第8話:組合《ギルド》
「ふむ……やはりこの子のことも『異変』と繋がっておるのかのぅ……」
ライラの話を聞いた神官長殿が口を開く。俺やエルがそうであるように、「異変」と神殿の関わりは小さくない。
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人間の領域に魔物が増えているということを、最初に身をもって体感したのは交易商人たちである。比較的安全であるはずの街道で魔物に襲撃される事件が相次ぎ、その事実は彼らの強固な情報網によって瞬く間に共有された。
そこで、護衛として各地の騎士団(実態としては
騎士団の次に商人たちが目をつけたのは、魔術学院や神殿で修行を積んだ者たちである。武器をも弾く装甲、並の弓矢では手を出せない空中からの奇襲、何度でも蘇る亡者……。魔物との戦いでは、人間同士の戦闘の常識が通用しない場面も数多い。よって、魔術や法術といった超常的な力を身につけた彼らを戦力として起用したのである。
魔術や法術は強大な力ではあるが、人間同士の戦争においては従来あまり重視されてこなかった。行使できる者の絶対数が不足していることに加え、その効果自体も局所的な上に回数も限られている。
例えば、熟練した魔術師であれば炎の嵐を周囲に巻き起こし、並の兵士を一度に十数人は焼き殺すことはできるだろう。しかし無防備な
離れたところから火の玉や稲妻を敵陣に投射することはできるだろうが、そのためだけに熟練した魔術師を雇うくらいなら投石機でも用意したほうが遥かに安上がりでつぶしがきく。ゆえに、魔術師は個人としては驚異的な武力を持ちながらも兵士としては重用されず、もっぱら学問の徒として技術開発や真理追求に勤しむものだとされている。
また、俺たち神官は教義上の理由により、自衛を除けば人間同士の戦いには不干渉を貫いてきた。この戒律に背いてしまえば、神の加護が失われて法術の使用自体ができなくなることもあると聞かされている。そのため、傷病者の治療に手を貸すことこそあれど、戦闘そのものには関わらないという常識が、同じ神を信仰する兵士たちにも浸透している。
しかし、魔物との戦いでは従来の常識が通用しなかった。小規模かつ散発的に発生する戦闘では大型兵器など何の役にも立たない。体一つで状況に応じて様々な魔術を使い分けられるほうがはるかに有用だ。
また、神殿としても人類を守るためという大義のために力を貸さないわけにはいかなくなった。
こうして、魔術や法術を取り込んだ対魔物の戦術が急速に発展していった。従来の兵士が
次の課題は、これら4つの役割を持った者たちをどのように結びつけるかという点である。直接戦闘を
そこで、各組織の人材の情報を管理し、役割の整った護衛隊を編成・派遣する仕組みが誕生することになった。これこそが「護衛ギルド」であり、現在の「冒険者ギルド」の前身である。
*
魔物たちは人類の驚異ではあったが、しかし単なる驚異だけにとどまらなかった。奴らが隠し持っている宝や、奴ら自身の毛皮や
やがて、各組織だけでは
驚くべきことに魔術や法術の使い手に関しても、学院や神殿と無関係なところから少なくない人数が集まった。人知れず修行を積んでいた者たちで、人々を救うため、あるいは自分の力を試すために名乗りを上げたのだ。
いつしか彼らは単なる護衛ではなくなっていた。自ら魔物の領域へと足を踏み入れるようになったのだ。そして、誰からともなく自らを「冒険者」と呼称するようになった。
魔物を追って未踏の山林に踏み入り、砂漠や大海を越え、光の届かぬ深い洞窟さえも手中に収める彼らに人々は憧憬の念を抱いた。自分の技術を活かすために冒険者になるのではなく、冒険者になるために技術を磨く若者さえもはや珍しくはなくなった。
そこで護衛ギルド改め冒険者ギルドは人材の管理にとどまらず、神殿や学院とも連携して訓練・教育を行う大規模な組織へと瞬く間に発展していった。
ギルドは各地に宿(宿泊のみならず情報交換の拠点でもある)や交易所、馬を貸し出す
俺が所属していたパーティはゴルド卿が独自に組織したものであり、もともとはギルドとは無関係であった。しかしギルドの存在が巨大になるにつれ、便宜を図るためにギルドに所属することになった。
幸い、ギルドの設立者とゴルド卿には親交があり、神殿や学院の関係者も所属していたこともあり、特に問題もなく加入が認められた。そして個々の実力や過去の実績により、すぐに王国内でも随一の冒険者パーティとして知られるようになった。
一攫千金でも単なる人助けでもなく、「異変」そのものの解明を目的に冒険を続けているのも俺たちだけである。冒険者が一般人の憧れであるなら、ゴルド卿の率いるパーティは冒険者が憧れる存在なのである。……もっとも、俺はそこから脱落してしまったのであるが。
**
「トムよ。お前はこれからどうするつもりじゃ」
神官長殿が俺に問いかける。書状でも伝えているが、改めて自らの口で伝えることにした。
「……力不足によりパーティからは離脱しましたが、ゴルド卿の力になるという意志は変わりません」
俺は横にいたライラにちらりと目をやってから続けた。
「私やライラに与えられた役割が何であるのか、今はまだわかりません。しばらくはこの地に留まって修行を続けるつもりです」
「ふむ……また、神殿に戻って修行を続けるのかね?」
神官長殿は優しく語りかける。俺は歯を食いしばりながらそれに答える。
「……いえ、私はもう神官としての成長に限界を感じているのです」
才能の限界というのは、他人にはもちろん自分自身にとっても見えるものではない。もしかするとあと1年か2年でも修行すれば、新たな法術に目覚める可能性はあるのかも知れない。
しかし、それでは遅すぎるのだ。俺がこうしている間にも魔物や災害で苦しんでいる人はどこかにいる。
「私は神官としての身分を返上し、戦士として改めて武芸を修める心づもりでいます」
神官としての道を極めることを諦めるのであれば、もう神官ではいられなくなる。俺は懐にしまい込んでいた
「長い間、大変お世話になりました」
しばらくの沈黙の後、神官長殿は重い口を開いた。
「そうか。お前が決めたことならば、わしは何も言わん」
パーティから抜けることを告げた時にゴルド卿から言われたことと、そっくり同じ言葉を告げられた。
「じゃが、豊穣神様はいつでもお前を見守っておるよ。困ったことがあればいつでも力になろうぞ」
その優しい言葉に、俺はこらえていた涙を落とした。
***
【本作独自の用語・用法】
『聖印』
キリスト教における十字架のようなもの。具体的な形状は想像にお任せする(未設定とも)。
それ自体に特別な力があるわけではないが、聖職者のシンボルである。
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