第16話 新たな道

「ん、う、ここは……?」


頭がフラフラする。

意識がまだ完全に戻れていない。

何とか……目を開ける。

すると、その先には白い天井が写っていた。

体が重く──全く起き上がれない。

私は力を振り絞り、体を起こす。

体に痛みはないが、倦怠感があり、左腕には点滴がされていた。


「これは一体どういう事? 私はあの時……」


次の瞬間、扉が開く音がし、そちらに視線を向けると。

二人の男女が入って来る。

一人は白衣を着た男の人。

もう一人はナース服を着た女の方。

二人にはそれぞれ名札が付いていた。


「目を覚ましたか」

「体調はどうですか?」

「え、特には……少し倦怠感があるだけ」

「分かりました」

「もう少し様子見で、入院だな」

「はい、手続きをしておきます」


男の方は無愛想、そう感じ取れた。


「あの音羽……私と歳が、同じ男の子を見ませんでしたが?」


私は恐る恐るながら聞く。

看護婦さんの顔が強張っている。

それとは反対に医者の表情は、何一つ変わっていない。


「自分の彼氏が何処にいるか知りたいか?」

「え? はい」


何この人、感じが悪い──私苦手だな。


「案内してやるから付いて来い」


簡潔に言うと、足早く部屋から出て行く。

看護婦さんが、私に付いている点滴を外した。

外されている時、驚きが隠せなかった。

入院をするならば──もう少し点滴を、するんじゃないのかと。

そんな疑問を解消するように、看護婦さんが説明をしてくれた。


「本来はもう少し付けていた方がいいけど。いまから大分歩くし、言う程点滴をしていなくても大丈夫」

「あ、そうなんです」


看護婦さんの説明を聞いても、不思議でしかいない。

ただ音羽君に会う為には、ここの院内を少し歩かないといけない。

そのくらいだけ理解をした。

私は看護婦さんの後を付いて行く。

音羽君……一体どうしているのかな? 私が気を失うまで、傍に居たのは覚えている。

つうか……お見舞いに来てくれてもいいやん。

少し音羽君に不満を持ち、会った時文句を言ってやろう。

と、考えていた時──医者がある部屋で、止まっている。

それを見た看護婦さんも止まる。

私も同じように足を止めた。


「真昼さん、いまから部屋に入りますけど、取り乱したりしないで下さい」

「覚悟を持って入れ」


看護婦さんと医者の言葉を、聞いて胸騒ぎがした。

まるでこの部屋に入ったら、私の心が乱れるような言い草。

まさか音羽君が女を連れ込んでる? いやないな。

ここ病院だし、音羽君がそんな事する訳がない。

医者と看護婦さんが、部屋の中に入る。

私も部屋の中に入ろうとした。

その時! 私の目に霊安室の看板が止まる。

次の瞬間、体から血の気が引いていく。

恐る恐る部屋に入ると、そこには! 白い部屋にベット一つが、置かれていた。

医者はベットの近くで立っている。


「こっちまで来い」


医者は私を呼び、私は扉の近くで固まっていた。

足が石のように重く、一歩を中々踏み出せない。

医者は催促する事もなく、私が来るのをじっくりと、待っている。

自分の体に力を入れ、医者の元へ歩む。


「いまから見る物は、お前にとっては辛いだろう」


医者に言われるようにベットを見る。

ベットには人が眠っていた。

白い布団を着て──顔には白い布が、掛けられている。

医者は布を取る。

次の瞬間、私の胸──心臓がドクン、ドクンと脈が打つ。


「なんで! なんで……音羽君が!?」


私は声を荒げる。

霊安室、ベットに眠っている人物。

そこでいくらでも分かった! だけど私は信じたくなかった。


「なんでなんで音羽君が!」


嗚咽が止まらず、ひたすら音羽君に言葉を掛ける。

返ってくる事はない。

そんな事は分かっているが、言葉を掛ける事しか出来なかった。

その時、黙っていた医者が口を開く。


「真昼……君の病気、天花症候群は完治した」

「え? それはどういう事ですか!?」


私は医者の言葉に深く動揺をした。

だが、疑問が少しあり、それを声を荒げて医者に聞く。


「言葉の通りだよ」


言葉の通り? 意味が分からない! 理解ができない。

医者は続けて言う。


「お前の心臓とそこの小僧の心臓を移植した」


私の心臓と、音羽君の心臓を移植? じゃあ音羽君は……!?


