第12話 土着神

 連休が明けてから5日目、放課後の怪異研究部の部室で、零と雫はスマートフォンに表示されているニュース記事に釘付けになっていた。

 

「これは凄まじいな」

「ちょっと信じられませんね・・・・・・」


 S県T村で発生した惨劇は報道機関にうよってセンセーショナルに伝えられた。 地方の集落の村人達が何者かに一夜にして惨殺されるという怪事件。 新聞もニュースもこの事件で持ち切りな状態である。 


「ニュースでも言ってましたけど、警察は個人じゃなくてテロ組織とかカルト団体による大量殺人を疑ってるみたいですね。 一夜であれだけの人数を殺害するなんて個人では不可能だって」

「・・・・・・そもそも犯人は本当に人間かな?」

「え」


 雫の言葉に零の顔がサッと青くなる。 


「例え何らかの組織が関与しているにしたとしても、村一つを滅ぼす程の殺戮を行うのは容易では無い。 例え銃火器等で武装していたとしてもだ。 大量殺戮を行うならば爆発物や化学兵器をを使った方が効率は良いはずだが、それらが使われた形跡は今の所見つかっていないと聞いている」

「そ、それはそうですけど」

「犠牲にになった村人達の遺体は凄惨その物だったらしいが、銃や刃物、爆発物や科学兵器が使われた跡も無く、どちらかというと人間に襲われたというより、獣に襲われた状況に近かったそうじゃないか。 それにテロだったとしても、生存者が一人も居ないのはどう考えても異様だと思わないかい?」


 確かにどんな大規模なテロだったとしても、一人や二人は逃げ延びて村人が居ると考えるのが普通だ。 遺体すら見つかっていない行方不明者も多数存在しているそうだが、今の所見つかってはいないようだ。 

 さらに、まるで大きな地震でも発生したかのように、住居や商店などの建物まで倒壊したり半壊した物があるという。 しかし、事件発生当日に地震が起きたという記録は無い。 

 とにかく、あらゆる面で不可解な事が多すぎる事件である事は確かである。 そしてこの様な悲劇ほど世間の人間にとってはエンタメ化しやすい。 テレビで流れているワイドショーだけはなく、ネット上でも様々な推理が不特定多数の人間によって行われていた。 その中には「祟りや呪いの類の仕業」と主張する者も当然居る。


「先輩は今回の事件が怪異の仕業であると思ってるんですか?」

「あくまで予想だけどね」


 零の顔がますます青くなる。 以前の零ならそんな事言われても即座に否定しただろうが、既に零は江藤夫人という怪異に遭遇してそれらが世の中に実在している事を身をもって知っている。 そんな零の表情を見て、雫はふふっと小さく笑う。

 雫は立ち上がると急須に茶葉を入れてお湯を注ぎ、数分まってから二つの湯飲みにお茶を入れる。 そのうち一つを零の前に置くと、自分も一口お茶を啜ってから続けた。


「人の仕業にするには不自然な部分があり過ぎる。 それにああいう地方の集落には何かしらの特有の信仰があったり、土着神が居たりするのも珍しくないからね」

 

 雫の話を聞きながら零はお茶を一口啜る。 真っ青になっていた顔色に少し気色が戻る。


「土着神って・・・・・・神様ですよね? 神様だったら村人を守ってくれるんじゃ?」

「いや、そうとは限らない。 所謂土着神と呼ばれる存在には特殊なタイプが多い。 例えば『元々は祟りを為す存在だった者が、敢えて神として祀り上げられた事によって逆にその土地を守る守護神になった』という話は各地に存在する。 例えば平将門や菅原道真等が特に有名だね」

