第13話 青児様


 明治時代、日露戦争が終わった頃の話である。 S県T村には│平山清吉ひらやませいきちという少年が住んでいた。 清吉には二人の幼馴染の女の子がいた。

 一人は│福田律子ふくだりつこ、もう一人は│曽山花そねやまはなといった。 三人とも仲が良く、いつも一緒に遊んでいた。

 だが、律子も花も清吉に恋をしており、同時に三角関係でもあった。

 成人すると、清吉は律子と結婚した。 その時既に律子は妊娠していたというのだから、所謂「出来ちゃった婚」である。

 それを知った花は己の首を掻き切って自殺した。 発見された時は自宅の自室で血まみれになって倒れていたという。

 遺書も発見されたが、そこには血文字で清吉と律子に対する呪い言葉が書かれており、何やら呪いの儀式の様な物を行った跡があったという。

 清吉も律子も花の死に愕然としたが、亡くなってしまった物はどうしようもない。 妊娠した状態では尚更お腹の子にも響く。 残酷かもしれないが、二人は少しでも花の事を忘れようと努めた。

 それからしばらく時が経ち、律子は臨月を迎え、めでたく一人の男子を出産した。

 が、この男子の姿が異様であった。 全身の肌が青く、目は血の様な赤色、さらにまるで獣のような牙まで生えていたという。 出産に立ち会った村医者も産婆も目を瞠った。 泣き声はまるで獣の様に野太かったという。

 さらに悪い事に、赤ん坊は村医者に飛び掛かり、その喉に食らいついて殺してしまった。 どう考えてもまともではない。

 この話を聞いた村人達は「花の呪いだ」と噂し合い、一刻もこの赤ん坊を殺すべきだと主張した。

 しかし、どんなに化け物のようであろうと、母親にとっては自分の腹を痛めて産んだ大事な我が子である。 律子は断じて拒否したが聞き入られず、父親である清吉は赤ん坊の首を絞めた後、村の墓地に埋めた。  村人たちは安堵したが、これを切っ掛けに律子は精神を病んでしまう。

 さらに数日後、赤ん坊の墓が何者かに掘り起こされているのを清吉は発見する。 一体誰の仕業か? 清吉は村人達に問い詰めたが名乗り出る者は居なかった。

 さらに異変は続く。 村の周辺で狸や猪、イタチなどの獣の食いちぎられたような跡がある死骸が次々と発見されるようになる。 村人達は「熊の仕業か?」と思い、猟師に頼んで村の周囲を警戒してもらうようになるが、後に熊の死骸まで発見される。 他の獣同様食いちぎられた様な跡がある無惨な死骸であったという。

 熊を食い殺す獣とは一体何だ? と、村人はますます不安に駆られた。 村人達は日本刀や猟銃で武装した自警団を組、交代で警戒に当たるようになった。

 それから一月程経った頃、犯人が姿を現した。 真夜中に警戒中だった自警団の村人が村の中を四つん這いで移動する6mほどもある巨大な影を発見する。 持っていた提灯でその影を照らすとその姿が露わになった。

 全身青い肌に真っ赤な目をした、まるで巨大な赤ん坊の姿をした怪物である。 ここで村人は確信した。 これは律子が産んだ赤ん坊だと。

 当然、村は蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。 自警団達が武器を持って立ち向かうも、ある者は腕で殴り殺され、踏みつぶされ、中には捕まって頭から丸かじりにされて食い殺される者も居た。

 村人たちが絶望する中、怪物の前に飛び出しす人影が居た。 それは清吉の妻の律子であった。 

 律子が化け物の前に立つと、微笑みながら両腕を広げた。 化け物は嬉しそうな笑い声をあげると、それに答えるように律子を抱えて抱きしめた。 どうも律子が自分の母親であると理解しているようであった。

 だが、大の男を殴り殺せる腕力を持つ怪物である。 強く抱きしめられたら無事では済まない。

 律子はそのまま全身の骨を砕かれて息絶えたが、その際悲鳴一つ上げず顔は微笑んだままだったという。 村人たちはその光景を茫然と眺めていた。

 怪物は己の母親を抱きしめたまま動かなかった。 その隙を突いて村人の一人が怪物に灯油缶を投げてその全身に油を浴びせて、火を付けた。

 全身火だるまになった怪物は苦悶の声を上げ、その場をのたうち回った。 

 その内動かなくなり、火が消えるとその場には炭化した怪物と律子の亡骸が残った。 村人達はその場で怪物と律子を一緒に埋めた。

 事件はそれで終わったかに思われたが、その後も真夜中にどこからか野太い泣き声が聞こえるようになった。

 村人達は「あの怪物の魂がまだ村の中を彷徨っており、母親を恋しがって泣いているのではないか?」と噂しあった。

 妻子を失った清吉は、それを聞いて腕のいい人木彫り職人に律子そっくりの木彫りの人形を作った。 さらに二人が葬られた墓に廟を作り、そこに律子そっくりの人形を供えると、夜中に聞こえていた泣き声は静まったという。

 村人たちは怪物を「肌の青い赤子」だった事から、「青児様」と呼んで村内で土着神として丁重に扱って鎮めるようにしたという。



「これが私が両親や祖父母から聞いた青児様の伝承です」

「ふむ、明治時代か。 土着神としては随分近代の話なんだね。 しかし興味深い」


 美琴の話を聞き終えた雫は、右手を顎の下につけながら呟いた。


「でも、その話を聞く限り青児様ってのはずっと悪さをしていないんだよね? それなら何で小島さんのお父さんは今回の事件を青児様の仕業だと思ったんだろう? 何か理由が?」

「はい。 話によると青児様が今まで大人しくしていたのは母親そっくりの人形のおかげらしくて、その人形には一切手を触れない、廟から持ち出さないというのが村の決まりだったようです」

「・・・・・・では、その人形が何者かに持ち出されたと?」


 美琴は頷いた。


「しかし、小島さん。 現在T村は警察が捜査して立ち入り禁止だろうし、住民も現在は生存者が見つかっていない状況だ。 一体誰から人形が持ち出されたという話を聞いたんだい?」

「それなんですが・・・・・・」


 雫の問に美琴は一旦言葉を切ると、意を決したように雫に向き合って続けた。


「私達が田舎から帰った後、父の旅行鞄の中にこれが入っていたんです」


 美琴は下げていたバッグの中から一つの木彫りの人形を取り出した。

 零の背中に悪寒が走る。 嫌な予感がした。


「これってまさか・・・・・・」

「はい、それがその人形です」


 零の顔がますます青くなった。

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