第17話:関係《かんけい》

「まさか、金貨32枚にもなるとはなぁ」


 ジャックは足元を見られないように強気に振る舞っていたが、剥製はくせい屋の言い値には二つ返事で首を縦に振ってしまった。傷一つない怪鳥の死体というのは想像以上に需要があったらしい。


「とりあえず5枚ずつの山分け、余った2枚は今夜の食事と宿代ってとこだな」

「ちょっと待って、6人分だとしても金貨2枚は多すぎるんじゃない? 両替すればいいでしょ?」

「こういう時はな、釣りはいらねえって言ってやって景気よく使うもんなんだよ」


 メリナからの当然の質問に対して、ジャックは冒険者の流儀を語る。


 もともと、依頼あるいは自主的な「冒険」によって収得した戦利品は、一部をギルドに納めるという不文律があった。制度化の議論もあったようだが、そもそも武具やマジックアイテムのように換金や分割を前提としない形での収得も少なくない上に、その相場は非常に不安定だ。


 冒険者からの不満も当然ながら大きかったため、結局のところ「割り切れない現金はギルドで使う」ような形に落ち着いてしまったのだ。いずれにしてもギルドの主な収入は外部からの仲介料なので、収得物からのピンハネで冒険者からの心象を悪くするよりはマシだと判断したらしい。


「お待たせ、証明書だよ」


 剥製屋の主人が死体引取の証明書を書き上げた。これをギルドに提出すれば討伐の証明になる。もともとは死体の一部または全体を直接持ち込んでいたのだが、加工の手間や安全面を考慮してこの形になったのである。


「剥製が出来たら競売に出すつもりだが、その値段次第では次はもっと高く買ってもいいね」


 主人は怪鳥の死体を見ながら笑みを浮かべている。その笑顔の理由は、どう加工してやろうかと意気込む職人魂からか、いくらで売れるかを算段する商売心からか。おそらく両方だろう。どんな仕事もそうだろうが、長続きさせるためにはカネもやりがいも両方必要なのである。


「マジかよ! トム、また狩りに行こうぜ!」

「ああ、でもこんな都合のいい獲物なんてそうそういるもんじゃないと思うぞ」


 主人の言葉にジャックははしゃいでいるが、反転回復で仕留められる上に剥製として需要のある魔物が、そうそう都合よく現れるとは思えない。


「そりゃそうだけどよ、チャンスってのは常に目を光らせてないと逃げちまうもんだぞ。これからはお前も一介の冒険者になるんだから、カネにはがめついくらいでちょうどいいんだよ」

「……それは確かにそうなんだけどな」


 神殿での修行中や、ゴルド卿の元で旅をしていた頃は金銭面で不自由することはなかったが、これからは俺一人で稼ぐことを真剣に考えなければならない。


「それに、ライラの面倒だって見なきゃいけないんだろ?」


 ジャックに耳打ちされて改めて考える。ライラは俺にとって何なのだろう。ご主人さま、と呼ばれて慕われているが、使用人というわけでは決して無い。保護の対象のつもりだったが、彼女は立派な大人だと自称している。実力を見ても、冒険者として一人前に活動できるようになる日は遠くはあるまい。


 このまま対等な冒険者同士の関係になり、いずれは独り立ちを見守ることになるのだろうか。……寂しい。この感情は娘を見送る親心のようなものなのか、それとも……。


 **


「戻ってきたぜ! こいつは剥製屋の引取証明書だ」


 ギルド宿に戻ると、ジャックが高らかに宣言した。


「珍しいな、怪鳥を剥製屋に持っていくなんて。……しかも金貨32枚とはな」


 証明書を読んだマスターは取引価格に目を丸くした。それを聞いた周囲の冒険者たちも色めきだつ。


「ああ、でもただの死体じゃ無理だぜ。なんといっても傷一つ付けずに仕留めたんでな」


 どうやって傷をつけずに仕留めたのかは、とりあえず秘密にしておくことにした。反転回復を積極的に使うというのはどう見繕っても外道の戦術であり、下手に真似をしたパーティが壊滅したら洒落にならない。


「ともかく討伐の報奨金として、俺からもささやかだが金貨1枚ずつ出すぞ」


 今回は外部からではなくギルドマスター直々の依頼なので、マスター自身から報酬が支払われる。このような依頼は物質的な報酬よりも名誉、つまりギルド内での評価を高めるために受けるという側面が大きいので、金銭報酬は成果に対して本当にささやかであることが多い。


「新米どもにはこれで装備を整えろと言いたかったんだが、さすがに霞んじまったな」


 マスターは苦笑しながら言うが、それでも新人たちは金貨1枚の重みを噛み締めていた。


「ライラの分ももらえるのか?」


 マスターは、冒険者ギルドの一員ではない彼女にも金貨を手渡した。本来なら外部の協力者という扱いになるので、ギルドからの直接報酬は得られないはずだ。


「ああ、聞いてなかったのか? お前がいない間に登録しておいたぜ」

「……何だって?」


 思わず聞き返してしまったのだが、ライラの実力については昨夜の酒の席で俺が十分に語ってやっていた。あとは本人の意志とマスターの許しさえあれば、冒険者として登録することは可能なのだ。


