第15話 臭い

「落ち着いたかい?」

「・・・・・・い、一応は」


 立ったまま失神した美琴を事務所内に運び込み、応接間のソファーに寝かせると、程なく美琴は意識を取り戻した。

 しかし、目を見開いた瞬間、顔を覗き込んでいたポチと目が合ったため再び失神。 お裂けに蹴られたポチが吹っ飛んで壁に激突する音を聞いて再び目を覚ました。 また気絶する前に雫が美琴を落ち着かせ、この事務所がどんな場所なのかを簡潔に説明する。


「魔王に、口裂け女に人面犬が営んでいる退魔事務所・・・・・・」


 美琴は自分の頬をつねって痛みを感じるのを確認する。 零はそんな美琴を苦笑しながら横目で見ていた。 



「夢じゃ、ないんですね」

「ああ。 私はとある事件がきっかけで彼らと知り合った。 以来、私自身に手に負えない怪異に巻き込まれた時は彼らに相談する事にしているんだ」

「はい、どうぞ」

「あ……どうも」


 お裂けが美琴の前に緑茶の入った湯飲みを置く。 美琴が気絶してる間にマスクを着けたので、裂けた口は完全に覆われている。

 緑茶を啜って一息つく。 美琴はようやく平常心を取り戻したのを感じた。


「で、今日は何の用だ?」


 3人と机を挟んで対面する形でソファーに座っている魔王が、口に煙草を咥えて火を着ける。 ポチは裂け子に蹴られた横腹が痛むのか、部屋の隅でぐったりしていた。


「実は現在、私達はとある怪異に関わっています。 青児と言う怪異に」

「青児?」

「魔王所長はT村の事件をご存じで?」

「ああ、今ニュースでやってるヤツだろ?」」


 雫は美琴が怪異研究部にやって来た経緯を魔王に話した。 T村は美琴の両親の故郷であり、連休中に帰省していた事。 そこには青児様と呼ばれる凶悪な土着神の様な存在が祀られていた事。 そして、その青児様を鎮める為の人形が何故か美琴の旅行鞄に入れられていた事。


「・・・・・・で、今回の事件は大事な人形を持ち出された青児様とやらが犯人だと、そう言いたいわけだな?」

「確証はありません。 しかし、今回の様な村一つ滅ぼすような大量殺人を、碌に証拠も残さずに起こせる人間や組織がそうそう居るとは思えません」

「確かに不気味な事件よね、あれ。 あんな惨劇が起きたのに手掛かりは殆ど無くて、捜査には相変わらず進展無いみたいだし」


 お裂けが持っていたスマホでニュースを確認しながら呟く。


「村人の死体が村中に転がってて、家屋や店まで損傷してたらしいじゃねぇか。 まるで怪獣にでも襲われたみたいだな」


 部屋の隅で寝ていたポチが起き上がって、話題に加わりながらこちらに向かって歩いて来る。 若干体がふらついているのは、裂け子に蹴られたダメージがまだ残っているのだろう。


「まぁ、何であれ俺達に調査を頼むなら依頼料を貰わないとな

「依頼料・・・・・・ですか」

「こっちも商売なんでね」


 前回の江藤夫人の事件では金の話が全く出ていなかったのを零は思い出した。 後になって雫が払ったのだろうか。 しかし、人ならざる者と関わる危険な仕事である。 普通の学生が気軽に払えるような額ではないであろう事は想像に容易い。 そういう点でも雫はまだまだ謎が多かった。

 