「あっ、それなら僕も聞いた事があります」

「そして、そういうタイプの神は守ってくれると同時に祟りもするんだよ。 村人達の信仰が厚い内は恵みをもたらすが、何らかの│禁忌タブーを犯すと災厄をもたらす」

「先輩は今回の事件は村人が土着神に怒りを買ったのが原因だと?」

「あくまで可能性の一つだよ。 しかし、気になるね。 調べられる物なら調べてみたい」

「いやいや、冗談でしょう? 本当に祟り神だったらどうするんですか!?」

「私達は怪異研究部だよ、筆上君。 研究対象としてはちょうど良いと思うのだが?」


 お茶を飲みながら澄ました顔で平然と言う雫。 雫の心臓は鋼で出来ているんじゃないかと零は思う。


(江藤夫人に拉致された時も怯えた様子が全く無かったもんな)


 あんな目に遭えば常人だったら一生モノのトラウマになるはずである。 実際零自身はあの時の体験は一生忘れられないだろう。 江藤夫人ですらあんなに恐ろしかったのに、土着神の怨霊など相手にしたらそれこそ何が起きるかわからない。 何が何でも阻止せねばならない。


「そもそも地方の土着神なんてそれこそ現地に行かないと調べるなんて無理でしょう! それよりもっと身近な物を調べませんか。 えっと、例えばトイレの花子さんとかどうです?」

「ああ、花子さんなら以前会ったよ」

「え」

「そういえば最近見てないな。 機会があれば君にも会せてあげよう」

「・・・・・・」


 別の方向で地雷を踏んでしまったのでは? と、零は頭を抱えた。 

 その時、コンコンと部室のノックする音が鳴った。  零は首を傾げた。 学校では色物扱いを受けている怪異研究部を尋ねて来る人物など居るはずもない。


「どうぞ」と、雫が返事をすると、扉がガラガラと開いて女子生徒が一人入って来た。。


「失礼します」


零はその顔に見覚えがあった。 クラスメイトではないが教室の前の廊下で幾度も見かけた顔だ。 おそらく自分と同じ一年生だろう。


「あの・・・・・・怪異研究部の部長の高月先輩ですか?」

「ああ。 君は? 何か私に用事でも?」

「は、はい。 私は一年生の│小島美琴こじまみことと言います」


 そう言って美琴はペコリと頭を下げる。 


「あの、突然お尋ねしてすみません。 実は高月先輩に相談に乗って欲しい事があるんです」

「相談? 私にかい?」


 雫と零は顔を見合わせた。 雫は学校では色んな意味で有名な人物ではあるが、交友関係は極めて狭い。 零も自分以外で雫とまともに喋っている生徒は見た事がない程だ。 普通、何が悩みがあったとしてもそんなタイプの人間に相談など持ち込まないだろう。 つまり、彼女が持ってきたのは普通の相談では無い。 そして、ここは怪異研究部である。 考えられる事は一つしかない。


「怪異絡み、という事かな?」

「はい。 あの、先輩も知っていると思うんですけど、S県のT村で起こった事件に関して何ですが・・・・・・」


 零は目を見張った。 まさか、ここでT村の話題が出るとは。 それもこんな他人に持ち込まれるという形で。

 雫が興味深そうに目を細める。 


「勿論知っているよ。 ニュースはそれで持ち切りだからね。 君・・・・・・小島さんはあの事件と何か関係が?」

「はい。 実は私の両親は二人ともあの村の出身なんです。 今年のゴールデンウィークもあそこに帰省していたんです」

「えっ!?」

「詳しく聞かせて貰えるかい? ああ、遠慮なく座ってくれ。 今、お茶を淹れよう」

 

 雫は新しく湯飲みを一つ用意し、急須から茶を注いで美琴に渡す。 受け取った湯飲みから美琴はお茶を一口啜った。 緊張していた表情が幾らか和らいだようだ。 ふーっと、一息つく。


「その・・・・・村をあんなにした犯人の事なんですけど、実はお父さんが気になる事を言っていたんです」

「気になる事?」

「はい。 ニュースを見ながら一言、『青児様』って・・・・・・」

「青児様?」


 零の背中に悪寒が走る。


「はい。 T村に祀られていた神様・・・・・いや、怪物でしょうか」


 零の顔がサーっと青くなるのを雫は横目で確認すると、悪戯っぽく笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る