第6話 救出

零は広い屋敷の中をポチと一緒に無我夢中で逃げ回り、気づけば酷く腐臭のする部屋に辿りついていた。


「な・・・・・・なんだろう、この部屋は?」

「酷い臭いだな。 俺のフンの臭いの方がまだマシだぜ」

「うっ・・・・・・」


 鼻が曲がりそうな悪臭に思わず吐きそうになってしまう。



「お裂けさんや魔王さんは無事でしょうか?」

「あいつらは大丈夫だ。 そう簡単にはくたばらねぇさ。 問題は俺達だ」


 零はは無力な人間。 ポチは一応お裂け同様有名な怪異ではあるものの、戦闘能力は皆無だ。

 まずい。 今の状況で江藤夫人に見つかったら一巻の終わりである。 何としても魔王達と合流せねばならない。

 そう思って別の場所へと移動しようとしたその時だった


「・・・・・・その声は、筆上君かい?」

「!? 上月先輩!?」


 姿を隠す為に消していた懐中電灯のスイッチを入れ、声がした方向を照らす。


「やはり君か」

「先輩!」


 そこ居たのはやはり雫だった。


「良かった・・・・・・・無事だったんですね!」

「ああ、何とかね」

「よう、嬢ちゃん、久しぶりだな」

「ああ、ポチ。 君も来てくれたのか」


 当たり前の様に人面犬と挨拶を交わす雫。


「先輩が行方不明になったって聞いたから、例の事務所に連絡を入れて早速やって来たんです」

「そうか、ありがたい。 だが、この状況はあまり良くないようだね」

「ああ、家の中に入った途端いきなり襲われたからな」

「・・・・・・ポチさんが思い切り叫んだからせいですよね?」

「ああ、こっちにまで聞こえてきたよ、あの叫び」


 ふぅ、と呆れたように雫はため息をついた。


「だが、正直助かったよ」


 雫は部屋の中にある古ぼけたテーブルに目を向けた。 卓上には蠅がたかっている腐肉の様な物が盛られた器が何枚も並べられていた。


「どうやらここは食堂らしい。 あれを無理矢理口に入れられる所だったんだ」

「あれって・・・・・・・」

「江藤夫人が可愛い娘に食べさせる為に作った手料理さ。 最も、まともな人間が食べられるものじゃないがね」

「らしいな。 あんなモン犬でも食わないさ」

「確か伝わっている話では、江藤夫人は連れ込んで子供に自分の手料理を食べさせようとして・・・・・・」

「そう、拒絶した場合は殺される。 だが、口の中にねじ込まれる前にポチの叫び声が聞こえたのでそっちにすっ飛んで行ったよ」

「なるほど、つまりオレのおかげか。 もっと誉めろ。 ワンワン!」

「・・・・・・その代わり僕達がピンチになってますけどね」

「とにかくここから脱出しよう」


 雫がそう言った直後だった。


ギシ・・・・・・ギシ・・・・・・・ギシ・・・・・・・


 廊下が軋む音がした。

 零達は顔を見合わせた後、音がする方向に一斉に振り向いた。


「ワ・・・・・・タサ・・・・・・ナイ・・・・・・」

「あ・・・・・・あ・・・・・・」


 江藤夫人が赤く染まった包丁を持って立っていた。


「ハルコチャンハワタサナイィィィィィィ!」

「うわあああああああああああああ!?」


 江藤夫人が包丁を振りかざしながら、零達に向かって飛びかかってくる。

 ポチはテーブルの下に滑り込むように避難し、零は真横に飛び込むようにしてギリギリ攻撃を避けた。

 攻撃を避けられた江藤夫人は休む間もなく零の方向へとに顔を向ける。

 雫の事は自分の娘だと思い込んでるから、殺す気は今の所無い。 ポチは上手い具合にテーブルの下に身を隠している。

 と、なると次に襲われるのは確実に僕だ。

「ワタサナイワタサナイワサタナイワタサナイ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!!!!」

 

 呪詛の言葉を吐きながら、零に包丁を向けてくる。 身体が動かない。

 

 観念した零は目を瞑った。



 ガチャン。



「・・・・・・!?」


 床に何かが落ちる音がした。

 江藤夫人がゆっくりと音がした方向に視線を向ける。


「生憎、私は生きた人間なんでね。 こんな物は食べられないよ」


 雫がテーブルの上にあった江藤夫人の『手料理』が盛られた器を、中身ごと床に落としていた。


「先輩・・・・・・!」

 

 江藤夫人の料理を拒否する。 その行動が意味する事はただ一つ。


「ジャ・・・・・・ナイ・・・・・・」


 江藤夫人の身体が小刻みに震えている。


「ハルコチャンジャナイィィィィィィィ!」


 絶叫を上げ、包丁を振りかざし雫へ向かって突進する。

 まずい、あの距離では逃げられない!




