第2話 怪異研究部へようこそ

「怪異研究部って・・・・・・名前からして怪しいな、それ」

 

 翌日の朝、零は教室で昨日の高月先輩の件を時道と飛男に話していた。


「部長が美人だっていうのが更に怪しさに拍車をかけているぜ」

「そ、そうかな・・・・・・?」


 時道の言葉に、隣に居た飛男もうんうんと頷きながら


「ひょっとしたら怪しいカルト宗教の勧誘とかかもしれねぇぜ。 ああいう連中は勧誘する際に美人を使うんだよ。 お前みたいな彼女居ない歴=年齢みたいな寂しい奴をコロッと落とす為にな!」

「う、うーん・・・・・・」

「もしくは、怪しい儀式でもしていて、生贄でも探してるのかもしれないぞ」

「ああ、怪しい台座にくくり付けられて、悪魔に魂を捧げられたりな」

「それって怪異っていうか、ただの黒魔術じゃない!?」


 そもそも怪異っていうのは所謂都市伝説とか、怪談とか怪奇現象とかそういう類の事だろう。 クラスに一人はそういうオカルト好きが必ず居るものだ。 高月先輩はそうだったとしても別に不思議はない。

 

「まぁ、どうしても気になるっていうなら俺らも止めはしねーけどよ。 あんまりヤバそうだったら止めとけよ?」

「うん、わかったよ」

「だが・・・・・・美人・・・・・・美人か・・・・・・うーむ」


 飛男が腕を組んでなにやら考え込んでいる。


「何だよ、飛男。 さっきはあんな事言ってた癖にオメーも気になってるのかよ?」

「当たり前だ! 部活内容には一ミリも興味ねーが、美人の部長とやらは超気になる。 美人が嫌いな男なんざいねぇ!」

「お前が一番引っかかりそうじゃねぇか・・・・・」

「うるせぇ!」


 口喧嘩を始めた二人を苦笑しつつ見つめながら、零は怪異研究部の事を考えていた。 高月先輩の誘いに乗ってみるべきだろうか?

 答えが出ぬまま先生がやって来て、学校での一日が始まった。



「こっちでいいんだよね・・・・・・?」

 放課後、先輩から貰った勧誘チラシを手にしながら零は怪異研究部の部室へと向かっていた。 チラシに書かれた案内によると、校舎の二階の一番奥の部屋だ。

 「怪異研究部」と書かれたドアの前で立ち止まり、軽く深呼吸をする。 扉を軽く二回ノックする。


「どうぞ」


 扉の向うから返ってきた声は、間違いなく昨日の放課後に聞いたあの声だった。 もう一度深呼吸をする。


「失礼します」


 扉を開けて、部室の中へと踏み出す。


「やぁ、キミかい。 待っていたよ」


 椅子に座って本を片手にした高月先輩が、僕の姿を見て微笑む。


「えっと・・・・・・今日はとりあえず見学のつもりで来たんですけど」

「ああ、ようこそ怪異研究部へ。 お茶を入れるからその辺に腰掛けて待っていてくれるかい?」


 お言葉に甘え、空いている椅子に腰掛ける。

 雫が急須の中の茶葉を交換し、電気ポットにお湯を注いでる間に部室の中を軽く見回す。

 部室自体は狭く、本棚が3つ程と、長机が一つ、そしてノートパソコンが乗った机が一つあるだけだ。


 (想像していたよりも普通の部室だな・・・・・・)


「想像していたよりも普通の部室だな・・・・・・って思ったかい?」

「えっ!?」

「顔に出てるよ?」

「す、すみません・・・・・・」


 湯飲みとコーヒーカップが乗ったお盆から、湯飲みの方を零の前に置きながら、雫はクスッと笑った。


「まぁ、怪異研究部なんて名前だからね。 怪しい場所を想像するのも当然かな。」


 零はごまかすように出されたお茶を一口啜った。


「あの・・・・・・他の部員の方は・・・・・・?」

「居ないよ。 私一人さ。」

「え?」


 長机を挟んで零と向かい合う形で先輩が腰掛ける。 お盆に残ったコーヒーカップを自分の前に置き、ミルクを入れてスプーンで混ぜていた。


「新しい部員が入部する事もあったが、どれも長続きせずにあっという間に辞めていったよ。 何度かそういう事を繰り返し、今じゃ誰も寄り付かなくなってしまった。」

「・・・・・・そうなんですか」

 

