第11話:訓練《くんれん》

 これから、俺は新人の少年と少女、そしてライラを同時に相手に模擬戦を行う。本格的な打ち合いになるので、3人にはきちんと防具を着せた。簡素だが、革製の甲冑が訓練用に用意されているのだ。これで頭部と胴部、腕、そして膝から下を保護すれば、木剣の打ち合い程度では大きな傷を負うこともない。


「なかなか似合ってるじゃない、オリバー」


 少女が話しかける。少年ことオリバーが着ているのは、胴体だけでなく腰から下まで保護する全身鎧だ。武器も、俺と打ち合っていたときよりも長い両手用の木剣に持ち替えている。


「へへっ、革鎧とはいえ全身武装すると、いっぱしの戦士になった気分だぜ。そういうメリナもな」


 今度はオリバーが、少女ことメリナに話しかける。こちらは胸甲と腕鎧、すね当てといった簡素な防具のみを身に着けている。両手には短い木剣をそれぞれ握っている。なるほど斥候らしいスタイルだと言える。


「私は防具がないほうが動きやすいかな。武器もいらないかも」


 そう言うとライラは空に向かってパンチとキックを繰り出した。武器はもちろん、防具をろくに身につけていなかった。ワンピースをダブレットに着替えただけで、サンダルも脱いで裸足である。頭にかぶった革製の兜で狼の耳を隠し、尻尾は体格の割に大きめのダブレットでかろうじて隠れている。



「せっかくトムにかわいい服を買ってもらったんだもの、駄目にしちゃうのは嫌だもんね」

「そうか、痛くしても知らないぞ」


 武器を持たず、防具すらも最低限で、武装した戦士や魔物相手に戦う格闘術があったと伝えられる。現在においても、武器が失われる等やむを得ない事情で徒手空拳を用いることはあるにせよ、敢えて武器を持たずに戦う冒険者というのは、少なくとも俺は聞いたことがない。


 もちろん、神狼しんろう族であるライラだからこそ、人間には不可能な体術を用いるのかも知れないが。


「あなた、そんな格好で大丈夫なの?」


 メリナが尋ねる。当然の疑問だろう。


「大丈夫。私はこっちのほうが身軽に戦えるから!それと、私の名前はライラね!」

「よろしくね、ライラ!」

「メリナにオリバー、よろしく!」

「ライラか、覚えたぜ!」


 お互いに名前を呼び合う3人に向けて、俺は声をかける。


「よし、準備はできているようだな。どこからでもかかってきていいぞ!」


「それじゃ、まず私から!」


 俺が言い終わるよりも早く、ライラが素足で地面を蹴り、まっすぐに飛び込んできた。速い!


「はぁっ!」


 気合とともに繰り出された左足の跳び蹴りは、俺の胸を真っ直ぐ狙っていた。俺は素早く右に避ける。すると、後方に着地した彼女は、右脚を軸にして勢いを乗せた回し蹴りを放ってきた。すかさず左手の盾で受け止める。木製の盾を覆う革のおかげで衝撃は軽減されているが、それでも結構な手応えが伝わる。


 しかしライラは全く怯まない。この程度の痛みはなんともないようだ。


「さっすがトム! 2発とも防がれちゃうなんて!」

「ライラもすごいぞ。こんな素早い攻撃ができるなんてな!」


 彼女は追撃のチャンスが無いと見ると、後ろ宙返りで俺から間合いを取る。所詮しょせんは素足での攻撃なので、魔物相手に致命傷を与えることは難しいだろう。しかし、基本的な体術の質が高ければいくらでも応用は効く。例えば蹴りはあくまで陽動で、仲間による武器や魔法の一撃と連携して仕留めるという戦術などが考えられる。


「さあ、お前たちも来い!」


 俺は遠巻きに呆然と見ているオリバー達に声をかける。


「よ、よぉし!」


 二人は小声でささやきあうと、まずオリバーが剣を振りかぶりながら突っ込んできた。先ほど2人で打ち合った時と同じような、ひねりのない動きだ。しかし武器の重量が段違いなので、真正面から受け止めるのは難しいだろう。