 魔王が口から煙草の煙を吐き出すと、煙草の先端を机の上の灰皿に押し付けた。  左手で無精髭が残った顎をポリポリと掻くと、二本目の煙草を取り出す。


「と、言いたい所なんだがな。 実は昨日、長谷川から電話があってな、もうすぐここに来る」

「長谷川さんって確か、江藤邸の事件の時に会った怪異事件を専門に担当している刑事さんですよね」

「ああ、そうだ。 怪異絡みの件で相談があると言っていた。 S県でやっかいな事件が発生したとな」

「! それってまさか・・・・・・」

「もし、お前達の持ってきた話が長谷川達の管轄なら、金の心配はいらねぇな」


 魔王がそう言い終えた直後、来客を知らせるインターホンが鳴り、お裂けがバタバタと玄関へと向かっていく。 客間に戻ってきた時には二人の見覚えのある男達を伴っていた。


「おや、君達は」

「どうも、長谷川さん。 霧雨さん」


 雫と零が入って来た男達に会釈するのを見て、美琴も倣うように頭を下げた。



「そうか。 青児様か」

「長谷川さん達が捜査していたのは、やはりT村の事件で間違いないですか?」

「ああ、間違いない」

「では、青児様の事も既にご存じで?」

「名前だけはね。 だが、それ程まで危険な存在だとは知らなかった。 情報が欲しかったが、如何せん生存者が居なかったものでね」


 「生存者がいない」という言葉に、美琴はぐっと何かを堪えるかのような表情をして顔を伏せた。 それを見た長谷川は頭をポリポリと掻きながらばつが悪そうに「すまない」と呟いた。 美琴にとっては今まで何度も言った事のある両親の故郷である。 父方、母方の祖母は勿論のこと、他にも親しい人間が何人も居た事だろう。 それがたった一晩で皆殺されてしまったのだ。  その心中は察するに余りある。

 霧雨はコホンと一度咳払いすると、長谷川の代わりに話を引き継いで続ける。


「今回の事件の第1発見者は村に郵便物を配達する50代の配達員の男でした。 長年T村に配達をしていて村人達とも親しくしていたらしく、彼も青児様については知っていた様です。 なので、彼に直接青児様に関しての話を聞かせてもらう約束をしたのですが・・・・・・」

「何かあったんですか?」

「殺されました。 我々と会う予定だった日の前日の深夜に」

「えっ!?」

「何だと?」

「遺体は何か大きな物体に潰されたかのように無惨な状態でした。 ここで思い出したのはT村の犠牲になった村人にも似たような状態の遺体がたくさんあった事です」


 零と雫と美琴は互いの顔を見合わせた。 魔王は眉間に皺を寄せながら顔をしかめている。


「ちょっと待って。 その第1発見者っていうのは村に配達をしてただけで、村人ではないんでしょう?」

「ええ、彼は仕事として長年T村に関わり自体は持っていましたが生まれはT村ではありません」

「じゃあ、その殺しは怪異とは無関係なのかい?」


 ポチの問いかけに長谷川は首を振って否定した。


「偶然と呼ぶには遺体の状態が以上過ぎる。 人間の手で行われたならわざわざあんな真似する必要が無い。 さらに言うと被害者の家の一部がまるで車でも突っ込まれたかのように大穴が相手損壊しているんだが、目撃者が誰も居ないんだ」

「周辺の住民で、被害者の悲鳴や家の壁に穴が空いた時の破壊音を聞いた人は居たのですが、犯人の姿を観た人は誰も居ないのです」

「音や声は聞こえたけど、姿は見えない?」

「ええ。 被害者が『化け物!』と叫ぶ声は聞こえていたらしいのですが」


 妙な話である。 幾ら深夜とはいえ、家の壁を破壊されるような轟音に加え悲鳴まで聞こえたならば、いくら眠っていても飛び起きて確認しに行く住民が出てもおかしくない。 実際、異変に気づいた複数の住民が警察に通報している。

 だが、警察が駆け付けた頃にはすでに手遅れであった。


「どういう事なんだろう? 青児様の姿は人間には見えないのかな?」


 零の意見に雫はふむ、と一言呟いてから答える。


「しかし、被害者が『化け物!』と叫んでいたのならば、彼には青児様の姿が明確に見えていたんじゃないかと私は思う。 青児様の姿を見るには何かしらの条件が必要なんじゃないかな?」

「条件、ですか?」

「小島さんは何か心辺り無いかい?」

「いえ、私も青児様に関しては例の伝承位しか知らなくて・・・・・・」

「実を言うとな、話はこれで終わりじゃ無いんだ」

「えっ?」


 全員の視線が長谷川へと集中する。 まだ何かあるらしい。


「その翌日には同じS県のI市、さらにその翌日には隣県のT県内でも酷似した状況の殺人が連続で発生している」

「連続で? どういう事よ?」

 

