第7話 生還
サイレンが鳴り響く。
江藤邸の前に停車している何台ものパトカーや救急車のランプが、辺りを赤く照らしていた。
「思ってたより疲れたわー」
ふぅ、とお裂けがため息をついた。
「あの、お裂けさんは大丈夫なんですか? 大分刺されてたみたいですけど?」
「うふふ、あの程度だったら大丈夫よ。 忘れたの? 私は口裂け女。 そう簡単にはやられたりしないわよ。 それよりもこっちの方が腹立つわ!」
お裂けの着ていた服にはあちこち穴が開いていた。 江藤夫人の包丁で滅多刺しにされたせいだろう。
「あー! あいつが生きてる人間だったら弁償させたのに! お気に入りだったのよ、この服!」
「・・・・・・・災難でしたね」
「事務所ならともかく、何か起こるかわからない現場にお気に入りの服なんか着ていく方もどうかしてるだろ」
零のの横に座りながら、後足で頭を掻きながらポチが呟いた。
「ぐっ・・・・・・・ポチの癖に正論吐くじゃない! そうねぇ、これからは事務用の服と現場用の服で分けた方がいいかしら?」
「今回は刃物だったから穴が開く程度ですんだけどな、火を使うバケモンが相手だったりしたらどうするよ? 服全部燃やされて、口裂け女のヌードーショーが始まっちまうぞ。 想像しただけで吐きそう」
「失礼な犬ね・・・・・・。 こう見えてもスタイルには自信があるのよ! 首から下はモデルにだって負けないわ!」
「だが、首から上がそれを全部帳消しにするレベルじゃん。 あ、そうだ! モザイクかけようぜモザイク!」
「このクソ犬うぅぅぅぅぅ! 膾《なます》にすんぞコラァァァァァァ!?」
全速力で逃げるポチと、それを包丁片手に追い回すお裂けの姿を零は苦笑しながら見つめていた。
「賑やかだね、あの二人は。 いや、正確には一人と一匹か。 それとも人面犬の場合は人で数えるのが正しいのだろうか?」
「あ、先輩」
救急車で手当てを受けていた雫が戻ってきた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、おかげさまで大した怪我もないし、気分が悪いという事もない。 特に変な呪いをかけられたというわけでもなさそうだ」
「呪いって・・・・・・」
「たまに居るんだよ、そういう性質の悪いことして来る怪異がね」
何人もの警察官や鑑識が、江藤邸の中を出たり入ったりしている。
「・・・・・・助かったのはいいですけど、警察にはどう説明すればいいんでしょう?」
まさか都市伝説の江藤夫人が実在して被害者を浚っていたので、自称異世界転生者の魔王とその助手の口裂け女と人面犬と一緒に戦って倒しました、なんて説明するわけにもいかない。 頭がおかしいと思われるのがオチだろう。
「ああ、その件については心配いらないよ」
「えっ?」
「見てご覧」
雫が指差した先には、二人組みの刑事を話している魔王の姿があった。
「・・・・・・江藤夫人なんてモンまで現れてやがったのか」
年齢は五十歳前後に見える、中年の刑事が眉間に皺を寄せている。
「しっかりしろよ、アンタらの地元でもっとも有名な怪異の一つじゃねーか」
「灯台下暗し・・・・・・地元ゆえに気がつかなかった、という所でしょうか」
こちらはまだ三十前に見える、若い刑事だ。
「何の言い訳にもならんがな、こっちも手が足りん。 あっちもこっちもという訳には中々行かん」
「まぁ、アンタらは特殊だからな。 それよりも、今までの失踪事件とやらがここの化け物の仕業だったなら」
魔王が横目で江藤邸をちらりと見る。
「大騒ぎにになるぜ。 これから」
「でしょうね」
若い方の刑事がため息をつく。
「あれだけ連日報道されている事件です。 被害者の数も多い。 隠し通すのは難しいでしょう」
「やれやれ、骨が折れるな・・・・・・お?」
中年の刑事が雫の姿に気づき、若い刑事を伴ってこちらに歩いてくる。
「久々だな、お嬢ちゃん。 無事で良かった」
「お久しぶりです、長谷川警部」
どうやら雫とは知り合いのようだった。
「災難だったな」
「ええ、今回は正直危ない所でした。 彼のおかげで助かったようなものです」
「ほう?」
長谷川と呼ばれた中年の刑事が零の顔をまじまじと見つめる。
「君が魔王達に助けを求めた少年か。 お手柄だったな」
「い、いえ、僕は何も・・・・・・。 確かに助けは求めましたけど、それだけです。 ここに来てからは怯えてずっと逃げ回っていただけですし」
「それでも、君がこうしてくれなければ私は命を落としていたかもしれない。 改めて礼を言うよ、ありがとう」
雫が零の顔を真っ直ぐ見つめて微笑む。 零は顔が熱くなってくるの感じた。
「それはそうと兄ちゃん、今回の件は他言無用で頼むよ。 色々と面倒な事になるからな」
長谷川警部が零に念押しする。
「あの、警察は今回の件を信じてくれるんですか? 怪異に襲われた何て普通はとてもじゃないけど信用してくれないと思うんですけど」
「ああ、普通ならな。 だが、俺達は『普通じゃない』んだ」
「え?」
「筆上君、長谷川さん達は今回の様な事件を専門とした警察官なんだ」
「それってつまり・・・・・・」
「公にはされていないし、知ってる人間もごく限られている。 が、そこの魔王達とは結構長い付き合いでね」
「・・・・・・」
怪異専門の捜査機関、そんな物が実在していたとは。
「まるでドラマみたいですね。 現実感がまるでありません」
「だろうね。 だが、これがドラマの様な作り話ならどれだけ良かった事か」
「・・・・・・」
雫は幸運にも助かった。 だけど、他の17人の行方不明者・・・・・・江藤夫人による被害者は未だに見つかっていないのだ。
「今日はもう遅い。 ご家族も心配しているだろうから、君達は家に帰った方がいい」
「そうだな。 おーい、お裂け! こいつらの事送ってやってくれ」
「はーい、了解」
ポチの首根っこを掴み、ずるずると引きずりながらお裂けがやってくる。
「さぁ、帰ろうか、筆上君」
「はい、先輩」
こうして、零の初めてにしてはハード過ぎる怪異体験は幕を閉じた。
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