第10話:新人《しんじん》

「それじゃ、訓練所に顔を出してくる。武器と盾は預かってもらえるか」


 初心に帰るため、普段使っている得物ではなく、訓練所に備えてある木製の武器を使うことにした。第一、俺が普段使っている盾やメイスと打ちあったら、訓練用の武器では耐えられずに砕けてしまうだろう。


「ああ、みっちりしごいてやってくれよ」


 マスターは慣れた手付きで、受け取った装備をたなに収納する。その棚には俺の名前が刻まれたプレートが取り付けてあった。よく見ると、隣の棚のプレートにも俺の仲間たちの名前が刻まれている。


「お前たちなら必ず戻ってくると思っていたからな。棚は用意してあるぜ」

「……ありがとう、マスター」


 俺は涙が出そうになった顔を隠すため、マスターに背を向ける。


「日が暮れる頃には戻るから、美味い飯を用意しておいてくれよ」


 ギルドマスターは酒場のマスターでもある。慢性的に人材不足なので、常に宿にいるマスターが料理も担当することが多いのだ。


「任せときな!」


 マスターの声を背中で受けながら、俺は親指を立てた右手を横に突き出した。あいつも同じ仕草で俺を送り出してくれているはずだ。


 こうして俺とライラはギルド宿を後にして、城門を出て訓練所へと向かった。


 **


「あそこに見えるのが訓練所ってところ? 二人いるみたいだけど」


 ライラが指を指したのはまさに訓練所の方角だ。ただ、俺の目にはまだ人の姿は見えない。


「ああ、そうだ」


 少し近づくと、俺の目にも木剣を振り回している姿が見えた。若い男、いや少年と呼んでもおかしくない歳のようだ。隣に座って見ているのは、少年と似た服を着た若い少女。どう見ても指南役しなんやくとは思えないので、彼の仲間のようだ。


 二人とも簡素な身なりである。おそらく同じ農村かどこかからやって来たのだろう。


「お、あんたがギルドマスターの言ってた師範しはんってやつか?」


 少年は俺が近づくと、挨拶あいさつもなしにぶっきらぼうな言葉を投げつけてきた。顔つきはまだ幼いが、背は高く体格もがっちりしている。


「ちょっと、そんなふうに聞くもんじゃないでしょ……すみません、こいつ言葉づかいがなってなくて」


 隣に座っていた少女が慌てて立ち上がって俺に頭を下げた。彼女はこいつの姉だろうか……いや、顔立ちは似ていない。世話焼きの幼馴染といったところだろうな。


「別に構わないさ。同じ冒険者なんだから、特にかしこまる必要はない」

「へへ、どうも。そのうち師範が来るだろうから、それまで適当に素振りでもやってろってマスターが言ってたんで」

「師範?……ああ」


 マスターが言ったのは、特定の指南役が来るという意味合いではないだろう。冒険者がふらっと訓練所に立ち寄ることは多く、新人の面倒を見てやるのは珍しいことではない。あるいは今回の俺がそうであったように、飯や宿を餌にして指導を頼むことも多いのだ。


「そうか、マスターが言ってた新米ってのはお前たちのことか」

「なんだ、話が早えじゃん。さっそく教えてくれよ」

「あいにく残念だが、俺も戦士を志望する新人なんだ」


 こいつに打ち合いを教えること自体は俺にでもできるだろうが、敢えて対等な立場であることを強調した。


「新人? あんたみたいなおっさんが今から戦士になる? 無理無理、やめとけって」

 少年は剣を肩に乗せ、あきれたような仕草をした。

「まあそう言わず、試しに打ち合ってみないか? 一人で素振りするよりはマシだと思うがな」


 俺は武器を構える。こいつと同じ、肘から指先くらいの長さの木剣だ。木製とはいえ、油を染み込ませてあるので鉄のように重く強靭きょうじんである。


「俺はこう見えてもゴブリンを10匹は殺してるんだぜ? しかも武器なんか使わずにクワや棒きれでだ!」

「ほう、そりゃ結構なことだ」


 彼は村の中では一番腕が立つ若者なのかも知れない。だが、その自信は命取りになる。人里に姿を見せる魔物などたかが知れている。それを何匹か倒せたところで、冒険者としての力の証明にはならない。


