13.生命の息吹
ううーん、ううーんという声が聞こえた。
俺は痛みを訴えるその声で飛び起きる。時刻は午前一時、真夜中だ。
「大丈夫か、美乃梨!」
隣で眠る美乃梨が、大きなお腹を押さえて苦しんでいる。
「産まれそうか?!」
「は、破水、しちゃったっぽい……」
うわ、本当だ。見てみると布団が濡れている。
破水したら絶対に分娩になる。予定日よりも早いが、病院に連れていかないと。
「今タクシーを呼ぶからな!」
「病院にも、連絡して……」
「わかった!」
産婦人科に連絡を入れて、タクシーを呼ぶ。
タクシーが汚れないようにシートを敷いて乗り込むと、すぐに病院に向かってもらった。
美乃梨は父親も分娩室に入れる病院にこだわって決めていたから、俺も中へと入らせてもらう。
でも俺はオロオロするだけで、なんの役にも立たなかった。
大丈夫か、頑張れと声を掛けながら痛む腰を押さえつけるようにさすってあげるだけ。美乃梨の苦しみようがすごい。すごいな、お産の現場って、こんななのか。
どうか、美乃梨も赤ちゃんも、無事に産まれきてくれ……!!
「もうちょっとですよ、お母さん!」
産科医に励まされて、顔を赤くしながら息む美乃梨。
そんな姿を見ていたら、俺も自然と体に力が入ってしまう。
「ふうううっ!! うううううううーーーーッ!!」
「頑張れ、頑張れ美乃梨!」
最後の息みの後、赤ちゃんの泣き声が聞こえた。
まだまだ小さくてか細くて……でもどこか、力強い泣き声。
「産まれ……た?」
美乃梨だけでなく、なぜか俺の息も切れている。
俺たちの赤ちゃんはすぐに看護師さんの手によって洗われて綺麗になり、俺たちの元へとやってきた。
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ。お母さん、頑張りましたね」
看護師さんはそう言って、美乃梨の胸の上に赤ちゃんを乗せてくれた。
ちょこんと乗っかっている俺の子を見て、自然と目が細くなる。
すごく小さい。
めちゃくちゃ、可愛い。
胸の上に子どもを乗せられた美乃梨の目からは、ポロポロと涙が溢れていて。
そんな姿を見ていたら、俺まで泣けてきてしまった。
美乃梨は恐る恐るといった感じで、赤ちゃんの頭を撫でている。そして溢れ続ける涙のまま、震える声でこう言った。
「……ありがとう……」
生まれてきてくれて。
産声を上げてくれて。
そんな心の声が聞こえてくるようで、俺もありがとうと言葉をかける。そして美乃梨には、お疲れ様と。
人が生まれる瞬間に初めて立ち会った。
こんなに、こんなに胸がいっぱいになるものなんだな。
「先生……」
そんな中、美乃梨は泣きながら先生に声を掛ける。
「なんですか?」
「私の
「はい、事前に仰って下さっていた通りに寄付しますよ。ご協力、ありがとうございます」
美乃梨は、自分と赤ちゃんを繋いでいた臍帯血を公的臍帯血バンクに寄付するつもりだったらしい。
臍帯血はどこの病院でも寄付できるわけではなく、設備の整った病院からしか寄付できない。美乃梨は立会いができ、なおかつ臍帯血を寄付できる病院を選んでたんだな。
多分、俺が
有料だが民間の臍帯血バンクもあって、そっちで保管することもできる。それは第三者への提供ではなく、家族や子どもになにかあった時のために保管されて使われる。
もしもの時のために、そっちでもよかった気もするが……うちの経済事情では公的バンクに寄付が妥当な線だろう。
もしなにかあった時には、きっと誰かが助けてくれる。そう願っている。
束の間の母子の時間が終わると、次に看護師さんは赤ちゃんを俺に抱っこさせてくれた。
初めての抱っこは、小さ過ぎて壊れてしまいそうで、とても怖い。
けれども、愛おしい。
小さな小さな、それでいて重いひとつの命が俺の手の中にある。
生命の息吹を、ここに感じることができる。
「名前、早く決めなきゃね」
生まれてくる子が男の子だとわかってはいたけど、まだ名前は決めていなかった。
顔を見てから名付けようと決めていたから。
「そうだな、名前は……」
俺の心にすうっと風が舞い込むように、名前が降りてきた。
俺がその名前を告げると、美乃梨は「いい名前ね」と目を細めて笑った。
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