第3話 江藤夫人の怪


「で、とりあえず体験入部する事になったと?」

「う、うん」


 翌日、零は怪異研究部に体験入部する事に決めた事を時道と飛男君報告していた。

 

「アホかお前! よりによってそんな怪しい部に入るなんてよ!」

「い、いや、ほら、あくまで体験入部だし・・・・・・」

「バカヤロー! 本当に体験入部で済むと思うか!? きっとヤバイ方向に洗脳でもされて抜け出せなくなるぞ!」

「うるせぇな、声がデケェよ。 ・・・・・・とりあえず落ち着けお前」


 何故かヒートアップしている飛男を時道が宥める。


「落ち着いていられるか。 実をいうとな、その怪異研究部・・・・・・通称『怪研』の部長について調べてきてやったぜ」

「何だ、ストーキングでもしてきたか?」

「聞き込みしてきただけだ! 殺すぞ!」


 時道を睨みつけながら、飛男はポケットから手帳を取り出して開いた。


「高月雫・・・・・・クラスは三年B組。 成績は学年でトップクラス。 美人過ぎて若干引くレベルの美貌を持つが、物静かで無表情、周囲から変わり者扱いされてるので友人は少ないそうだ」

「まぁ、怪異研究部なんて部活に居たらそうなるかもな・・・・・・」

「身長は女子にしては高い171cm。スリーサイズはB89、W58、H86。 体重の方は知らん」

「ちょっと待てハゲ。 身長はともかくスリーサイズなんざどうやって調べやがった!? そもそも必要ねぇだろその情報!」

「ハゲじゃねぇ! モヒカンだ! スリーサイズに関してはそんな事ばっか知ってる物好きから聞いただけだ。 俺が調べた訳じゃねぇ」


 でも、メモったんだ・・・・・・という言葉を零は飲み込んだ。


「1年生の時に怪異研究部を設立。 一時はそれなりに部員もいた時期もあったそうだが、色々あったのか現在は部長である高月先輩一人だとよ」

「皆辞めちまったのか」

「ああ。 辞めた部員は皆何かに怯えた様な表情をしてたそうだぜ。 理由についても殆ど口にしなかったそうだ」

「そりゃ怪しいな」

「だろ? 絶対なにか怪しい事してるに決まってるぜ」

「零、お前は何か聞かなかったのか?」

「・・・・・・一応、理由は先輩から聞いてるよ。 本物の怪異に出会ったから皆辞めちゃったって」

「本物ぉ?」

「で、お前はそれを信じてるのか?」

 

 零は一瞬考え込んだ。 


「・・・・・・少なくとも、先輩は嘘を言ってるようには見えなかったと思う」

「ふーむ・・・・・・」


 時道は腕を組んで黙り込んでしまった。 口に出す事こそしていないが、、もしかしたら呆れてるのかもしれない。


「馬鹿かテメーは! んなモンあってたまるか!」


 一方で飛男は思い切り口に出して呆れ果てていた。


「この世にオカルトなんかあってたまるか! そんなモン人間が産み出した幻だ! でっちあげだ! もしくはこの世で未だに科学で解明出来てない物をオカルトって呼んでるだけだ!」

「・・・・・・科学の成績がワーストなオメーの口からそんな言葉が出るとは。 明日は大地震でも起きるんじゃねーか」

「やかましいわ!」


 しかし、飛男の言う通りである。 この世にはまだまだ解明できてない事象はたくさんあるのは事実だが、オカルトなんてものは存在しないと考えるのが普通だ。 雫に伝えたとおり、零自身もオカルトに興味が無いわけではないが、それはあくまで趣味やネタとしての扱いであって本気で怪異が存在するとは思っていない。

 そのはずなのに・・・・・・零は雫が言った事が嘘だとは思えないという矛盾した気持ちを抱えていた。



 放課後、零は時道達と別れて部室へと向かった。 

 足取りが重くなっているのが自分でもはっきりわかる。 緊張しているのだった。


(仮部員になると返事した事に全く後悔がないわけじゃないけれど・・・・・・約束は約束だし・・・・・・)


 部室の扉をノックし、一声かけてから開ける。


「やぁ、待っていたよ」


 棚の前で立ちながらファイルを読んでいた雫が零に気づいて優しく微笑む。


「その・・・・・・仮部員としてですが、改めてよろしくお願いします」

「ああ、こちらこそよろしく。 早速だがこちらに来てくれるかい? 見てもらいたい物があるんだ」


 雫はそう言うと、読んでいたファイルをそのまま僕に手渡した。 中にはいくつもの新聞記事の切抜きが収まっていた。


「先輩、これは?」

「私が最近になって集めているものだ。 軽くで良いので目を通してくれないか?」


 見出しと内容をざっと確認した結果、この記事は全て車海老町内で起きたとある事件について書かれた物だった。


「・・・・・・連続失踪事件の記事ですね」

「その通り。 筆上君もこの事件については知っているようだね」

「そりゃ、話題になっていますからね。 勿論悪い意味でですけど」


 二ヶ月ほど前から、町内では突然住民が失踪する事件が多発している。 その数はすでに17人にも上っており、週に一人は失踪している計算になる。 ニュースやワイドショーは連日この話題で持ちきりだ。 被害者は全員零と年齢がほぼ変わらない年頃の女の子達だった。 連続誘拐事件にしてもこの人数は明らかに異常だった。