「まさか私のせいで」

「それは違う。この小僧が望んでした事だ」


私は理解すると、体から力が抜け、膝から倒れ込む。

私の目尻から涙が溢れて来る。


「う、う、うわぁぁ」

「あの真昼さん……」

「いまはほっとけ」

「分かりました」


医者と看護婦さんは部屋から出て行った。


「ねぇ音羽君。何で死んじゃうのよ! 私は君に生きて欲しかった!」


私の言葉は部屋に響く事しか、なかった。

もう言葉を返してくれないと、実感すると涙が止まる事がない。

泣くだけ泣いて──私の意識が薄れていく。


「……ここは?」


目を覚ますと、そこには音羽君も──部屋もなかった。

あるのは一面に広がる花畑。

花畑の中に一人の影が見える。

その影は、私の知っている人物のシルエット。

と、一緒、影の元に歩みを進めようとする。

でも、その影は段々と遠のいて行く。


「ねぇ行かないで! 音羽君!」


音羽君の名前を呼んだ瞬間。

私は目を覚ます。

すると、ユッキーが私の顔を覗き込んでいた。


「よかった真昼!」


ユッキーは泣きながら、私に抱き付いて来る。

状況が理解出来ていない。

私は先まで霊安室に居った筈。

なのにいまは病室にいる。

そして病室にはユッキーが居って、私に抱き付いてる。

情報量が多すぎて──処理が出来ない。

一つ一つ情報を処理する事にした。


「なんでユッキーがここに?」

「奏に連れて来られたんだよ」


奏と言う名前を聞くだけで、全身に鳥肌が立って行くのが分かる。

なんであの人が……私の居場所を知っているの!? 恐怖に飲み込まれそうになる。


「真昼落ち着いてね? 彼奴はここにいない」

「奏……くんはいない?」

「そういない!」


ユッキーの言葉を聞き、私は冷静になっていく。

あの人がいないならば、それだけで充分。


「彼奴……音羽の事は聞いたよ。彼奴らしい選択だったね」

「ユッキーは知っていたの?」


私の問いにユッキーは顔を合わせない。

あ、ユッキーも知っていたのに、私に教えてくれなかった。


「でもね真昼」

「出て行って!」

「でも真昼」

「出て行け!」


私はユッキーに初めて怒声を上げた。

ユッキーは渋々部屋から出て行った。


「なんで誰も音羽君を止めなかったの?」


私、一人が生きてても意味なんかない。

生きるならば音羽君、一緒に生きてよ! 私の手にポツリと、冷たい物が滴れる。


「え? 水?」


何が滴れたのか一切分からず、不思議に思い。

近くにある、鏡を見ると、私は泣いていた。


「可笑しいな、私ってこんなに泣き虫だったけ?」


自分しかいない部屋で一人呟く。

また再び、私は涙枯れるくらいまで泣いた。

約十数分経った時、扉をノックする音が聞こえる。


「真昼さん、渡したい物があるので入ってもいいですか?」


扉越しで看護婦さんが、私に声を掛けて来た。

言葉を返すか躊躇ちゅうちょしたが、返事をし、入って貰う事にした。


「はい、どうぞ」


看護婦さんは私に、一つの大きめな箱を渡して来た。

その箱を受け取り、見ると、字が書いてある。

その字に身に覚えがあり、私は口に出していた。


「これは音羽君の字!」


何で音羽君の字が書いてある箱を、看護婦さんが持ってる? 私が疑問に思っている。

と、看護婦さんは答えた。


「それは君の彼氏から預かった物だよ」

「音羽……君から?」


何で音羽君は看護婦さんに、これを渡したの? このプレゼントの中に答えがある。

と、期待し箱を開ける。

箱の中には手紙と、小さい箱があった。


「私はここでお暇するね」


看護婦さんは言うと、部屋から出ていった。

多分、私に気を使ってくれたのだろう。

まず手紙を見ると、当たり前だが、音羽君の字。


『真昼。この手紙を読んでる頃には俺はきっと死んでいるだろう』


これは音羽君が生前に書いた手紙。

音羽君は自分が、死ぬのが分かって、この手紙を残した。

手紙を持つ手が、震えているのが分かる。

だが、そのまま手紙を読み続ける。


『お前の傍に居て上げれなくてごめん。俺、本当は真昼が大好きであるが、大嫌いでもある』


大嫌いと言う文字に、胸にグサッと刺さる。


