16.君が大地に立てるなら

 あさぎのサッカースタジアムは、すごい熱気に包まれていた。

 いつもテレビ観戦だったから、実は生で見るのは初めてだったりする。今までは一颯いぶきが小さかったから連れて来られなかったしな。

 俺の影響で一颯もサッカーが好きになっているから、多分最後まで見られるだろう。

 アウェー戦にも関わらず、アンゼルード全陸の赤いユニフォームを着たサポーターがわんさといた。

 もちろん俺たち家族も赤いユニフォームを着て、タオルマフラーも購入した。準備は万端だ。


「しゅごいねー!」


 一颯いぶきがキョロキョロしながら席に着く。泣かれたらどうしようかと思ったけど、その心配はなさそうだ。


 そしていよいよキックオフの時間が近づいてきた。

 場所はアウェー側のメインスタジアムで、ちょっとお高い席を買ったから選手が入場してくる姿もバッチリ見える。


 アンゼルード全陸の選手が入場してくると、俺はそこに釘付けになった。

 島田選手が入ってきて、メインスタジアムに向かってにこやかに手を振っている。

 なにか言いたいけど、嬉しすぎて声が出なかった。叫んでも、この歓声の中じゃ聞こえはしないだろうけど。


「サッカーなんて初めて生で見るけど、ドキドキするわね」

「そうだな」

「本当に島田颯斗さんがあなたのレシピエントなの?」

「ああ、間違いないと思う」


 美乃梨はまだ信じられない様子だったが、俺は確信していた。

 島田颯斗は有名人だし、俺が提供者ドナーだと名乗り出るつもりはない。

 有名な選手に近づくために、嘘を吐いていると思われるかもしれないからな。

 金銭なんて要求するつもりはないが、バンクの決めたルールを破ってトラブルになっては、島田選手に迷惑が掛かる。


 だから、俺はここで応援する。


 一番のサポーターだっていうのを、誰にも譲るつもりはない。

 俺は、君が表舞台に出る前からのサポーターなんだから。


 大きな笛の音が鳴って、試合が始まった。


 どちらも譲らぬ攻防の中、島田颯斗がゴールを決める。

 ビジター側のスタジアムが大歓声で盛り上がる。

 本当に、本当にすごい。

 病気になって、サッカーのできない期間があって。

 それでもプロサッカー選手になるんだって強い意思を、君は手放していなかった。


 全身で喜びを表現している君を見ていると、周りの盛り上がりとは逆行してなぜか泣けてきて。

 良かった。君が元気になって、本当に。

 患者レシピエントが元気になった姿を見られるなんて、俺はなんて幸せ者だろう。


「おとうさん、泣いてるのー?」


 一颯が俺を見上げて不思議そうに首を傾げている。

 俺はグシッと赤いタオルマフラーで涙を拭った。


「どうして泣いてるのー?」

「そうだな……嬉しかったからだよ」

「シマダハヤトがゴールしたからー?」

「うん。島田選手がすごい人だから。すごく頑張ってる人だから、お父さんは嬉しいんだ」


 一颯はふーんと言った後で、俺に笑顔を見せてくれる。


「じゃあ、ぼくもすごい人になるね! シマダハヤトみたいな!」


 え? と俺が聞き返すと、やっぱり嬉しそうに一颯は。


「だって、そうすればおとうさんはうれしいんだよね!」


 そういう一颯を、俺はぎゅうっと抱きしめる。

 お前がこうして元気に生きてくれているだけで、お父さんは十分嬉しいんだ。

 でも、やっぱりそうだな……島田颯斗のように目標を持って生きられる人になってくれたら、もっと嬉しい。

 強くてかっこよくて優しくて、人に感謝をできる人に。


「よし、島田選手を全力で応援するぞ!」

「うん! シマダハヤトがんばってー!!」


 大地フィールドを駆ける島田颯斗に向かって、一颯と一緒に大きな声援を送る。

 俺はこれからも、全力で君を応援するだろう。


 いつか引退して、人々が君を忘れたとしても、俺だけは応援し続けるから。

 君が俺の血を誇りに思うと言ってくれたように、俺も君を誇りに思っている。


 独身時代の気まぐれでしたドナー登録。

 反対されても辞退せずに提供して、本当によかった。

 今、心からそう思える。


 いつか、医療が進めば、骨髄移植を必要としない日は来るかもしれない。

 けれど今はまだまだ、ボランティアの善意が必要な時代。

 提供者ドナーの数も少なく、ドナー休暇も取りにくいのが社会の現状。


 大変じゃないとは言わない。

 最良の結果が得られるとも限らない。


 でも、提供者俺たちは希望になれる。


 患者君たちの、希望に。


 そしてまた、患者君たち提供者俺たちの希望だ。



 決して与えるだけではない充足感と、生きる意味を教えてくれる。


 元気になって、今フィールドを飛ぶように駆け回っている島田選手のように。まだ見ぬ誰かが再び元気を取り戻すことができるなら、俺は二度目の提供も惜しまない。


 そう。


 ──君が、大地に立てるなら。




ーーーーーーーーーー


 あとがき


 骨髄移植を必要とする病気は、白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、再生不良性貧血等があります。

 ips細胞等の再生医療が確立されれば、骨髄移植に頼ることなく治療できるようになるそうです。

 医学の進歩というのは、本当にすごいですね。

 ただそうなるまでには、まだもう少し時を要するのではないでしょうか。


 骨髄移植、臍帯血移植をした本人や家族は、提供してくださる方々に本当に感謝をしています。

 うちの息子は臍帯血移植でしたが、臍帯血を提供してくださったお母様方にお礼を言って回りたい気分です。

 実際に提供をしたという方に会ったなら、私もありがとうと言わずにはいられないでしょう。

 そして、ドナー登録をしてくださっている人、献血をしてくださっている人にも感謝を捧げます。

 あなた方のおかげで、今日もたくさんの人が救われています。

 本当に本当に、ありがとうございます!


 この作品が、あなたの心になにか少しでも残せたなら、幸いです。



フォロー、★レビュー、♡応援、とても力になります。

最後までお読みくださりありがとうございました。


次の作品は、晃の社長が主人公のお話です。


→次の作品を読む

『愛する貴女へ〜君のあしあと、ふたりの軌跡〜』

https://kakuyomu.jp/works/16817330651566796745



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『再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜』

https://kakuyomu.jp/works/16817330651197084051



シリーズでまとめた作品一覧はこちらからどうぞ!

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君が大地(フィールド)に立てるなら〜白血病患者の為に、ドナーの思いを〜 長岡更紗 @tukimisounohana

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