「警察も捜査はしていますけど、有効な手がかりは一向に見つかっていないみたいですね」

「うん。 恐らくこの事件は警察の手で解決するのは不可能ではないかと私は思っている」

「え? 何でですか?」

「この事件は人じゃなく、怪異の仕業だと思っているからだよ」

「へ?」


 思わず零は雫の顔を呆けた様に見つめてしまった。 どうやら大真面目に言っているらしい。


「筆上君、怪異とは様々な物が存在する。 有名所ではトイレの花子さんや口裂け女の様な全国的に知られている物や、一部地域にしか知られていないマニアックな存在までね」


 雫はそう言うと、零に手渡していたファイルのページをさらに捲った。 そこには新聞記事ではなく、別の資料が収まっていた。


「『江藤夫人について』・・・・・・?」

「筆上君もこの街で育ったなら聞いた事があるだろう?」


 江藤夫人とはこの街に伝わる最もポピュラーな都市伝説の一つだった。


「もちろん、知ってはいますけど・・・・・・」


 戦前、この街の郊外にある大きな屋敷に江藤という富豪が住んでいた。 

 ある日そこに美しく若い女性が嫁いできた。 夫婦仲は睦まじく、娘も生まれてすくすく育ち何もかも順風満帆に見えた。

 だが、ある事件を切っ掛けににその幸せな生活は一変する事になる。

 春子と名づけた娘が十六歳になった年、何者かに誘拐された後に街中の雑木林で変わり果てた姿となって発見されてしまう。

 夫人はあまりのショックに発狂し、その現実を受け入れられないまま奇行に走るようになる。

 娘の名を呼びながら街中を徘徊しては、娘と同じ年頃の女の子を自分の娘と勘違いし、「春子ちゃん、ここに居たのね?」と大声で叫んでは家に連れ込むようになる。 夫や身内は何とか止めようとするものの、一向に治まる気配はない。

 酷い時は連れ込まれた子供を保護しに来た警察官に襲い掛かる事もあった。

 そしてある日の事、やはり全く見知らぬ女の子を連れ込み、自分の手料理を食べさせようとするが拒絶される。

 その途端、「春子じゃない!」と、大声で叫びながら女の子を包丁で滅多刺しにし殺害してしまう。

 夫人は当然逮捕され、裁判にかけられるが心神喪失を理由に釈放される。

 しかし、その後も似たような事件を繰り返した為に、とうとう夫の手によって殺害され、夫自身もその後自ら命を断った。

 その後、屋敷は廃屋となったが、屋敷の中には悪霊とした夫人が未だに彷徨っており、時折年頃の娘を浚っては屋敷の中に連れ込んで行き、腐った料理を食べさせようとする。

 これを食べないで拒絶すると、江藤夫人に「春子ちゃんじゃない!」と叫びながら殺されてしまうという。


「確か、大体こんな話だった気がしますが」

「うん、その通りだ。 似たような話は全国に存在するし、悪く言えばありきたりな怪談だね」

 雫はいつの間にか沸かしていた電気ポットから急須にお湯を注ぎ、用意していた湯飲みにお茶を注いだ。 その内一つを零に渡してくれる。

「熱いから気をつけて」

「あ、どうも・・・・・・。 それで、先輩は今回の事件を江藤夫人の仕業だと思っているんですか?」

「うん。 筆上君、知っているかな? この街は過去に似たような事件が何度も起きている。 それも全て未解決に終っているんだ」

「え?」

「江藤夫人の噂という物は、あくまでこの街・・・・・・車海老町にだけ伝わるマイナーな怪談だ。 『トイレの花子さん』の様な誰でも知っている全国区レベルの怪談とはわけが違う。 いつ忘れ去られてもおかしくない物だ。 怪異が恐れるのは『自分の存在が人々に忘れ去られる事』なんだ。 怪異とは言葉から・・・・・・正確には人の放つ言葉が宿る『言霊』から生まれる物だからね」

「言霊・・・・・・?」

「うん、人の言葉が持つエネルギーと考えてくれればいい。 この言霊が集まって怪異が生まれるんだ」


 先輩はお茶を一口啜ると、続けた。


「話を戻そうか。 こんなマイナーな怪異である江藤夫人の噂が現代まで残り続けたのは、こういう事件が起きる度に人々が思い出すからなんだよ。 『この事件は江藤夫人の仕業なんじゃないか?』ってね」

