第11話 惨劇の跡

「こりゃひどいな」

 発生した事件を聞きつけてやって来た、特殊課所属の長谷川雷蔵は、周囲を見回して呟いた。


 S県の山間部にあるT村。

 近年少子化が進む地方の例に漏れず、この村も年々過疎化が進んでいた。 何とか外部から若者の移住を促進しようと色々と手を打っていたようだが結果は芳しくなかったらしい。 だが、もはや現在の村の状況はそんな心配などする必要がなくなっていた。


「生存者は?」

「今の所見つかっていません。 行方不明者も含めてですが」


 

長谷川と共にやってきた霧雨克弘が答えた。 集落は全体が台風と大地震が同時にやって来た惨状になっていた。 住居や商店などありとあらゆる建物には良くて亀裂、酷い物は倒壊している。 村のあちこちを大人数の警官が忙しそうに走り回っていた。

 事件が発覚したのは二日前の午前10時ごろ、いつもの様に村にやってきた郵便配達員が発見者であった。 村に近づいてくにつれて異様な悪臭が漂ってくるの事に気づいた。 訝しく思いながら村に到着すると、目には行って来たのは現実と思えぬ惨状。 半壊している建物。 あちこちに転がる住民たちの凄惨な死体。 半狂乱になりながら警察に通報したという。

 通報を受けた警察も、内容があまりに現実離れしていた為に「悪戯電話か?」と疑っていたそうだが、声があまりに真に迫っていたので半信半疑のまま現地に向かった所、まさに通報通りの惨状だったので、大規模な捜査本部が立ち上げられた。 犯罪捜査史上、ここまでの大量殺人事件は例を見ない。 とても地方の一県警の手に負える物では無いのは目に見えていた。


「戦前に発生した有名な津山事件でも死者は三十人だったな。 住民が丸ごと死んだり行方不明になった事件など例が無いだろう」

「はい。 しかも銃や日本刀が凶器として使われた津山事件と違って、被害者の遺体の状態が異様です」


 見つかった遺体の多くが原型を土留めぬ程損壊していた。 巨大な何かに押しつぶされた様な物や、獣に食いちぎられた様な遺体が村中に転がっていた。

 発見された遺体の中には村の駐在も含まれており、彼の遺体が握りしめていた拳銃には発砲した痕跡も見受けられていた。


「デカい熊にでも襲われたか?」

「建物を倒壊させ、村人の過半数を食い殺す熊ですか? そこまで行ったら怪獣ですよ」

「まぁ、ありえないよな。 が、その『ありえない』はずの出来事を俺達は今まで散々目にして来ている」

「ついでに言うと、村の周辺で熊の死体も見つかってるそうです」

「熊の?」

「ええ。 村人同様、身体の一部を何かに食いちぎられた跡があるようですが」

「熊が食われたと? ますますありえないな」


 日本国内で陸上最大の肉食動物と言えば熊である。 その中でも頂点に立つのはヒグマだが、生息してるのは北海道だ。 内地にいるのはヒグマに比べて小柄のツキノワグマしかいないが、それでもプロのハンターでもなければまともな人間が立ち向かえる相手では無いのは確かだ。 その熊を食い殺せる動物など日本にはまず存在しないだろう。


「じゃあ、人間の仕業かと言われると、どう考えても個人で行える犯行ではないな」

「個人が無理ならば集団による犯行の線はどうでしょう?」

「何からのテロ集団や、過激派カルトの線か。 だが、それならば銃や刃物、もしくは化学兵器の類を用いるはずだ。 だが、その類の痕跡は」

「見つかっていません、ね」

「そもそも、俺達にお呼びがかかった時点で、な?」


 例えどれだけ異常な事件であると、それが人間の仕業だとはっきりしているならば、長谷川達に出番は無いはずなのだ。 特殊課は扱う事件が事件なだけに、その存在を知る物は警察関係者でもごく一部に限られる。 捜査本部に顔を出して自己紹介した際はその場に居た殆どの警察関係者が怪訝な顔をしていたが、責任者である本部長だけが色々と察したようであった。 

 

「この世のモノの仕業ではありませんね」

「だな」


 長谷川はポケットから煙草を取り出し、一本咥えて火を付けた。 煙草を吸って健康に良い事など何一つ無いのは知っているが、こればっかりは止められない。 これから自分達がやらねばならぬ事を考えると頭が痛くなりそうだった。


「今回の奴は相当厄介だぞ。 ここまで大規模な被害を出す奴は久々だ。 何が襲ったのかをまず調べにゃならんわけだが、生存者が一人も見つかって居ない以上、聞き込み捜査すらままならん。 被害がこの村に留まっている以上、この土地にゆかりのある怪異の仕業だろうが」

「・・・・・・実は気になる事が一つあります」

「何だ?」

「先程S県警の捜査官の方に聞いたのですが、この村内には一つだけ廟が存在するそうです」

 

 地方によってはその土地特有の土着神などを崇めている事は特に珍しい事は無い。 だが、現代では信心深い老人世代も亡くなりつつある事もあり、徐々にその傾向は薄れつつある。 だが、それでも何らかの伝承は若い世代にも伝わっていくものであった。


「村人の生存者は見つかっていませんが、今回の事件の第一発見者である郵便配達員は村の住民達とも上手くやっていたそうで。 その廟に関しても住民から聞いて知っていました」

「何だ? 何を祀っているんだ?」

青児あおご、住民は様を付けて青児様と呼んでいたそうです」

「青児様か。 やはり土着神の類か?」

「恐らくは」


 それならばこの惨状も頷ける。 たかが土着神の類とは言え、神である以上はその力は相当な物であるはずだ。

 だが、同時に疑問も浮かぶ。 土着神とはその土地に住む住民に根付くものであり、住民を皆殺しにするなどと言う事は余程の怒りを買わねばまずはありえない事だ。


「住民は神の怒りを買う何らかの禁忌タブーを犯したという事になる」

「その辺りの事をもっと詳しく調べないといけませんね」

「ああ。 しかし、あまりに情報源が少なすぎる」

「第1発見者にもう少し話を聞いてみたい所です。 市内に住むまだ何か知っている事があるかもしれません」

「そうだな。 捜査本部に提案してみよう」


 結論からいうと、その願いは叶わなかった。 捜査本部からは許可は下りて、本人に連絡を取った所「今日は無理だが、明日の午後ならば時間を作れる」という話だったのでこちらから訪ねる約束をこぎ着ける事が出来た。

 

 だが翌日、その配達員は遺体で見つかった。 自宅は半壊し、その遺体は村人同様何かに食いちぎられた様で、上半身が残っていなかったという。 

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