「わたし、綺麗?」



 唐突に横から聞こえてきた声に、一瞬江藤夫人の意識がそちらに逸れた。 その一瞬の隙を突いて、何かが江藤夫人に飛びかかった。


「お裂けさん!」

「オラアアアアアアア! このババァァァァァ! 観念しろやぁぁぁぁぁあ!」


 マスクを取り外し、耳元まで避けた口を露にしたお裂けが、吼えながら江藤夫人に包丁を突き立てる。

 暗闇の中を二人の女性型の怪異が互いに包丁を振りかざしながら取っ組み合うという凄まじい光景が繰り広げられていた。


「すげぇな、これ。 まるで映画みたいだな。 録画しときたい位だ。 スマホ持ってない?」

「暢気な事言ってる場合ですか!」


 テーブルの下にいたポチの首根っこを掴んで引きずり出す。


「先輩、今の内に!」

「ああ、行こう!」

 零が雫の手を掴んで、一緒に走り出す。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 背後から江藤夫人の金切り声が響き渡る。

 零達が逃げるのを察知したらしい。


「まずいな! お裂けを捨てて追ってくるぞ!」

「ふむ、どうやら私はよっぽど彼女を怒らせてしまったようだ」


 今の江藤夫人の最優先のターゲットは雫に切り替わったようだ。

 噂によれば、夫人の差し出す料理を拒絶すれば殺される。 このままでは最悪の結果になってしまう。

  

「最悪、私が囮になるしかないか」

「駄目ですよ、先輩!」

「しかし、このままでは全滅するだけだ」

「でも・・・・・・・!」

「君を巻き込んでしまったのは私だ。 だからそれでいいんだ」


 そう言って、雫は寂しそうに微笑んだ。

 ・・・・・・確かに現状ではそれしか手段はないのかもしれない。 だとしても。

 それだけは絶対に受け入れられない。 絶対に。


「アアアアアアアアアアアアアアアア!」


 江藤夫人が猛スピードでこちらに迫ってくる。 追いつかれる。

 雫が立ち止まり、振り向いて江藤夫人と向き合う。

 零が足を止めて振り向き、雫に向かって手を伸ばす。 

 駄目だ、届かない。 届いたとしても何も出来ないのはわかりきっている。 それでもそうせずには居られなかった。




「調子こいてんじゃねぇぞ、バケモン」


 江藤夫人の包丁が雫の顔に突き立つ直前、紫色の腕が江藤夫人の顔面を思い切りぶん殴っていた。


「アアアアアアアアアアアア!?」


 悲鳴を上げながら、殴られた江藤夫人が勢い良く床に叩きつけられた。


「さっきはよくもやってくれたな! 何度も刺しやがって! 元魔王じゃなかったら死んでたわ!」

「魔王・・・・・・さん!?」


そこにはあちこちから血を流した魔王が立っていた。 全身に包丁を突き立てられたのか、来ていたスーツもボロボロだ。

 

「すっごい血が流れてますけど!? 大丈夫ですか!?」

「俺は元魔王だぜ! この程度傷の内には入らねーよ! ほっときゃ治る! あ、でもやっぱ結構痛いわ!」

「だろうな、舐めてやろうか?」

「やめろ! 人面犬なんかに舐められたら余計悪化するわ! あ、イデデデデデ!」


 そう言って顔をしかめる魔王。 とりあえず傷の割には大丈夫そうである。


「気をつけて! 起き上がるぞ!」

 雫の声にその場に居た全員が江藤夫人を見る。

 床に叩きつけられた彼女はすでに起き上がってこちらを睨みつけていた。


「シネシネシネシネシねシネシネシネシネシネシネシネシネシネ死ね!」

「同じ言葉を何度も繰り返してんじゃねーよ。 九官鳥か、テメーは」


 魔王が腕を江藤夫人に向かって突き出す。

 掌が青い光に包まれている。 玄関で最初に遭遇した際に放った光よりも、何倍も明るい光だ。


「溜め完了! 逝けやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 叫び声と共に掌から太い光の帯が放たれ、江藤夫人に直撃する。


「これは・・・・・・・!?」


 江藤夫人の身体が青い光に包まれ、徐々に飲み込まれていく。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 耳をつんざくような江断末魔が響いた次の瞬間、光に包まれていた夫人の身体は完全に消滅した。

 

 魔王がポケットから煙草を取り出し、口に咥えて火をつけた。


「本日の依頼、これにて完了」


 口から美味しそうに煙を吐きながら呟いた。

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