「あー、昨夜みたいな歓迎の儀式をやってほしかったから黙ってたのに。まあいいか、これからは冒険者仲間だからね、トム♪」


 ライラは満面の笑みを浮かべて俺の元へ駆け寄ってきた。


 *


「ねえねえ、トムとライラってどういう関係なの?」


 酒の席でメリナが尋ねてきた。軽く酔いが回っているようで、今までは聞きたくても聞けなかった質問を飛ばしてきたのかも知れない。


「トムはね、私のことを助けてくれたんだよ。私にとってのご主人さま!」


 俺が答えを選ぼうとしていた矢先にライラが即答した。


「……うーん、それって従者みたいなもの、ってこと?」


 ご主人さま、という発言に戸惑ったのか、メリナは聞き返した。


「そういうのじゃなくてね、私がトムを認めたから付いていくことにしたの。そう言うメリナはオリバーとどういう関係なの?」

「えっとね、小さい頃から同じ村で育って、多分、そう遠くないうちに結婚……すると思う」


 ライラが返した質問に答えたメリナの声は、恥ずかしさからか次第に小さくなっていった。


「なるほど、許嫁いいなずけってやつですか?」


 ポールが二人に尋ねる。


「そんな大したもんじゃねえよ。他に同世代の男女がいないから自然にそうなるってだけの話だ」

「そうそう、男はいるけど私の親戚ばっかりだし、逆に女の子はオリバーの従姉妹いとこしかいないもんね」


 小さい村ならばよくあることなのだろう。相手がいなければ他所から迎えるか、自分が村を離れるしかない。彼らのように同世代で仲がよく、おそらく家どうしの関係も良好な男女が身近にいるのは、むしろ幸運な例かも知れない。


「ねえ、ライラはトムと結婚するとか考えてるの?」

「うん、トムが望むのなら」


 彼女は即答した。


「ちょっと待て、俺たちはついこの前に出会ったばかりじゃないか」


 俺は慌てた。夜の森でライラに出会ってから、まだ3回しか朝を迎えていないのだ。


「わかってる。私も今すぐにとは思ってないし」


「ま、何にせよ無垢な嬢ちゃんと寝食を共にしたなら責任を取るのが道理ってもんだろ?泣かすんじゃねえぞ」


 酒が回ってきたジャックが下世話な笑いと共に絡んでくる。


「だから、ライラとはそういう関係じゃなくてだな……」


 そこまで口にして言いよどんだ。俺とライラとはどのような関係であり、これからどうなることを望んでいるのだろう?


「へえ、お二人はもう長いこと一緒なんだとばかり思っていました」

「俺もだぜ、息も合ってたからな」

「結婚しちゃえばいいのに。もう神官も辞めたんでしょ?」


 若者たちは口々に言う。メリナの一言は無責任ではあるが、確かにその通りである。ライラは俺を慕ってくれるし、俺も彼女のことを愛しく思う気持ちに間違いはない。


「……仲間の旅が一段落つくまでは、そういうことは考えないようにしている」


 俺は心の内を吐いた。


「仲間……まあ今となっては過去の話だが、とにかく仲間たちは今も戦いの旅を続けているんだ。そこから逃げた俺がのうのうと結婚するわけにはいかないだろう」


「……まあ義理立てするのはわかるけどよ、結局お前はどうしたいんだよ」


 数秒の沈黙を破ったのはジャックだった。


「かつての仲間に恥じないだけの力を付けたいと思う。そもそも、今ライラと結婚したところで生活が成り立つかどうかもわからないんだ」

「お前ほどの腕なら十分やっていけるとは思うが……冒険者としての生業なりわいが合うかどうかはまた別問題だからな」


 後ろ盾なしで一介の冒険者としてやっていくには、戦いの腕だけではない気質が求められる。例えばジャックのような抜け目のなさを俺が持っているだろうか。


「いずれにせよ、当分はここを拠点に活動するつもりでいる。また今日のように一緒に冒険に出ることもあるだろう」

「おう、トムがいれば百人力だぜ!」


 オリバーが元気に言う。稽古では俺にさんざん打ちのめされたにも関わらず慕ってくれるのはありがたい。指導により、ふてくされて冒険者の道を諦めたという話は腐るほど聞いている……もっともそんな連中が冒険者になっても魔物の餌になるだけだろうが。


「だから、ライラももう少しだけ待ってくれるか?」

「うん、私なら大丈夫」


 その健気けなげな笑顔が、今の俺にはまぶしすぎた。

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