青児様
第9話 赤い目
何故だ。 何故こうなってしまった。
男は一人、自宅のテーブルの机の下に身を潜めながら、恐怖でガチガチと鳴る歯の根を力づくで抑えながら震えていた。
時刻は午前2時を回っており、本来なら村の大抵の人間は寝静まっており、辺りは静粛に包まれているはずである。
しかし、今日は違っていた。 深夜であるにも関わらず辺り一帯が騒がしい。 それも聞こえて来るのは祭りの時に聞こえるような活気に溢れた賑わいではなく、恐怖に包まれた悲鳴である事だ。
おぎゃあおぎゃあ。
多くの悲鳴に混じって赤ん坊の泣き声が聞こえる。 だが、それは赤ん坊の泣き声にしてはあまりに大きく野太い。
ズル、ズルと巨大な何かが這う音がする。 その音はだんだん大きくなる。 間違いなく『アレ』は男の家に近づいて来ていた。
来るな。 来るな。 来ないでくれ。
パン、パンと乾いた破裂音が連続して聞こえた。 駐在の警官が発砲したのであろう。
無駄だ。 『アレ』に銃なんて効かない。 効くはずがない。
ドン! という衝撃音と共に家が小刻みに揺れる。 ひっ、と小さな悲鳴が口が漏れる。 うう、という人間のうめき声が壁越しに聞こえたが、数秒後に何かを潰すような音が聞こえると同時にうめき声は消えた。 外で何が起きているのかは容易に想像がついた。
両耳を抑えて目を瞑る。 外部の音が遮断される代わりに自分の心臓の鼓動音がやかましい位に響き渡る。
声を上げてはいけない。 音を立ててはいけない。 奴に絶対に気づかれてはならない。
目からボロボロと涙が零れていたが、泣き喚きたい衝動だけは必死に抑えた。 下半身に湿った感覚と生暖かさが同時に広がる。 失禁していた。
おぎゃあおぎゃあ。
耳を塞いでも、野太い赤ん坊の泣き声が漏れる様に聞こえて来る。
何故だ? 何故なんだ? こんなはずじゃなかったのに。
ズルズルという音が家の周囲を移動しているのが分かる。
違う。 無いんだ。 ここにお前が探してる物は無い。 頼むから去ってくれ。
耳を塞いでいた両手を今度は口に回し、呼吸音が漏れないように抑える。
どれだけ時間が経っただろうか。 数分か。 それとも数時間か。
辺りは再び静粛に包まれていた。 巨大な何かが這いずる音も、野太い赤ん坊の様な声も聞こえない。
助かったのか・・・・・・?
男はゆっくりと静かにテーブルの下から這い出て、窓にかかっているカーテンの隙間から外を覗いた。
赤い。 真っ赤な何かが窓を塞いでいた。
目だ。 これは。 巨大で真っ赤な目だ。
キャハハハ。
今まで生きて来た中で、もっとも無邪気でおぞましい笑い声が聞こえた。
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