怪異研究部。 名前の怪しさばかりに囚われていたけが、具体的にはどんな活動をしているのだろうか。 部員が定着しないというならそれなりの理由があるはずだ。


「そういえば、キミの名前を聞いていなかったね。」

「はい。 一年生の筆上 零です。」

「筆上君だね。 よく来てくれた、歓迎しよう

 先輩が嬉しそうに微笑む。

 何故かこの人に見つめられると、自分の考えている事が全部見透かされているような錯覚に零は陥っていた。


「あの、怪異研究部って具体的にはどんな活動を行っているんですか?」

「ああ、名前の通りだよ。 私はここで怪異の研究を行っているんだ」 

 そう言うと、雫は零に一つのファイルを差し出した。 受け取って、中身を読んでみる。

「『耳そぎ婆さん』、『ひき子さん』、『カシマレイコ』・・・・・・」

「今まで私が私が調べ、研究した怪異のリストだ。 まぁ、大抵の物はただの噂なんだけどね」

「大抵の物・・・・・・というのは・・・・・・?」

「当然、本物の怪異も存在するという事さ」


 雫はそう言いながら、コーヒーを一口啜った。


「信じられないかもしれないが、この世に怪異は実在する。 おかげで色々と危ない目にも遭ったよ」 

 冗談を言ってるような口調には聞こえない。 先輩は大真面目に語っているようだった。

「あの・・・・・・さっき新入部員が定着せずにすぐ辞めてしまうって言ってましたけど、その理由ってもしかして・・・・・・」

「うん、本物の怪異に遭遇したのが原因さ」


 ふぅ、と雫が大きくため息をつく。


「怪談やオカルト好きな生徒というのはこの学校にも結構居てね。 入部した際は怪異の調査なども楽しそうにしてくれる。 調査などにも付いてきてくれて、その結果例えそれがただの噂だったとしても、残念そうな顔はしても文句を言うような部員も居なかった。 だけど・・・・・・」

「本物の怪異に遭遇した途端、皆辞めてしまうんですね?」

「うん。 本人達は怪異や怪談に興味はあるけども、実際に存在するとは思っていないのが殆どさ。 いざ本物に遭遇し、危険に晒されるような目に遭えば、当然心も折れる」

「それは・・・・・・仕方が無いんじゃないですか?」


 オカルト好きの人間はたくさん居るけども、その中でも本気で怪異の存在を信じてる人間は少数だろう。


「うん、仕方が無い。 本物の怪異に遭遇して喜ぶような人間が居たとたら、それは狂人か変態だろうから」


 ・・・・・・それならば、何で先輩は怪異研究部にいるんですか? という質問が零の口から出そうになったが、慌てて飲み込んだ。 


「筆上君は、怪異に興味はあるかい?」

「全く無いわけではありません。 テレビやインターネットでその手の話を見かけたらついついチェックはしちゃいます」

「ふむふむ、人並みの興味の興味はあるという事だね」

「・・・・・・だけど同時に、怖がりで臆病な性格という自覚はあります」

「大いに結構。 臆病な方が怪異に遭遇しても生還しやすい」


(そもそも臆病な人間は怪異なんかに首突っ込んだりしないと思うけど)

 

普通の人間ならば安全な場所であくまでネタとして楽しむのが普通だろう。 そもそも零自身、雫に直接声でもかけられなければここには来なかっただろう。


「それで、どうだろうか筆上君? 一度体験入部でもしてみないか?」

「体験入部・・・・・・ですか?」

「ああ。 私自身は新たな部員は咽喉から手が出るほど欲しいというのが本音なのだが、かと言ってあまりに強引な勧誘はしたくない。 そこでしばしの間ここの部活を体験してもらい、その後に正式に入部するか改めて決めてもらうというのは?」


 雫がまっすぐ零を見つめて来る。 大抵の男ならこうされただけで何でも従ってしまうような危険な輝きを放った瞳だ。


「・・・・・・よろしくおねがいします」

 

 零は気づけば首を縦に振っていた。 

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