 俺は横一文字に構えた刀身を、彼の一撃が当たる瞬間に斜めに反らし、右側へ受け流した。


「うおっ?!」

「ちょ、ちょっと?!」


 オリバーの体がよろめいてメリナにぶつかり、二人揃って地面に倒れた。彼女は、俺が剣を振り上げて隙だらけになったかのように見えた右脇腹を狙おうとしていた。


「オリバーはおとりというわけか。なかなかいい戦術だが、さすがにバレバレだぞ」

「ちっくしょう……」

「もう、早くどきなさいよ!」


 オリバーが舌を打つ。そして見せ場が全くなかったメリナが苛立った顔をしている。


「さて、3人とも間合いに入ったわけだが、ここからどう攻める?」


 3対1。数が多いほうが有利のように見えるが、白兵戦で味方を巻き込まずに攻撃をするのは難しい。


「それじゃ、私から行きます!」


 メリナが両手の木剣を握りしめ、俺の正面から左右交互に打ちかかってくるのを剣と盾で受け止める。なかなか鋭い連続攻撃で、重みもある。実戦経験はさておき基礎体力はそれなりにありそうに見える。


「俺も!」


 続いてオリバーが襲いかかる。俺の盾を封じるためか左側からだ。俺は右手の剣を強く押し出してメリナを弾き飛ばした。


「きゃっ!」


 尻もちをついた彼女を横目に、左手の盾でオリバーの剣を受け止めることに専念する。


「えいっ! 喰らえっ!!」


 オリバーは闇雲に剣を振るうが、全て盾で受け止める。そして、一箇所にとどまらずに位置や方向を変えながら立ち回る。オリバーはすっかり翻弄ほんろうされて、ひたすら大振りな攻撃を繰り返すばかりだ。


「ちょっと、自分のことだけ考えないでよ! 私が近づけないでしょ!」


 メリナに目を向けると、オリバーの剣戟けんげきに巻き込まれるのを恐れて攻めあぐねているようだ。ライラも声には出さないものの、いつでも飛びかかれるように身構えつつ、その場でもどかしそうにジャンプを繰り返している。


「そ、そんなこと言ってもよ……」


 味方を巻き込むことを意識すると、自然と単調な縦振りばかりになる。俺はその剣を握る隙だらけの手を、左右とも強く打ち据えた。


「……ってえっ!」


 革製の小手越しでも衝撃は伝わったようで、彼は大剣を取り落としてしまった。慌てて拾おうとするが、その前に俺は大剣を遠くに蹴飛ばしてやった。剣を持った相手の目前で丸腰の状態でかがみ込む。これが実戦であれば致命的な状態だ。


「これが乱戦だ。無闇に武器を振るえば味方を邪魔するし、味方を意識しすぎても力を発揮できない。だからこそ連携が必要になってくるわけだ」


 俺はかつてのパーティを思い出す。出会い頭に放たれるエレナの魔術。ゴルド卿とアランの息の合った斬撃のコンビネーション。俺とエルのどちらかがメイスで攻撃し、もう一方は法術で支援する。そしてイザのマジックアイテムが残った敵にとどめを刺す。


 もちろん常にこの通りではないが、いずれにしても抜群の連携が取れていた。俺が身勝手に抜けた後、新たにフォルンが加わったパーティはきちんと戦えているのだろうか。


「さあ、日が暮れるまで連携の訓練だ。しっかりやれよ!」


 俺は過去の思い出を振り切って、今のことに集中した。大剣のオリバーと双短剣のメリナ、そして格闘術のライラ。この3人で戦うことが今後どれだけあるかは分からないが、性質の異なる前衛3人による共闘を学ぶことは決して無駄ではないはずだ。俺自身の修行はひとまず後回しにして、今日は新人たちのために働くことにしよう。


「うん!」

「おう!」

「はい!」


 俺の号令に応えて、三者三様の元気な返事が返ってきた。まだ、日は高い。

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