達の手段として、冒険者という存在を成立させるには必要だと判断して入れた。
いくらファンタジーだからといって、何もかも魔法で解決する世界は味気ない。
『
馬に乗っているときに足を乗せるための台(自転車のペダルのようなもの)。
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