 ここは一つ、先輩として鼻っ柱を折ってやる必要があるだろう。


「さあ、かかってこい!」


 俺は右手で剣を握り、中段に構える。左手は遊ばせたままだ。


「いいのかよ? 怪我しても知らねえぞ?」

「ああ、遠慮はいらん。本気で来い!」


 俺の言葉を聞いて、彼はニヤリと笑った。そして剣を振りかぶり、俺に向かって突進してくる。その勢いのまま、上段からの斬り下ろしを繰り出してきた。


 速さはある。動きも悪くない。だが、あまりにも一本調子だ。避けるのは簡単だったが、俺は敢えて横一文字に構えた剣で真正面から受け止める。


"ゴンッ!!"


 木剣同士がぶつかり合う鈍い音が響き渡る。


「う、嘘だろ? 俺の渾身の一撃が……魔法でも使ってやがるのか?」

「いや、"今は"使っていない」


 そう。武器や盾、あるいは俺自身の肉体を祝福して、攻撃を受け止めるのを有利にする法術はあるが、"今は"使っていない。力自慢ではあるのだろうが、所詮は並の人間。この程度の攻撃を受け止められないようでは話にならない。


「くそっ! もう一回!!」


 再び剣を振りかぶって襲ってくる。また同じ動きを繰り返すかと思いきや、直前で軌道を変えて横にぎ払ってきた。だが、不自然に姿勢を崩した状態で放たれたので威力も速度も大幅に落ちていた。


 俺は薙ぎ払われた木剣を上に跳ね上げた。彼の手は衝撃に耐えきれず、手放した木剣が宙を舞う。バランスを崩して地面に膝をついた彼の首筋に、俺はそっと切っ先を当てた。


「そんなにわか仕込みのフェイントが通じると思っているのか。さあ、立て」

「ち、ちくしょう……」


 悔しそうな表情を浮かべながらも、怯まずに立ち上がった。なかなか骨のあるやつだ。


「まだやるつもりなら相手になるが、どうする?」

「よ、よし。とっておきを見せてやる」


 再び俺から距離を取って剣を構えて突進した。そして、俺の手前で大きく跳躍した。自分の身長より高く跳び上がると、空中で腰を支点に上半身を屈め、落下の勢いを上乗せした一撃を放った。なるほど、これなら片手では受けきれないかも知れない。