『でも、真昼には生きて欲しい。俺の心臓で俺の分まで生きてくれ、小さい箱を見てくれ』


そこで手紙は終わっていた。

結局音羽君が私に伝えたかった事が、分からなかった。

だけど、私は指示通りに箱を開ける。

そこには指輪が合った! 指輪を箱から取り出す。

と、指輪には字が刻まれていた。


「K・M」


イニシャルが刻まれていた。

何故K・Mなのかは分からない。

指輪を付け、目を瞑る。

と、そこは病室ではなく、目を覚ます前に見た。

高大な花畑が映り、そこに身に覚えがある。

一人の少年がいる。


「よ、真昼!」


聞きなれた声が聞こえ、私は走り出し、音羽君に抱き付く。

勢いもあり、そのまま音羽君と一緒に倒れた。


「いきなり飛び付くな……まぁ無理だな」

「何で私を残して死んじゃうの!?」


私は感情的になり、声を荒げ、音羽君を強く抱き締める。

霊安室で触った時と違い、体温を感じる。

生きていると実感が出来る。


「ごめんな、俺は真昼と同じで、奇病の合併病がある。俺は蛙殺現象」


その言葉を聞いて、私は手紙の意味を理解した。


「だったら私が死んで上げた!」

「それはダメだ、真昼は今まで辛い人生を送ってきた。だったらこれから幸せになってくれ」


「私は音羽君と一緒に生きたい!」

「それは無理だ。お前は俺の分まで強く生きてくれ」

「怖いよ、奏君だっているんだから」

「大丈夫……俺の事を信じてくれ」

「分かった」


音羽君は本当にずるいな。

でもそれが音羽君らしい、この時間が永遠に続けばいいのにな。


「指輪って見たか」

「うん、見たよ。あのイニシャルって何?」

「ん? 黒羽真昼」


音羽君の言葉を聞いて、私の顔に熱が帯びる。


「真っ赤になった」

「バカ!」

「痛たた、なぁ真昼。雪ノ宮の事、あんま攻めてやるなよ」

「分かっているよ。いずれ話すよ」

「彼奴は俺を嫌い、お前を大事にしてる」

「うん、そうだね。欲を言うと、もう少し仲良くして欲しかった」

「……そろそろ時間だな」


時間……もう音羽君に会えない? 


「嫌だよ! まだ一緒にいたい」

「ごめんな真昼。一緒にいて上げれなくて、でも俺はお前を見守っている」


音羽君は言い終わると、私を強く抱き締め。

口に柔らかい感触が合った。


「じゃあな真昼愛しているよ」


音羽君の言葉を最後に目を覚ます。

と、そこには医者と奏君。

それにユッキーがいた。

ユッキと奏君は何か言い合いを、している。


「真昼は俺が守ってやる」

「黙れ消えろ!」

「お前らここは病室だ。静かにしろ」

「ユッキー」


私の言葉で三人は振り向く。

奏君と目が合うと、怖い。

でも、いつまでも引きづっては駄目。


「消えて奏君。私の人生に君は必要ではない!」

「え、でも」

「くどい! 消えろ!」


奏君は何も言わず、部屋から出て行った。

後はこの人と、話を付けないと。


「萩原先生」

「お前の言いたい事は分かっている。小憎を手術で殺した俺が今後どうするのか、だろう」

「はい」

「そろそろ俺も終わりだな。お前の望み通りにしてやる」


萩原先生は私の言葉を、聞く前に出て行った。

……あれから一週間が経ち、私は病院を退院をし、いまは墓の前にいる。

萩原先生はタブーである。

生きてる人間の心臓を移植をし捕まった。

判決は無期懲役。


「音羽君、私頑張って生きるね。これから辛い事があるかもしれない。だけど音羽君の分まで生きる」


音羽君に伝えて、私が後にしようとした時!

「またな」

背後から声が聞こえた気がした。

後ろを振り迎えても誰もいない。


「音羽君……また来るね。私の事を見守ってね!」


これから私にはいろんな事が待っている。

ここでは立ち止まってはいられない。

音羽君が繋いでくれた。

この命──精一杯、生きないと失礼だ。

またいずれ会おう、私が愛した人。















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大嫌いであり愛しい君の死を望む 黒詠詩音 @byakuya012

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