 裂け子が目を瞠る。


「しかも、それも青児様とやらの仕業なら、奴さんはとっくにS県の県外に出ちまったって事だな」


 ポチの推測にその場に居た全員が静まり返る。 一晩で村を一つ壊滅させる怪異が解き放たれたと考えると背筋が凍り付くような感覚に零は襲われた。 先日関わった江藤夫人に比べても遥かに厄介である。


「青児とやらは無差別に人間を襲っているのか? それとも被害者に共通点でもあるのか?」

「そこだよ、問題は。 あったんだよ一つだけ」


 長谷川がポケットから煙草を一本取り出してライターで火を付けようとするが、オイルがもう無いのか火が付かない。 魔王の顔に視線をやるとすぐに察したのか、自分のポケットから100円ライターを取り出して長谷川に投げ渡す。 長谷川は煙草に火を付けて、一度煙を吐き出してから続けた。


「I市で殺された被害者は元々T村の出身者。 T県で殺された被害者は生まれは違うが3年程T村で暮らしていた事があったんだよ」


 そして、例の配達員は仕事で毎日の様にT村に通っており、青児様の事も知っていた。 T村の惨事の後に起こった殺人の被害者もT村に深い関わりがあったという事になる。


「わかったぜ。 臭いだ」


 全員の視線がポチの顔に集中する。


「青児様ってのは大事にしてた人形がとやらが持ち去られたらから怒り狂ってんだろ? だからまずは自分達を祀っている村人達を皆殺しにしたわけだ。 犯人は村の中の誰かと思って」

「しかし、村人は誰も人形を持っていなかった」


 雫の言葉にポチは頷いた。


「だから今度は村の外に居る『T村の臭いを発してる奴』を狙いに定めた。 発見者の配達員は毎日の様にT村を訪れてたから村の臭いが強く染みついていたんだろう。 だから村人と同様に殺された」

「青児様の姿を見た目撃者が居なかったのは」?」

「T村の臭いが強く染みついてる人間でしか青児様の姿を見る事は出来ないのかもしれん」

「じゃあ、奴は人形を見つけるまで、全国に居るであろうT村の出身者や、強く関りを持っていた人間を片っ端から殺しまわるって事か?」

「それが事実ならば、いくら警察といえどもお手上げです。 全国の該当する人物を探し出して全員警護するなど不可能です」

「だけど、このままじゃさらに犠牲者が膨れ上がるわ!」


 青児を放置しておけば古今未曽有の怪異による大災害になるのは明白だ。 これ以上の被害は何としても食い止めねばならない。

 が、顔を見合わせながらもその為の手段が思い浮かばないまま、沈黙は続く。 


 沈黙を破ったのは魔王だった。


「一つだけ方法があるぜ」

「何か妙案でも思い浮んだか?」

「ただし、相当危険な方法だ。 やるなら依頼料弾んでもらうぜ」

「構わんよ。 払うのは俺じゃなくて警視庁だからな」


 長谷川の言葉に魔王がニヤリと笑う。


「このまま待っていても死体が増えるだけだからな。 奴の探してる人形とやらはそこの嬢ちゃんの親父が持ってるんだな?」

「は、はいそうですが」


 美琴は頷いた。 もっとも、その人形を美琴の父親の荷物に忍ばせたのは一体誰なのかは不明なままなのだが。


 魔王はタブレット端末を取り出すと、画面に日本地図を映し出した。


「奴の姿は見えないとはいえ、元々居たS県から今はT県へと徐々に東へと移動して行ってる。 少しずつ東へと移動して行ってる。 少しずつだが人形のあるこちらへと近づいて来てるわけだ。 これは俺の予想だが、奴はうっすらとだが人形が発する臭いの様な物を把握しているんじゃないか? ただし、正確な位置までは把握できていない。 ならば話は簡単だ」


 そう言いながらポケットから煙草を取り出して口に咥える。 長谷川は先程借りた100円ライターで魔王の煙草に火を着けた。 美味そうに煙を吐き出す。



「奴のお目当ての人形とやらを俺達で預かって、おびき寄せて狩る。 これしかねぇ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕と先輩と、魔王と口裂け女の怪異録。 あと、人面犬 まさふみ @zenikiti

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