 ……だが、空中では動けまい。俺は冷静に横に避けた。彼の剣は空を切り、自身は顔面から地面に叩きつけられた。


「だ、大丈夫?!」


 横で見ていた少女とライラが駆け寄る。今のはさすがに痛かっただろう。

 俺は心のなかで祈りの言葉を唱え、回復術の準備を始めた。


「ほら、顔上げろ……大丈夫だ、大したことない」

「本当に大丈夫だよ。私なんて折れた腕の骨もすぐ治してくれたもん」

「う……ううぅ……」


 少年は鼻が折れて血が流れ、前歯も欠けていた。だが、魔物との戦いではこんなものは軽症である。


「折れた歯は1本だけだな。すぐにくっ付けてやる……おい姉さん、水はあるか?」

「あ、はい!」


 俺が声をかけると、少女は腰から革の水筒を取り出した。


「折れた歯を洗ってやれ。泥を落とすくらいで構わない」


 拾った歯を彼女に渡しながら言ってやった。


「わ、わかりました!」


 戸惑いながらも指示に従う。なるほど、こいつも冒険者としての素質がありそうだ。俺は血と涙と泥でぐしゃぐしゃになった少年の顔に、癒やしの力をまとわせた右手を当てる。


「よし、それだけ洗えば十分だ」

「は、はい!」


 彼女から受け取った前歯を左手で口の中にあてがい、俺は癒やしの法術を発動させた。豊穣神の加護が注がれる手応えを感じるとともに、少年の顔から苦痛の色が消えていく。


「……俺、どうなったんだ? さっきまで死ぬほど痛かったのに」


 彼は汚れた顔を手でぬぐいながら、誰に話しかけるともなく声を出した。


「おじさんが治してくれたのよ!……すごい、戦士志望なんて言ってたけど、おじさん神官だったの?!」


 少女がフォローする。神官が治療術を使うという知識はあるようだ。


「そうだよ、トムはすごいんだから!」


 俺が褒められると、ライラは上機嫌でふふんと鼻を鳴らした。


「トム……え、待って、まさか……風炎ふうえんのトム?」


 俺の名前を聞くと、少女は妙な名前を発した。


「風炎の?……人違いじゃないのか?」


 冒険者は、自分自身を売り込むために二つ名を名乗ることがある。特に、ありふれた名前だったり、名字を持てない身分だったりすると、区別のために二つ名をギルドに登録することがあるのだ。よって、「風炎のトム」を名乗る冒険者がいたとしても不思議ではないのだが……。


「いや、絶対そうでしょ! こんな高等な治療術を使えるトムさんなんて、ゴルド様のお付きのトムしかありえないわ!」

「ゴルド卿を知っているのか?! 確かに俺はあの方とともに旅をしてきたが……」


 だいたい話が見えてきた。どうやら俺の知らないところで「風炎のトム」などという呼び名が勝手に付いてしまったようだ。


「うわ、やっぱり本物だ!」

「吟遊詩人の歌う伝説がここに!」


 今度は少女だけでなく、少年も先ほどの痛みも忘れて大興奮している。そうか、詩人たちが俺のことをそう呼んでいたのか。


「かざす右手は聖なる炎、亡者の群れを焼き尽くす! 振るう左手嵐の刃、並み居る悪鬼を薙ぎ払う!」


 二人は声を揃えて、詩の一節らしき部分を歌っている。どうやら俺を歌ったものらしい。


 確かに、俺は神官にしては珍しく《聖炎せいえん》や《風刃ふうじん》といった攻撃系の法術を多く使う傾向があった。だが、それは治療術が比較的苦手だったので、エルとの役割分担の都合上、攻撃に回ることが比較的多かったというだけの消極的な理由で、得意技だったわけではない。


 それが本人の知らないところで歌になっているとはなぁ……。他の5人も歌になっているのだろうか。


「ねえねえ、見せてくださいよ聖なる炎!」

「風の刃も! 見たい!」


 二人は興奮気味に俺にまとわりついてくる。ライラも、どこまで理解しているのかはさておき、まるで自分が褒められているかのように得意げな顔をしている。


「法術は豊穣神の加護の力。必要もないのに無闇やたらに放つものではない」

「ですよねぇ……」


 彼らは理解はしているようだが、あからさまに残念そうに肩を落とした。


「まあ待て。お前たち、俺と一緒にパーティを組まないか?」

「え?」


 彼らは戸惑いつつも、喜びを隠しきれない顔を上げる。


「理由あってな。俺は今ライラ……その子と二人で旅をしている。……ああ、聞きたいことがあるのはわかってる。後で詳しく話してやるから」


 吟遊詩人の歌を通して俺たちのパーティに憧れを持っているからには、俺が離脱した経緯は説明する必要がありそうだ。


「俺自身も、戦士として剣術や弓術を一から習得して再出発しようとしているんだ」


「俺たちも、本格的に活動するなら神官を仲間にしたいと思っていたんですけど当てがなくて……トムさんがいれば百人力です!」

「本当に! まさか、こんな頼もしい仲間がいきなりできるなんて!」


 二人はすっかり俺に懐いてしまった。果たして期待に応えられるだけの実力が俺にあるだろうか。


「ま、詳しい話はギルドの酒場で飯でも食いながらといきたいところだが、まだ日は高いな」


 マスターには日暮れ頃に帰ると伝えてある。今帰っても飯はまだない。


「夕暮れまで稽古といくか。まだ元気はあるな?」


「もちろん!」

 少年が答える。


「わ、私だって冒険者になるんだから!」

 少女が答える。


「ライラも、どこまで動けるのか見せてくれ」

「いいの? 張り切っちゃうよ!」


 俺は1対3で稽古を付けることにした。ゴルド卿のパーティで1年以上も前衛を務めた実力を見せてやる!

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