「それって・・・・・・」

「そうだ。 江藤夫人は人々に自分の存在を忘れさせない為に、定期的にこういう事件を起こしている可能性がある。 自分の存在の維持に関わる事だからね」

「あの、先輩が言った通りこれが江藤夫人の仕業なら、被害者は皆、江藤夫人の屋敷に居るという事になりますけど・・・・・・」

「そうなるね」

「・・・・・・そもそも江藤夫人の屋敷というのは存在するんですか?」

「私自身、この目で確認した事は無いが目星はつけてある」


 先輩はスマホを取り出して少し弄った後、画面を僕に見せた。 映し出されていたのはこの街を空から写した航空写真で一部を拡大した物だった。 郊外の森の中に大きな屋敷が立っているのが見える。


「これが江藤夫人の屋敷なんですか?」

「確証はないが多分、ね。 この街の郊外に存在する古ぼけた屋敷なんてここ位しかない。 調査は入念に準備した上で今週末に行う予定だ」

「行くんですか!?」

「それが怪異研究部の活動だからね」


 フフッと先輩は小さく笑った。


「やはり怖いかな?」

「正直に言うと、少し・・・・・」


 零自身は怪異を信じているわけじゃない。 山奥の廃屋なんてそれこそベタベタ過ぎる。 それでもやっぱり怖い物は怖い。


「まぁ、そんなに怯えないで。 今回の件はあくまで私個人が『怪胃の仕業ではないか?』と疑っているだけで確証があるわけじゃない。 実際はただの変質者による連続誘拐事件かもしれないし」

「それはそれでやっぱり怖いんですけど!」

「今までだって肩透かしを食らった調査の方が断然多いからね。 おっと、そうだ。 筆上君、キミのスマホのアドレスを教えてもらえるかい? お互いの連絡の手段は知っておいた方がいいだろう?」

「は、はい」


 零が自分のアドレスを教えると、雫は零のスマホにメールを送った。

「これでアドレス交換は終了だ。 今送ったメールの内容もチェックして欲しい」


 言われた通り内容を確認すると、そこには二つの住所が書かれてあった。 二つ目の住所には電話番号も添えられている。


「これは?」

「一つ目の住所は調査予定である廃屋と化した江藤邸の住所だ。 二つ目は緊急事態に陥った場合はここに連絡してくれ」

「緊急事態?」

「ああ、例えば調査中に私が突然行方不明になった場合などだ」

「ゆ、行方不明って・・・・・・」

「怪異調査中には思いもよらない事がよく起こる。 そして原因が怪異だった場合は警察に頼っても殆ど意味が無い。ここは私の知り合いの専門家が営んでいる事務所でね、何かと世話になっているんだよ。 万が一の場合はここを頼って欲しい」

「わ、わかりました。 それにしても・・・・・・何ですかこの名前」

「名前?」

「『魔王退魔相談所』って・・・・・・幾らなんでも胡散臭過ぎるというか」

「うん、確かに胡散臭い。 認めよう。 だが、信用は出来るので安心したまえ。 私が保証しよう」

「はぁ・・・・・・」


 保証されても全然安心できません、という言葉を僕は口には出さずに飲み込んだ。

 江藤家に関する話はそこで終了し、その後はお茶を飲みながら雑談をして過ごして、僕の怪研の初日は終了したのだった。


 夕焼けで真っ赤に染まる空の下を、雫は珍しく上機嫌で歩いていた。

 仮部員とはいえ、久々の新しい部員だ。 最初名前も知らぬ新入生に声をかけ、部活に勧誘した時は流石に強引かな?とは思ったものの、興味を持ってくれたのはありがたい。

 雫にとっても零は始めて見るタイプの男子だった。  背は低く顔も女顔、学ランを着ていなかったら一目では男子とはわからないかもしれない。 


「ふむ、所謂男の娘という奴だろうか」


 何はともあれ、貴重な新入部員なのだから大いに歓迎すべきだ。 あくまで仮部員だが、願わくば正規の部員となってもらいたい。 若干臆病な性格なのが気になるが、変に肝が太過ぎて勝手な行動を取られるよりマシだろう。 過去にはそういう部員が居て、本物の怪異に遭遇した際に大変な目に遭ったものだ。 命は助かったものの、その部員は当然部を辞めた。

 彼にとっては今回の調査が初めてだ。 いつも以上に念入りの準備が必要だろう。 

 そんな事を考えながら歩いていると、周囲にの違和感に気づいて足を止める。


「む・・・・・・」


 いつの間にか周囲には人はおろか、生き物の気配一つしない。 まるで雫の周囲だけ時間が止まったような感覚に陥る。 

 そして背筋に走る悪寒。 


「ふむ、これは・・・・・・」


 今まで何度か体験してきた感覚だ。 動悸が激しくなる。 


「参ったな、まだ調査前だというのに。先手を打たれたか」

 

 春子ちゃん、ここにいたのね?


 背後から声が聞こえた。

 振り向くべきか、振り向かないべきか。 しかし、ここま来たらどっちにしろ結果は同じだろう。

 

(不幸中の幸いか、緊急時の連絡先を筆上君に伝えておいて良かった。 入部したばかりでこんな事に巻き込んで申し訳ないが、頼むよ筆上君)


 その日、高月雫の姿は忽然と消え去った。

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