第1話 全ての始まり

 この春、筆上零は高校受験を終えて、地元の「車海老くるまえび高校」に無事に入学した。

 地元で最も歴史の長い高校で、良くも悪くも普通の学校でこの町で育った人間にとっては最も無難な進学先だった。 全く新しい環境で期待と不安がごちゃまぜになったような気持ちで始まった高校生活だったが、中学時代の仲の良かった友達も何人かは一緒だったのが心強かった。


「なぁ、零。 お前部活はどうするんだ?」

 

 入学してから数日経った日のお昼休み、中学からの友人である末海時道《すえうみときみち》が零に尋ねる。


「部活かぁ・・・・・・今の所は何も考えてないぁ。 時道君は?」

「俺もまだ何も決めてないな。 あちこちから声は掛かっているんだけどな」

 

 今は先輩達による新入部員の勧誘ラッシュの時期だ。 校舎の出口から校門に至るまでの道中にあらゆる部の部員達がひしめいており、あらゆる手段で勧誘をかけている。


「新入部員が欲しいのはわかるんだけどさ、あまりに勧誘の仕方が強引だとイメージが悪くなるし、入部する気も無くなるよね・・・・・・?」

「本当それな。 特に運動部系は性質の悪い連中が多過ぎるぜ」

 

 一昨日など、時道は野球部にしつこく勧誘されて中々帰らせて貰えなかったし、零に至っては柔道部の先輩にそのまま担がれて拉致されそうになった。


 「おい、飛男。 お前はどうするんだ?」

 

 時道が隣で焼きそばパンを齧っているモヒカン頭の少年に尋ねた。


「ああ? 俺ぇ?」

 

 彼は福山飛男。 時道同様中学時代からの零の友人だ。 中学入学時代からずっとあのヘアスタイルであり、担任がどれだけ注意しても絶対に変える事は無かった。強面で口は悪いし腕っ節も強い一見完全な不良なのだが、かといって学校をさぼったり煙草を吸ったり非行に走っていた訳でもない。 モヒカン頭と成績があまりよろしくない事を除けば別にそこまで問題児だという訳でもない。 そんな不思議な生徒が飛男だった。


「俺が部活なんかやるわけねーだろ。 面倒臭いしよぉ。」

「・・・・・・まぁ、オメーの場合そもそもどこも勧誘に来ないしな」

「どれだけ勧誘でごった返していても、飛男君が来た時だけ道が出来るからね・・・・・・」

「うるせぇ! いいじゃねーかよ別に!」


  あれだけあらゆる手段を取って新入部員を確保しようとしている先輩方も、少なくとも外見は不良丸出しの飛男の勧誘をする気は無いらしく、むしろ接触自体を避けたいのか我先にと道を空ける有様だった。 おかげで零と時道は昨日からは勧誘攻撃を避ける事が出来ているのだが。


「今の所は俺達全員帰宅部か?」

「うーん・・・・・・」

 

 中学の時は生徒は全員何かしらの部活に入部する事が校則で決められていたので、本が好きな零は文芸部、運動神経の良い時道君陸上部に所属していた。 飛男は一応サッカー部に所属していたが、活動自体には一切参加せず幽霊部員だったようだ。


「まぁ、焦る事もないか。 中学の時みたいに強制されてるわけでもねぇし、気に入った所があれば入部すりゃいいか」

「時道君は陸上はもうやらないの?」

「ああ。 陸上自体は別に嫌いなわけじゃねーけど、もしやるなら新しい事を始めるのも良いかなって思ってよ。 零はどうするんだ?」

「僕は運動は苦手だし、まだ決めたわけじゃないけど入るならやっぱり文芸部とかかな」

 

 特に惹かれるような部活ないなら、無理せずに帰宅部でも構わない。 読書なら家でも出来る事だから。


 その日の放課後、時道は部活見学に出かけ、飛男は用事があるらしく一人でさっさと帰ってしまった。 零は部活動の勧誘攻撃を避ける為に、しばらく校舎の二階にある図書室で本を読んで過ごす事にした。

 読書に夢中になっている内に、外は夕焼けで染まる時間になっていた。 本を読んでいると時間はあっという間に経ってしまう。

 気になっていた本を数冊、貸し出しカードを記入してカバンの中に詰め込んでから零は図書室を出た。

「流石にこの時間なら先輩達の勧誘攻撃も終ってるかな?」

 

 階段を降りて一階の出口に向かおうとしたその時だった。


「そこのキミ、ちょっといいかな?」

「はい?」


 背後から声をかけられて後ろを振り向くと、そこに一人の女子生徒が立っていた。 黒く艶やかな長髪に、明らかに僕より高い身長。 細く長い美しい手足に、思わず視線が釘付けになってしまいそうな程に豊かな胸元。

 気づけば零は彼女に見入っていた。


「キミは新入生かな?」

「は、はい! そうですが・・・・・・」

 

 日頃から女性との縁が無い零は、今まで目にした事も無いような美人に話しかけられて思わず上ずった声で返事をしてしまう。

 

「突然呼び止めてしまってすまないね。 一つ聞きたいのだが。部活はどこに入るか決めたかい?」

「部活・・・・・・ですか?」

 

 どうやら部活の勧誘らしい。


「ああ。 勧誘なら本来放課後に入ってからすぐに外でやるのが一番効率がいいのだが、生憎私は人ごみが嫌いでね。 こんな風に校舎内で細々と勧誘活動をしているのだよ」


 そう言って先輩は、手に持っていた部の勧誘チラシらしき紙を零に手渡して来た。


「・・・・・・怪異研究部?」

「興味があったら是非見学に来てくれないか? 私は部長の高月雫《たかつきしずく》だ。 待っているよ」


 先輩・・・・・・高月先輩はそう言うと僕に背中を向けて去っていった。 僕はその姿をまるで呆けたように見つめていた。

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